※やっと!チーズケーキのターン…と言っても微妙かも…(汗)
※と言うか、お菓子ネタ自体久し振りなので…色々あわわ…








Tea Time

(後編)



「うう…こっそりって、思ってたのに〜…」
「ほう、この屋敷でこの俺に隠し事とは良い度胸だな?」
「だって…いきなり上手には出来ないし、最初から判ってたら詰まらないし…」
 …件の箱を抱えたまま暫しの逡巡、往生際の悪い事だな?
 とは言えそんな様を眼で愉しむ内に視線に負けてか、観念した様に蓋に手を。
「ちょっと変なアレンジしちゃって…自信無いんだけど…」
「ほう?選りに選ってモクバの口に危険極まるシロモノを…とでも?」
「…そんな!ちょっとは味見もしたし、絶対ダメって訳じゃ…!」
「ならば問題無い」


「さて。お前の手並み、見せて貰おうか」
「うううう〜…」


 しょげ返った様子で頻りに溜め息を吐く、尚も躊躇う様子を幾らか見せたがゆっくりと箱を開いて行く…とは言え件のコーヒーには流石に一歩譲るものの、遊戯が手ずから製した品はなべて皆、佳き心地がするのだ。無論本職では無いだけに器用にさらりとは行かぬものの、やはり作り手の心が宿るのか実に何とも悪く無い…


「こ…れ…」
「…ほう?」
 恐る恐ると言った風情に相反して箱の中身は至極尋常だった、真白き肌を見せるは…
「レア…チーズケーキ……なんだ、一応」
「ふむ」

「…その名を冠するモノに実に良く似た物体だ」
「似てるんじゃ無くって、そのものだよ!」
 …おずおず一転、必死の反論。
「もう…海馬くんてば酷いや…」
 頬膨らませ、口尖らせて恨めし気な表情すら。怯えた様より余程良い、むしろ一種眼福ですら。

 かつては。
 俺の迂闊な言葉一つで悲し気な風を見せ耐える様に退いてしまうが常だった事を思えば、更に…


「…頑張ったんだよ、これでも〜!」




「ちゃんと、土台から作ったんだよ?」
 切り分けつつ、幾分胸を張りながら。
「ごちゃごちゃ色々入ってるのより海馬くん大丈夫そうだしボクでも割と出来そうだったし…それで砂糖、ちょっと控えめにして」
 …甘味を得意とせん俺を気遣ってか、そんな真似も初めてでは無い。当の本人は重度の甘党にも関わらず、だ。
「だけど。レモン汁入れるって書いてあって、それでちょっとう〜ん…ってなって」

「レモンて。何か甘い物に入ってるイメージだし…何か違う気がして」
「…こいつも甘いモノには相違なかろうが」
「うう、そうだんだけど…」

「だってレモンなんて普通っぽいし!海馬くんだったら、もっとこう…格好良いのが絶対合うし!」
 …内心嘆息、全く困ったモノだ。
「だからねだからね!同じ柑橘だったらグレープフルーツなんてどうかなあ…って!」
「グレープフルーツ…だと…?」


 正直に言えば遊戯の言う「格好良い」の基準は判らん、果物の類にその手の優劣なんぞ…とは言え不安と期待の半ばする表情ばかりは何とも言えん。
「それにねそれにね!グレープフルーツって、すご〜くリラックス効果もあるんだって!」
 或いはその辺りが本音か…苦笑しつつも柔らに白き菓子を口にした…


「ど…う…?」
「…ふむ」
 努めて神妙に。
「…実に。何とも、面妖だ」
「えええ!?」

 慌てて口に放り込む様も見ていて味のあるモノだ、だが当人は至って真剣、菓子の味見とは思えぬ必死さで…これはしたり、いささか戯れ言が過ぎたやも知れん。
 ややあって、はっとした表情で食すのを止めた。
「あ…」


「ボク…ボク…色々失敗しちゃってる!」
「ほう?」
「タルトのトコだって!砂糖控えめ所か完璧入れ忘れてるし!」
「…それならむしろ歓迎だが」
「それに…グレープフルーツ!何か…何かイメージと違ってる!!」

「そうだよ!苦味あるから普通砂糖多めにって…あああボクのバカバカバカ〜!!」
 ひとり騒いでそのまま撃沈、百面相もまた眼に愉快…以前程には見せなくなっただけに。
「うう…変なアレンジなんかするんじゃ無かった…」
「フン、レシピは守ってこそ効力を発揮するのだぞ」
「ふええ…」

 盛大に悄気る遊戯だったが品自体は悪くは無い、くどい甘さが何処にも無い。要らぬ装飾の類を省いたためか味に邪魔な濁りも無く素材の味を減じておらん。無論当人が悲歎した通り、果汁の個性がいささか強い…純白の姿に相反してなかなか癖もある。
 …だが。
「菓子、と呼ぶには正直抵抗も感じるがな、」
「うう…」
「…もっとも」

「素材の味わいの邪魔にはならん…」
 …件の果汁、むしろ味が単調に陥るのを防いでいる、最初の一口こそ奇妙に感じるがむしろじわじわ滋味、そもそも苦味と言っても不快と言う程では無いのだ、やや鋭い酸味と相まって独特の深みと化す。
「存外、食えんモノでも無い」
「ほんとう…?」
「何、こんな品…店なぞでは望んでも食えんだろうからな」
「…う〜…」
「所々ダマがあるのもまた味わいかも知れん…」
「もう、酷いよぉ…」
 …ぐったりと机に伏す様に密かに笑う、そんな姿も悪く無い。何より慣れぬ手での心尽し、それこそが真の美味の源泉なのだ…



 だが。正直、懸案もある。



「…遊戯」
「え…?」
 呼ばれて慌てて身を起こす、疑問符を飛ばしながらも視線は真直ぐこちらへと。或いは声の変化にでも気付いたのかも知れん…何れにせよ、変わらぬ純真、健気さだった。
「ええと、海馬くん?」
「…何故作る」
「え?」
「今日の様な…類の品だ」
 …悪くは無い、実際。だが格別得意でも無い筈なのだ…それでも事あるごとに遊戯は手作りの品を運んで来る。
 その一途は。時として懸案にも…その理由、或いは。



「敗者を作り得ん事だからか」



 …遊戯にとって勝利はある意味トラウマなのだ、かつての一戦以来。
 勝利とは即ち己以外を敗者と成す事、そして敗北はもたらされた者に必ずや傷を刻むのだ。他者の痛みを己のものとするあの魂にとって、それがどれ程の苦しみか…だが同時に戴く称号故に安易なサレンダーなぞ許されん、都合残された道は勝利しか。
 決して弱くは無い、むしろ真の強さを持つ者だが。そして最早涙の中に沈む事も無く弛まず前を目指しているのだが…それでも時に痛みが過る、やはり細い肩には過ぎた重荷を課したのかと。
 だが。
「う〜ん…」
 暫し首を傾げた後…遊戯は微かに笑み浮かべた。
「それは。ちょっと違うと思うよ」



「…確かに全部嘘って訳じゃあないよ、勿論」
 さらりと告げながら幾許かの苦笑、曇りの無い眼だが…ただ、単に無垢と言うばかりでは無く。
「辛い事が無いのはやっぱり嬉しいもの」

「…だけどね」

「それだけじゃ無い、色んな事を教わったから…特に、海馬くんに」
「俺に…だと?」
「うん」



「ボクのこの手にちゃぁんとね、幸せ運べる力があるって事」
 日常の延長の様に…柔らかな笑みを浮かべたまま。
「…ずっと、そんな事出来ないって思ってた、ボクなんか何にも出来ないって…」
「だが、お前は…」
「うん」

「ボクにも出来るって、頑張れば頑張った分だけ喜んで貰えるって…ちゃんと、判ったから」
 …微かに頬染めて。
「ボクが幸せなのと同じ位、海馬くんも…笑ってくれたから」


「だから。きっと喜んで貰えるって、ちょっぴり自惚れ気分で…ついつい作っちゃうんだ☆」
「…フン」
 成る程、な…


 …考えてみればこのいささか個性的な味わいの品とて実に遊戯らしさが溢れている。
 何者にも染まらん純なる白に崩れそうな柔らかさ、しかし口に含めば思わぬトラップ…それは何処かあいつの手になるデッキにも似て。多用するのは玩具めいたモンスター、しかし皆外見を裏切る様な能力を秘め。癖のあるその効果は御し易いモノでは決して無い…
「…しかしな」

「それにしても初めての挑戦でレシピを無視するとは大胆な事だな?」
「ううう〜…言わないでよぉ…」
「加えてモクバを実験台に使わんとした目論見も無罪放免とは行かんぞ」
「うう、ごめんなさい…」
 瞼をきつく閉じて身を縮こませる、元が小柄であるだけに昔などはそのまま消え行く様な錯覚すら覚えたが…
「…でも」

「だいじょうぶ、次はもっと美味しいのを作るから」
 …しっかりした声、すっと面(おもて)を上げて微笑みすら。
 『次は』…それこそが遊戯だった、まるで操る沈黙のしもべ達の如く。時の流れさえ風化にはならぬ、むしろ埋もれし強さを次第次第に表へと、浮き彫りにして行くのだ…
「だから…だからね」



「海馬くんがね、もう絶句しちゃう位…凄く美味しくて最高の!絶対作って来ちゃうから☆」
「…フン」



 言う様になった…その実感が俺をゆっくり満たして行く。
 無辺の距離の隔てすら覚えていた、それが…今や。




 時を重ねると言うのも。実に、全く悪く無い。




Fin.




後記:
 これ、切っ掛けは実に単純で、社長の手萌え紅茶シーンを見たくなったのと表ちゃんにチーズケーキ作って欲しくなったって、本当にソレだけだったんですけど…最初に降臨したのがモクバくんの留守に来ちゃった所を社長に捕獲される表ちゃんだったので、「菓子物語」シリーズの永久機関の夢をつい思い出してしまい…それでつい、考察っぽい方向に(うう…)
 時間を置いて似た様なシーン…となると全く同じ展開じゃあ詰まらないですし、変わった事変わらない事をつらつら書き列ねて行く内に微妙に長い文に(汗)
 しかし。正直、「菓子物語」シリーズを書いていた時と解釈が異なる部分もあるので、ずっと読んでいて下さった方にはどうだろうと内心ビクビクであります…一応、色んな事の積み重ねで、お互い全身全霊を投げ出す様な献身みたいな極端に走らなくてもナチュラルに通じ合えている、と言う実感が出来て、それでポンポン言い合える様になって来た…と解釈して戴ければ幸い。

 …まあ。そーなると逆にどーして表ちゃんは毎度毎度社長にお菓子を貢ごうとするのかと言う命題が出て来ますが、それはもう単純に、書き手が表ちゃんの手作りお菓子を食べたくなったから←をい!!
 その辺りの事情、敢えてぶっちゃければ…やっぱり裏で糸を引くのはモクバくんだったり。特殊な環境にばかりいたモクバくんなので、何かこう…「手作り」みたいなベッタベタなキーワードに案外弱いんじゃないかと。で、「兄サマ絶対喜ぶぜい!」とか言ってけしかけつつ、実は自分が一番楽しみにしていると(笑)社長も何と無く気付いてはいるので、それで会話の中でもやたらモクバくんが登場していたと。
 …ただ、もう社長としても表ちゃんとのあれこれの御陰もあり、病的な過保護からは脱しているので。モクバくんのささやかな「企み」に気が付いても、ソレで葛藤とか言うややこしい事にはならず。むしろ苦笑混じりに見守りつつ、気付いていない振りをする…そんな段階だと。

 あと。モクバくんの件を差し引いても、どーして非ィ甘党の社長にお菓子を持って行くんだよってな突っ込みポイントが残る訳ですけれど、それもまあ…何と言うか、甘い物は暖かな交流の象徴って事で。
 …超個人的見解になりますが呑みニケーションならぬ甘味ケーションってあると思うんですよ。「呑み」とか「同じ釜の飯」とはまた違った距離感として。お腹と心と同時に一杯になって、しかも別段絶対の必要性は無いお菓子と言うのは結構不思議なポジションで。人を程よく無防備にする、独特のツールでもあると…それに社長、非ィ甘党と言っても生まれつきでは無く歩んだ人生の厳しさから、甘い物を敢えて封印して来たんじゃ、と言う勝手な思い込みもあるので…其処まで全部読んでの事と言うよりむしろ自然な行動ですけど、表ちゃんが社長に甘い物を届けるのは凄く良い事なんじゃ無いかと。

 …まあ実際問題として、料理関係とかなら社長の方が絶対器用で段取りとかも絶妙な気がするんですけど(レシピは事前に熟読するから途中で材料無くて慌てるとか有り得ない&調味料とかすっごいきっちり計ってそう;)ソコから生まれる笑顔…と言う部分は表ちゃん結構ハマる気も。表ちゃん、ゲーム「しか」取り柄が無いって長い事思い込んでいただけで、色んな事やればかなり上手なんじゃないかと…そう言うチャレンジの切っ掛けが社長の持って回った求愛行動だったりしたらかなり萌え(笑)


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『へっぽこカイオモスキー』たんぽぽ太郎
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