船長の憂鬱


 褒められた事じゃ無いだろうが、日がなボーッとしていて給料貰えるなら嬉しいと俺は思う。いやソレは精神衛生上どうも…と言うクソ真面目つーか偽善者な野郎でも、ま、イレギュラーは無い方が良いだろう?
 ところが。俺はどっちも望み薄なのさ…


 操船科を出てそのまま軍隊に入った奴も結構いるが、俺は願い下げだった。大体軍に行くなら士官学校なんてものもあるぜ?入学に多少のコネが要るにせよ、採算度外視、算盤勘定大無視人間総結集な組織がバックボーンなだけに、入った後の面倒は結構見てくれるって話だ。ま、陰湿な苛めとかもあるらしいが…奨学金制度もしっかりしてるから、下手するとトータルな出費じゃ断然お買い得になる。それをなァ、選択の自由ありありの学校出てなんで軍まで行っちまうかね?
 けど、商業船なら気楽だと思った俺の考えも大間違いだった。

 船内機器チェックのルーチンワークをしていた人間が、急に表情を変えた。…悪い予感がする。
「どうした?」
「待って下さい。…今、確認中です…」
 細い指が、魔法の様に素早く動いて、モニタがめまぐるしく変わる。それが漸く一巡した。
「今、メインに送ります」
 緊迫した声に覚悟はしていたが…
 巨大な、船内模式図。その前方、エンジンルーム内に赤い明滅点。
 …侵入者、あり。

「人数は?母船は見つかったか?」
 俺が口を開くより先に、副長の声。
「人数は…おそらく一体です。母船は付近には見当たりません。外殻総点検した所、偽装された小型船が船首下部に発見されました」
「前回のチェックは…外殻点検はいつ?」
「約二時間前です」
 俺と副長はお互い顔を見合わせた。二時間前と言うと…アステロイドベルトを潜ってた時。当り前だが、異常接近を告げるアラームがピーピーピーピー鳴るので、いちいち構ってられなかったのも確かだ。その時の担当は別の奴だし、一般論として細かい事までいちいち報告するのもばかばかしいし、小型船が巧妙に偽装されていた事を考えるとそいつばかり責める訳にも行かない。
「船長…」
「まずは船員の避難だ。居住区の人間は全員待機、作業中の船員も作業を放棄させてくれ。全員退去次第、隔壁を閉じるように。…ただし、極力侵入者に気付かれないように頼む」
「はい!」
 オペレーター達が次々作業に入って行く。

 だがそれにしても。さっきの会話の中に、気になる一言があった。
  『おそらく一体です』
 一体。いくら不審者でも人間なら一人、二人と数えるのが普通だ。
「エイリアンか…」
「タイプはまだ調査中です。今の所、比較的大型と言う事しか…ただ、大型兵器は持っていない模様です」
「成る程、力自慢な奴って訳」
 副長が唸る。

 俺が、自分の考えの甘さを一番後悔したのはこの事だ。軍隊ってモノは確かに危険な場所ばかりに向かうんだが、軍隊にも一応目的はある訳で、大体人間が住んでる場所とか、あるいは盛んな行き来がある所にしか行かない。ところが、だ。商人って奴はケチな癖に投機が大好きで、良く言えばフロンティアスピリット…悪く言えば博打魂旺盛な人種と来ている。前人未到の星に最初にやって来るのは金に目の眩んだ欲ボケか、あるいは記録コレクターの命知らずな大馬鹿者と決まっているのだ。
 俺はしがない一船長、船主荷主の言う事にハイハイへいこら従うより他は無い。この航路だって、まだましな方なのだ。

「データ解析終わりました!」
「…で、どんな奴だ?」
「大型四足歩行タイプ、体表は黄緑色で光沢あり、動作は極めて緩慢ですが、長い触手で辺りを盛んに探っています」
 …ああ、アレだな、放射性鉱物を主食にしている奴だ。この辺りに元々住んでいた種族で、知的レベルは低いとは言えないが、言語体系がまるで違って細かなコミュニケーションは出来ない。しかも、遊びで無闇に駆り立てた馬鹿がいたせいで、人間を相当恨んでいる。しかも、さらに大馬鹿な奴が、金儲けにでも使おうとしたのか宇宙工学の技術を「仕込」んで以来、下手な海賊よりよっぽど恐ろしい連中となってしまった。
 幸い、と言うべきか奴等の得た工学知識が恐ろしく偏っているため、武器の製造だの扱いだのは不得手だ。だが、長い長い一見ゲル状に見える触手が存外強力で、しかも皮膚が丈夫で滑りやすく殴った位ではびくともしないから接近戦に持ち込まれると辛い。しかも、奴がいるのはエンジンルーム、ちょっとの誤射で大惨事となる。
 仕方無い。そう思った所で。ふと横を見ると副長がもうさっさと立ち上がっていた。

 言い忘れたが、副長は女性である。それも、芳紀まさに…実年齢を考えると、この表現もどうかと思うが、とにかくそんな感じである。船、と言う事もあってボーイッシュな出で立ちだが、動く度に揺れるポニーテールがなかなか可愛い。しかも、俺より大分小柄。
 そんなコが自ら立ち上がったのだ、船長である俺が何もしない訳には行かない。
「俺と副長で駆除して来る。暫く頼んだぞ」
 ああ畜生、俺は何でこんな職業選んだんだろう…


 最初は「おろおろ、うろうろ」と言う様子だったエイリアンが、急に目的をもって動き出した…と言う連絡が入ってからはや5分。どうも、比較的ニューモデルであるこの船の構造を掴み兼ねて、燃料タンクを見つけ損なったらしい。それだけなら御の字だが、どうやら奴さん、ブチ切れたたと見える。…船内に深く侵入を計り出したのだ。
 退去命令が効いて、辺りは閑散としている。いるのは、通路の突起物の影で対エイリアン専用ライフルを構えた俺と、同じ様に武装し遮蔽物に隠れた副長と。…昔、要人警護の仕事をしていたと言う副長は流石に決まっている。対する俺は…
 何で、全くの非戦闘員で、しかも船で一番偉い筈の俺がこんな任務に就かにゃならんのだ。心中ぼやきまくり、心無しかへっぴり腰である。残念ながら、初仕事からいきなりド僻地に飛ばされて、否応無く銃の扱いを覚えさせられた俺位しか、武器を扱える者がいないのだ。何せこの不景気だ、しかも船はどんどん自動化が進む、つまりは最小限の人員しか置けない訳だ。勿論、副長と言うプロフェッショナルがいるが…その、立場上、彼女一人に戦わせるのは問題だろ?そうで無くとも、一人より二人で事に当った方が確実だ。それに法律、船長の権限は全て船内の人間を無事目的地に運ぶ事にのみ行使せねばらなず違反者は厳重な刑罰に処すものなり…要するに、船長だけが生き残っても今度はお縄が待ってるって訳さ。
 それに。あまり考えたく無いが…この船には俺以外にも操船資格どころか経験も充分積んだ人間が何人もいる。俺がいなくても、イレギュラーさえ無ければ支障無く航行可能。問題があるとすればそれは法律とか制度とか、紙面上の問題であって現場には関係無い。
 もっと言えば。
 …それこそ俺のミスで副長にもしもの事でもあったら、皆に一生恨まれるんだろうなあ…

 一枚のドアを、ひたすら凝視する。ここを突破されたら…今までの例を引き出すまでも無く、人間に激しい敵愾心を抱き、しかも現に今烈火の如く怒っているエイリアンが、居住区にまでやってきたら流血の惨事となる。何せ、ただの一般人まで乗っているのだ…貨物船と言えども、最近は人間も結構運ぶ。まあ、経済の問題って訳だ。
 ドアが、動いた…引き金に、力を籠める…!


 ドタドタドタ。遠ざかって行く足音を聞きながら、俺の腸は煮えくり返っていた。
 「奴」じゃ無かったのだ、畜生!
 …エンジンルームは一般人立ち入り禁止だが、それだけに人気があるらしく、何度通達しても侵入が絶えない。船員に袖の下を送ってまで入りたがる奴もいるらしい…その、はした金に負ける方も悪いんだが。
 今、えらく慌てて…当然だ…出て来たガキは、荷主の姪っ子だ。切りっぱなしのおかっぱに、ダサい仕立ての真っ赤でちんちくなスカートを履いた可愛げの無いガキだが、うまく取り入ろうとご機嫌窺いする取り巻きが多くて、この船でもやりたい放題だ。見つけ次第摘み出してはいるが、何度言ってもエンジンルームを遊び場にしやがる。そりゃ、重い光沢を放つメタリックジャングルが子供心に新鮮に映るのはまあ理解できる。だが…今は非常時なんだぞ!アナウンスからどれだけ経ったと思ってんだ!
 と、思う内にまた扉が…と思ったら。

 だああああああああああッ!!お前らいい加減にしろよ…と俺は声を大にして叫びたい。クソガキの遊び相手の、別なガキが飛び出しやがった!逃げろって言われたらサクサク逃げろっての!
 …しまいにゃ、撃つぞ。


 とは言え。立場の弱い俺が、クソガキ一人でも怪我させようならたちまち訴訟、間違い無く全面敗訴で破産だな。裁判ってのは結局力関係だから…ああ、一国一城、男の夢とロマンは何処へ消えちまったんだ…
 畜生。俺、ホント泣きそうだよ、色んな意味で。…船長なんてなるモンじゃあ無いな。
 あーあ、ホントに…

 早く来い来いエイリアン。

Fin.

 何故か、船長になる夢を良く見ます。それも宇宙船…
 なのに、何でこんなにトホホなんでしょう?


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(C)獅子牙龍児
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