咳
<子バクラ&獏良>
真夜中に不意に眼が覚めた。
…別に悪夢を見ていた訳でも無い、外が煩い訳でも無い、辺りはごくごく静かだった。
…子どもが苦しそうに咳をする、獏良は抱えたその子の背を摩ってやって、何とか苦痛を和らげ様とする…
「大丈夫…?」
…大丈夫な訳、無いじゃないか!
自分でそう、毒づきながら。
この小さな子どもは前触れも無く突然現われて、そしてずっとここにいる。泣いたり笑ったり、そして一緒に食事をしたり…まるで普通の子どもだけど、でも多分、かりそめに許された存在で。
この子が外に出る筈も無い、まして人ごみの中なんて。このマンションの一室から全く出られない子どもだけど、閉じ込められたも同然の子だけれど…護られている訳では無い。否、獏良だって精一杯、出来る事はしたけれど、まさか自分が元凶となるとは思ってもみなかった…
獏良が何処かでうかつにも、拾ってしまった流行り風邪。
それが…まだまっさらな小さな子どもに、いつの間にかに移ってしまったのだ…
医者に診て貰う訳にも行かないから、代わりに獏良が出かけて行った。あまり褒められた策では無いが、とにかくツテを頼って薬を取りに。
ちゃんと、小さな小さな子どもにも飲ませられる薬を…
町で気軽に買える瓶よりも、もっとずっと効く薬、でも。
一つだけ、穴があった。
「…ゲホッ…ゴホッ!!」
「大丈夫!?」
「だ…グェ…ッ!」
「に…にげぇ…」
「…!」
やんちゃな所はあるけれど、ただのわがままな子どもでは無い、薬だからと耐えてくれたけれど。やはり良薬は何とやら、無理に飲んでむせてしまい…却って咳が酷くなる。
懸命にその背を摩る手に、子どもは無理に笑って見せるけど。その眼には涙がにじんでいた…
もう、何も苦しい思いをさせたく無いのに。
ほんの少しだって、辛い思いなんか…
そんな時、ふと。
子ども時代の出来事が、妙に鮮明に蘇った。
昔々、獏良家にいた小さな子どもはやはり粉の薬を嫌がって。
それで。ある事をしてやらなければ、頑として飲まなかった…
「はい!」
笑顔の獏良が「薬」と言って差し出した、その品に。子どもが眼を丸くする。
「これの…何処が…?」
「何処がって、ちゃんとお薬入っているんだよ?」
「…ほんとかよ〜?」
くんくんくん、疑い深そうに小さな子ども、「薬」を頻りに嗅いでいる。
「匂いも…判んねえけど…」
「ふふ…」
「食べてみて?」
「お、おう…?」
恐る恐る、小さな子どもが口を開け。「薬」を口に頬張って、疑心暗鬼の表情のまま、ゆっくりじっくり噛んで見て…
「…!!」
「どう?」
「う…うめえよ!」
「信じられねえよ!こいつ、苦くねえよ!」
「…本当…?」
「ああ!」
…キッチンに立ちエプロンをして。粉を振るって卵もきちんと割りほぐし。
注意深くバターを溶かして粉を混ぜ、火から降ろして少しづつ、卵も丁寧に加えて行き…
出来た生地は天板の上、絞り出して霧吹きをして。
あらかじめ暖めておいたオーブンで、温度に気を付け丁寧に何度も焼く…
その上、中に詰めるチョコクリームまで、手作りして。
手間は酷く掛かるけど、あの笑顔には代えられない…
獏良は作る、チョコ味のシュークリームを。
しっかりしたチョコ味は他の味なんか抑えてしまうし、ふんわりしたシュー皮は他の事なんて忘れさせてくれるから…
早く、咳が良くなります様に…そう願いを切に込め。
獏良はシューの中に丁寧に、咳止め入りのチョコクリームを詰め込んだ。
>>後記へ
>>トップへ戻る
無料ホームページ・掲示板