彼岸花
<獏良&子バクラ>

 学校の帰りに。
 赤い、花火の様な花を見た…



 篝火花、曼珠沙華。
 闇夜を照らし夜の冷気を追い払う…清浄の炎と。
 そして、極楽浄土の幻想と…

 大層な名を背負いながらもその花は。
 人々に忌み嫌われ道の片隅に追いやられ。それでもなお、鮮やかな赤で人の眼を惹き付けずにはいられない…

 …ああ、ちょっと感傷的になってるよね。
 ぼくも普段だったら、別に何とも思わない。
 不吉だって言って、勝手に騒ぐ人達にも「あーあ」って感じだし。かと言って、これ見よがしにメインに据えて、前衛を気取る生け花の人とかも何だかなあ、って思ってる…

 だけど…
 今は、あの鮮やか過ぎる赤と打ち捨てられた様が。
 眼に酷く灼き付いて…




 ガチャン、マンションの鍵を開ければドタドタと、小さいけれど元気のあり余った足音が聞こえて来る。
「よお!今日、早いじゃんか!」
 タッタッタッ、家具飛ばす勢いで駆けて来たのは…小さな子ども。

 白い髪に褐色の肌の…
 かつて滅んだ盗賊の村の、最後に残った小さな子。
 何で急にぼくの前に現われたのか、そんな事は全然判らないけど…

「…なあ!」
「え?…あ、ごめんごめん、ただいま」
「じゃなくてさ!」

 何だか。眼をすごく、きらきら輝かせている…?
「オレさ!さっき凄いの見つけてさ!」
「見つけ…た?」

 この子…が?
 ぼくの部屋から一歩も外に出た事無い、そして多分出る事なんて不可能な筈の…この子が一体何処で何を?
 でも。何だか本当に…嬉しそうな、輝く眼をして見上げて来て。

「だからさ、その…お前にやるよ!」


 眼を糸みたいに細くして、本当に嬉しそうに…得意そうに歯を見せて。
 後ろに回していた両の手を、ぱっとぼくへと差し出した…


「…!!」


 それは赤、鮮やかに眼に焼き付く真の赤。
 あの世とこの世の境に咲く、彼岸の花…


「へ!?…お、おい!?」


 ぼくは。
 真っ赤な花を笑って差し出す様子に胸が詰まってしまって。
 衝動で…彼を丸ごと抱き締めていた…




「なあ…その、よくない花…だったのか?」
 子どもの不安そうな声がする。そう、ぼくは酷く泣いていた。
 声を上げて泣く…と言うのとは違うけど、ぼくは声を出さずに嗚咽した…
「摘んじゃまずかった…とか、不吉…とか…?」
 ううん…ぼくは精一杯首を横に振って。返事の代わりにその子を一杯に抱き締める…


「なあ、言ってくれよ!オレさっぱり判んねえよ」
「…いい…の…」
「いいのってさあ、だっていきなり泣いてるじゃん」
「だい…じょうぶ…だか、ら…」
「…なあ…」



 墓地に生える花、死人(しびと)花。
 死者の血を吸って、真っ赤に色づく魔性の花…
 粛々たるべき供養の折に、花魁さながらに装って。
 そして身の内蓄えたるは結構な量のアルカロイド…

 ああだけど。人々が病魔の如くに忌避するその花は、姿あんまり鮮烈に過ぎて。
 どうしても涙が…流れてしまう…


 でも…神様。もしもいるなら答えてよ、どうしてこの子の手の中に選りに選ってこの花を…?
 何処にも行けないこの子の手に、どうしてこの花を授けたのか…


 神様。
 もうこれ以上、ぼくから持って行かないで。
 これ以上…向こう岸へと連れて行かないで…


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