メルヘン
<海表>

 如何に頂点究めたとて、隙を見せれば後が無い。そんな条理は百も承知、だからこそ一つのジャンルのみ拘泥するなぞ愚の骨頂、凡庸の徒の先手を打って俺は常に新たな平野を開拓し続けて来た…
 だが。

『我が社に欠けているのは…メルヘンかと』

 …世迷い言をほざく輩が会議にいた。


 何を馬鹿な!
 だが呆れた事に意外にも、大多数が賛同した。
 我が社きっての精鋭部隊、開発の者ども諸手を挙げるとあっては…何よりモクバが眼を輝かせたとあっては…俺も決断を強いられる。


 しかし。
 忌々しくも曖昧模糊なる概念だ…



「くっ…」
 車が屋敷に着こうとも俺の心は晴れずにいた。

 メルヘンだと?
 そんな下らん抽象、掴み様が無いでは無いか!

 俺は苛々とドア開け自室に入る…

 だが。
 其処で俺は思わず足を留めていた…


 クッションにもたれてすやすやと、微笑み浮かべて眠る者。
 無防備に腕を投げ出して。何の憂い無く寝息を立てる…


 この、俺の眼の前で。



 愛機を起動する俺に、最早迷いなぞ欠片も無い。
 振り返れば掛けた毛布の中、あの姿が変わらずある…


 夢物語は。
 俺のすぐ、傍にある。


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