闇の古代単語帳 『アフェフ』
<盗賊王>
遥か古代のナイルのほとり、いにしえのエジプトでは。武勲を上げた者に「アフェフ」…すなわち「蝿」の首飾り、それもわざわざ黄金でこしらえた品を下賜する習慣があったと言う。蝿の様に執念深く、敵を悩ます兵であれと…
もっとも。そんな大層な品を持ちながら、価値にそぐわぬ者もいる。
…とあるいにしえの王墓の傍、兵立ち並び天幕張られた一角がある。兵を指揮する者は例の首飾りをこれ見よがしに身に付けし武官、しかし武人にあるまじき事に腹でっぷりと垂れていた…
もののふの技によるでなく、口先ばかりでのし上がった外道の輩。
そして今も。兵に渡るべき給金を己の懐に入れるばかりか、この場の誰も自分に逆らえぬを良い事に、守るべき財宝までもかすめ取っていた…
奢り高ぶり私腹を肥やし、嗤いが止まらぬ毎日だったが。
ある日突然その天幕に、若い男が入って来た。
「…よォ…警備の任務、ご苦労だなア…」
見た事も無い男だった、血で染めた様な真紅の衣を着込んでいて。
頬には深い、傷跡が…
ゆらゆらと肩を揺らしながら、いっそふざけた様に笑いながら。着衣から覗くその肉体は恐ろしい程引き締まっていて…
物腰何処にも隙が無く、瞳の奥には冷えた殺意がある!
「怖いかァ?なら叫べよ…思いっ切りなァ」
言われるまでも無い。誰か、指揮官は叫んだ。
だが気付くべきだった…この天幕とて、格別強固に兵を置いてあった筈なのだ…
返って来るのは沈黙ばかり!
「あァ…?随分とまたよ、御大層な飾りじゃねェか…」
縮み上がった指揮官の、その肉の上に輝く黄金に眼を止めて。若者がニタリ口元歪ませる。
「てめェにゃあ過ぎた代物だぜェ…ディアバウンド!!」
鋭い獣の咆哮がして、天幕まるごと吹き飛ばされて。
悲鳴を上げ様と口を開いた所で…
ざっくり肉をえぐられて。
血まみれの首飾りが…若者の元へと…
若い盗賊の勝どきの声。
それが指揮官の聞いた、最後の音だった…
数日後。
盗賊王が襲撃の場を訪れると、しかばね並ぶ酸鼻の光景はそのままだった。
例の指揮官、とにかく強欲で…横領露見せぬ様にと、監視役の役人にも賄賂を積み、この場に誰も入れぬ様にしたからだ。だからこそ、襲うに格好の獲物だったのだ。
「けっ…」
誰ぞかの腐った臓腑を無造作に踏みながら、盗賊王は歩いて行く。
実際、彼の心を動かす様なモノはここには無い。
「詰まらねェな…」
…帰るか。そう思った、時だった。
例の吹き飛ばされた天幕の傍に、一際目立つ屍体がある。元々大して見れたものでは無い面相が、さらに人とは思えぬ歪みを見せていて…其処に蝿が盛んに集っている。
殊に、黄金を奪う時にえぐってやった…胸の傷にはびっしりと。
それはさながら、首飾りの如く…
「ハッ!これはまた…愉快じゃねェか!」
「…てめェにゃ似合いの飾りだぜェ!」
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