秋刀魚
<獏良&子バクラ>
…ぱたぱたぱた、裸足で駆けて来る音がする。
独り暮らしのぼくのアパートに、小さな子どもの声がする…
「なあ!晩飯作ってんのか?」
「うん」
「なあなあ!どんなのだよ?」
「ん?今日はね、お魚だよ」
「へえ?魚かあ…!」
「好き?嫌い?…それとも物による?」
「全部食う!オレ好きだぜ!」
「そっか、良かったあ…」
元気のいい返答に、獏良も自然笑み深まる…
「だってさ、ネズミのミイラだってありつけねえ時だってあるしさ…魚なんて上物だぜ!」
…!!
「おい?…なあ、どうかしたか?」
「え…あ!ううん、何でも無い!」
「ほんとか?」
「ほんとほんと!」
懸命に繕いながらも胸の痛みは収まらない。
そう、この小さな子どもは…
かつて。
滅ぼされた村の…最後の一人。
「…これ、何てのだ?」
「うん?秋刀魚…秋に取れる、刀みたいに細長〜い魚って意味なんだよ」
「へ〜え…!」
白い髪に褐色の肌、エキゾチックな顔立ちのその子が秋刀魚を覗き込む様は。何とも不思議で微笑ましい。
「この白いの何だ?」
「大根下ろし。ちょっとピリッとするけど慣れれば美味しいし、消化にもいいんだよ」
「ふ〜ん…わ!すげえ辛え!!」
「…だから、言ったでしょ」
「うわ〜!口、火事火事!水〜!」
「もう、大袈裟だなあ…」
何だか専用になっている、小さなマグカップに水一杯。
ひったくる様にして子どもはごくごく一気に飲み干して。ぷはあ、大きく息を吐く…
「ふう〜…助かったぜ!」
にっこり笑ってその子どもは。カップを獏良にきちんと返す…
「…うん…」
火が付いた、そう言って騒いでいた時の無作法は無い。
「…こんな風に箸を入れるとね、骨から身がうまく剥がれるから…」
「結構面倒だなあ…」
「じゃ、ぼくがむしって上げようか?」
「う〜ん…」
「やっぱやる!オレ、やってみるぜ!」
「そう?」
「ああ!」
言うなり男に二言は無いとばかり。子どもは秋刀魚に向き直った…
…やんちゃで大層元気の良い、気持ちの良い位の野性児だが。獏良が嫌だと言う事は、一度言えばきちんと覚えて二度としない。
今だって。ちゃんと立て膝もせず食卓に付いていて、神妙な顔で魚の身を丁寧にほぐしている。
箸だって、一度教えたらすぐ覚えた。
覚えがいいのも確かだが、何より手先が器用なのだ…
「ん!うめえよこの魚!」
「…そう?」
「うん!絶対うめえよこいつ!」
異国の子どもは嬉しそうに、秋刀魚に下ろしと醤油をを付けて食べている…
「おい?お前、全然食ってねえぞ?」
「あ…う、うん…」
「何だよぉ、また腹が痛いとか言うのかよ〜?」
「う〜ん、そうでも無いんだけど…」
「でも、この秋刀魚ちょっと大き過ぎるかも…」
「…ほんとか!!」
かつて。何も無い場所で、餓えと乾きに苦しんだ…小さな子どもが。
大きな眼を、輝かせている…
「なあ…その、そのサンマって言う奴さ…」
いささかためらいがちに、それでもどうしても我慢出来なくて。
子どもは恐る恐る話し出す…
「その、もし…いらないって言うならさ…」
「…食べてくれる?」
「い…いいのかよ!?」
「うん」
そっと、皿を差し出すと。本当に眩しい笑顔で歯を見せて。
見ているこちらの心にまで。明るい日差しが差し込んだ…
本当にいい子なのだ。素直で、真直ぐで。
この子の心は本当に、その髪みたいに真っさらで。
でも…だから…
一度、染まってしまったら。
二度と元には戻れない…
何故この子が突然現われたのか、それは全く判らない。
でも。嬉しそうに秋刀魚を頬張る子どもを見ながら、獏良は切に願う…
この子が次に訪れる所は。
今度こそ、優しさに包まれる様な場所でありますように…
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