炬燵
<盗賊王>
足どころか腕まで中に入れながら男は腹の底から笑っている。
「生き返るぜェ…!!」
「大袈裟だなあ…」
苦笑しながら獏良、山盛り蜜柑を炬燵の上へと運び込む…
「結構甘かったよ…食べる?」
「ああ、ありがてェ…」
「…と、言いてえトコだがよ」
「え?」
いぶかる獏良に…ニッ、と。
「生憎手がよ、届かねえからなァ…」
「…え」
獏良は眼を丸くして。まじまじと相手の顔を見た。
…元々独り暮らしの持ち物だ、大して大きな炬燵でも無い。大体獏良がこんな所でいけずな真似をする訳も無く、蜜柑はちゃんと真ん中に取り易い様据えてある…
第一。たとえ意地も悪く蜜柑の篭をわざとこちら側に引き寄せても、この男ならば軽々と反対側からでも何の造作も無く奪えるに違い無い…なのに?
「オレはよォ…今、手塞がりでよォ…!」
ほとんど肩の辺りまで深く炬燵布団に包まりながら。
赤の似合う男が磊落に…白い歯を見せて屈託無く笑う…
「悪ィ、食わせてくれよ…頼むぜェ!」
「…もう…」
ため息、一つ。
「しょうが無いなあ…」
…口ではぼやきの言葉が出るが、あの夏の日差しの笑み向けられて逃れられる筈も無く。
ほんの少し小さく笑って。甘い蜜柑を一つ一つ、丁寧に丁寧に向いて行く…
袋も剥いて、筋も取って。
ああ、何でこんな事までしてやるんだと多少は疑問にも思うのだが。
ただただ。あの笑顔に惹かれてどうしようも無く…
「…はい」
「おーう」
両手の塞がった男のために。
口の中にまで放り込んでやる…
「どう?美味しい?」
「…ああ…」
「旨いぜェ、最高によォ…!」
「そう…」
こんな、事位で。
つい幸せを感じてしまう…
そんな自分に、ちょっと苦笑。
蜜柑を剥いて、男の口へ。合間合間に自分も時々食べながら同じ作業を暫し続けていたのだが、不意に急にむくむく
と悪戯心が湧いて来た。
男は顔中で笑っている、豪快に…そして真実幸福そうに。
それはそれで嬉しいけれど、こんな事で満ち足りている自分が少し悔しくて。
だから。同じ作業をする振りをして、わざと違った事をやってしまっていた…
「はい、もう一個!」
「お〜う」
「じゃあ…」
ちら、笑う相手の顔を見て。何の疑念も無いのを確認して…
さっと素早く、男の口元ぎりぎりまで、運んだ蜜柑を取り戻した…
「…な〜んて!」
「あ〜!」
ぱくり、男の叫びを聞きながら。
してやったりと自分の口へ…
…!!
眼を、見開いたままの獏良から。一際満足そうな男が離れて行く。
実際小さな炬燵だったのだ、ほんの一瞬の隙を突き、長身の男は見事襲撃したのだ…
「…へ」
プチッ…蜜柑が口で弾ける音。
「旨いぜェ、最高によォ…!」
呆然としながら無意識に、獏良の手は口元へ。
其処にはもう、蜜柑など無くて…
「忘れたのかよォ?」
くつくつと笑いながら男が言う。
「オレはよォ…盗賊なんだぜェ…?」
…炬燵の熱より頬が熱い。
蜜柑よりも何よりも、一瞬の隙で盗まれた…
男が磊落に笑っている。
…獏良の頬は火よりも赤い。
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