高熱
<子バクラ&獏良>

 真夜中に不意に眼が覚めた。

 …別に悪夢を見ていた訳でも無い、外が煩い訳でも無い、辺りはごくごく静かだった。
 でも、何だか胸騒ぎがするのは…何故だ?


 不審者が入り込んだ…いやそんな生易しい事では無く。
 もっと、何か、切実な…

「…!」
 傍立てた耳にかすかな呻き声が入って来て。獏良は一も二も無く飛び起きた。


 …あの子だ!!



 布団の上で身をよじらせて、小さな子どもが苦悶する。顔と言わず身体と言わずぐっしょりの汗…いつもは元気良く跳ねている真っ白な髪も、全て褐色の肌に張り付いて。

 悪夢にうなされる事の多いこの子だけど。
 幾ら何でも夢だけで…こんなになる事は…

「…!」
 思い当たる節がある、つい先日まで獏良は感冒にやられていた。ぐったりした獏良をこの子は泣きそうな顔で案じていて、移ると言っても聞かなくて…
「ぼくの…風邪!」

 焦燥の思いで子どもの額を確かめれば。
 其処はまるで火の様に灼熱だった…


「あ…つ…」
 小さな、でも悲鳴の様な切実な声。
「あつ…い…あつ…く…て…」

「オレ…とかされ…る…っ…!」

 …!!


 高熱が子どもにもたらした…不吉なビジョン。
 その恐怖を思って懸命に、獏良は台所へと駆け出した。



「うっ…」
「大丈夫だから…もうぼく来たから!」
 布団を剥いで脇の下へ、柔らかくした保冷剤を。ちゃんと身体の形に沿う様に、焦りながらも必死で整えて。同じく汗ばむ額にも冷やすためにそっと乗せ…
「オ…レ…」
「大丈夫だから!」

「溶かされるなんて…そんな事、絶対にさせないから!」

 ぼくが絶対許さないから…



「…どう?」
「ん…」
「少し…良くなった…?」
「…うん」

「ありがと…な」
「え…」
 そんな…

「…ごめん」


「何で謝るんだよ」
「だって」

「…その風邪、ぼくが移したんだから」
「いいじゃんそんなの」

「オレさ、オレが辛いより…お前が辛い方が絶対嫌だ」
「…!」
「お前が辛そうにしてんの、何か…駄目なんだ」


「そんなの…ぼくだってそうだよ」
「…へへ…」



「オレ…オレさ」
「うん」
 椅子をさらに引いて子どもの傍へ、小さな声でも拾える様に。
 だって。今もこの子は酷い熱だから…

 そんな獏良の様子を見て。子どもが酷く切なく破顔した。
「…オレ」


「いま、すげえ…しあわせ…だ…」
「え…」

「いつも…うまいもんくえて…それに…」


「おまえが…いるから、さ…」
 言葉にしきれない思いを瞳に込めて。子どもが獏良を見て笑う…


「…おい?」
 一転、子どもの慌てた声。
「おまえ…なんで、ないてるんだよ…?」


 こんな酷い熱なのに、動けない程辛いのに。
 それでも…幸せなんて!


 遠い国から来た子ども、突然現われた小さな子。
 どうしてここに現われたのかは判らない、けれど。

 たった一つ、判る事。
 この子のさだめは辛すぎる…

 どうしていいか判らない、必死でもがいているけれど。
 子どもの背負うものがあんまり哀し過ぎるから…獏良は声を殺して慟哭した。


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