●初夏
視界の奥。黒い影が、すっと空を横切って行きました。
「あ…」
覚えず眼で行方を追ってしまいましたが、何の変哲も無い燕に過ぎません。
がっかり、しました。
あの働き者の。美しい鳥には申し訳無いけれど…
だって、あんまり季節が近いのだもの。
「御子様!危のうございます!」
「へへっ!…平気だって!」
…あの方と来たら。もう高い高い樹の上で。
窓から「それ」の姿を見ただけで、歓声を上げるなり外へ…わたくしが「あっ」と声を挙げた時には、御母上生き写しの黒髪が、丁度窓枠を越えて行く所でした。御母上の御生地の、他所者には少々奇怪に思える風習から。御子は窮屈な装束を召されているのに、どうしてあんなに素早く走れるのでしょう?
わたくしなどは。裾を精一杯つまんで見ても、たちまちの内に何かにつまずきますのに。
…そう思う間に。御子様ったら、もうするすると幹を降りていらっしゃいまいした。
「心配、いたしましたよ!もう…わたくし、寿命が縮むかと…」
「それ、聞き飽きたぞ!そろそろ、別の説教考えてくれよ」
「まあ酷い!聞き飽きたも何も…」
小言を申そうにも。御子様の、にこにこと邪気の無い笑顔を向けられては…苦笑するより他ありません。
もっとも、「邪気が無い」とは言い過ぎでしょうね。だって御子様ったら…ほら、舌をぺろっと出されて。
御母上譲りの愛らしい御顔、それだけでも破格ですのに。その上、あんな風に笑いかけられたら…わたくし達、もうどうして良いか判りません。それを、御子様ったら御存じの上でなさるのですもの…もう、本当に憎い方。
「それより、ほら」
御子様の、まだお小さい手の平の上に…小さな獣の姿。
「初物にしちゃ、大した奴だろ?」
「ええ…本当に」
黒い、生き物。小さいとは言え…羽も爪も牙もある、れっきとした翼竜でございます。こうして、動かぬ姿を見る限りでは、本当に黒曜石の飾り物の様に見えますけれど、性質は至って狂暴、しかも吐く息には恐ろしい毒がございますゆえ病の元にもなりますの。わたくしも幼少の折に祟られまして、あれは本当にきつうございました。
それを御子様は。…血筋とは言え、造作も無く捕まえるのです…
不意に御子様とわたくしとの隔たりを改めて思い知らされて。わたくしは何も言えなくなってしまいました。
「なあ」
「…え?」
わたくしの内心を知ってか知らずか。御子様がまたにこにこ笑って覗き込んでおられます。何とは無しに気恥ずかしく、顔を逸らせてしまいましたのに…御子様は気分害される所か朗らかに笑うばかり。
もう、本当に…
「これは『初物』だよな?」
「え?ええ、そう…ですよ?」
「それ、やるよ」
「え、まあ………えええ!?」
「何せ、『初物』の翼竜だからな」
ニヤリ、御歳に似合わぬませた笑み。
「あの、あの…御子様!?」
「意味なら、知っているぞ。…何だお前、自分の仕える主人を無知蒙昧だとでも?」
「い、いえ…そんな、滅相も無いこと…」
わたくしは、胸の鼓動を抑えるのに必死でございまいした。
格別滋養も深き『初物』の品、その見つけるも困難な品を捧げる時。捧げた若者が娘に託する想いはただ一つ…
「何せ…お前は器量も悪くない。そろそろ手を付けて置かねば、と思ってな」
さらり嘯く小さな御子様。
ままごとの様な風習でも。たとえ御子様の御歳がほんの六つでいらしても…わたくしは真実端女に過ぎず。過分に…過ぎます…
「御子様、あの…」
「これは厨房に運べ」
「は…?」
「御子は素揚げを所望したと、きっと告げよ」
「あの…?」
話に付いて行けずに戸惑うわたくしに。御子様、また悪戯っ子の笑み。
「喰ってやる、と言っているんだ。証拠が残らぬ以上は、誰もお前を責めようが無い」
「!…御子様…」
まるで、児戯の続きのよな無造作で。本当に悪戯の様ですのに…御子様は、わたくしをちゃんと見て下さっている。何も知らぬ風を装っておられるのに、貴方付きの侍女となってこのかた、受け続けた謂れの無い責め苦の数々を…この方だけは判って下さる…
「知っているぞ?下々にはどうやら『竜狂いの御子』と呼ばれているらしいな…」
「いえ!そんな!」
「隠すな、隠すな!お前が言った訳で無し、鱗虫と見れば矢も盾も堪らず喰いたくなるのもまた真実」
「御子様…」
それは、御子様の血筋が尊くていらっしゃるから。
昔々の物語。まだ、この土地が海に浮かぶ小さな孤島で…竜王島、と呼ばれていた頃。
竜を狙う闇の者どもが、竜の楽園たる島に襲いかかり…大竜ですら、一人二人と命及ばず力尽きて行き。竜王その人の身すら危うく…
思い余った竜王は。残った隣人を…人間達を集めてこう申されました。
汝等、心に勇あるならば。我らの血を飲み肉食らえ…
竜達の魔力は卑小な人間達にはあまりに強く、まかり間違えば血を少々すするだけで…分不相応の報いとして、命も果てるかも知れず。それでも、もはや島の民を護るためには過分の力を得るより他に策も無く。
いえ…それ以上に。竜王島の民にとり。竜は全き隣人、いえ慈悲深き王であったのに…
それでも。かなりの数の人間が、敢えて竜の血をすすり。そして極わずかな者達は、その上肉まで食らい…
試練に耐え兼ねて、何人もの人間が惨い最期を遂げたと聞きますが。生き延びた者も少なくなく。
…闇を払い王国を作りました。
「竜喰い」と、他所者達は酷く嘲って呼びますけれど、始祖の…「建国の六人」、それに。
かつての竜王陛下の子を身ごもられ…そして、竜王その人のたっての願いで。陛下の御脳と心の臓をも食されたあの方。
御子さまはこの世でたったひとり。
その二つの血筋を継いだ方…
如何に翼竜の毒が酷かろうとも、やんごとなきこの御子の御命には少しも触れません。
それを…まるで化け物か何かの様に悪し様に言う者が家臣にいる。それがわたくしには口惜しい…
真夏の日差しは暑うございます。わたくしも、そして御子にもきちんと被り物。ほんの近所の市場ではございますが、日差しを遮るに大袈裟と言う事は何もございません。御子様は暑いきついとのたまわれますが、御顔も隠れますれば…
日差しよりも恐ろしきは人の眼(まなこ)、何処ぞに不穏を抱く輩が御子を窺うやも知れません。
もっとも。そんな危難を避くるがため、わたくしが御子様付きとなりましたけれど。
…幾許かの気の張りはございますも館を離れますれば御子様もわたくしも少しばかり晴れ晴れ致します。口さがない者なんぞおりませぬもの。
無事にお買い物も済み、その帰り道。御子様が不意に眉を潜められました。
「御子様?如何がなされましたの?」
「…あの娘達、気に入らない…」
低い、小さな唸るよな御声。そっと御子様の眼を追いますれば…
ああ!腑に落ちました。
「纏足、と言う習いにございましょう?」
「それが気に入らぬと言っているのだ!」
ふうわりしたお召物には似合われませぬ怒気含み…確かにいつも歯に衣着せぬ方ではございますれども、今日は何時もよりきつう聞こえてございました。
「御子様…?」
「…お前には、せぬと言っているのだ!」
「………え?」
御子様?今の、お言葉は…?
お願い申し上げます、わたくしは唯の端女ですの。わたくしには何も…
「惚れさせて置けばいい…」
ぽつり。御声がわたくしの耳に…
「あの、あの…?」
「だから!お前は馬鹿だの愚図だの言われる!一度聞いた事は一度で覚えろ!」
御子様は、そっぽを向いたまま。怒った様に…
「その、つまりだ…」
「つまり?」
「逃げる者には、枷も要るだろう?だが…逃げぬ者には?野の鳥とて相応に扱えば毎日でも訪れる…」
「あ…!」
御子…様…!
「無理強いは無粋で醜い。自ら篭に入ったかの振りを成す者も然り。だが…」
御子様が、わたくしを見上げておわします。いつもの通りの強い御眼、それでいて…
「お前は…逃げるか?逃げようと思えば何時でも逃げられるが…」
「いいえ」
何も念ぜぬとも、顔に最上の笑みが浮かびます。
「何時までも、何時までも、御望みのまま…わたくしは、貴方様の御命とともに…」
「そうか!」
御子様は。本当に幸いに満ちた御顔で…
そして…
御子様の、まだお小さい手が
わたくしの、手を
しっかり、力を篭めて
握られて…
「…何も言うなよ…」
「…はい…」
何時も、わたくしが御子様の御手を引きますから…外からは何の不思議も無い光景でございましょうけれど。
心の臓が震えて震えて飛び出しそう。いえ、踊り出しそう…と申すのでしょうか。
常通りの帰路、暑さに花も萎れて葉ばかり繁る…尋常の道すらも。
…エメラルドを敷き詰めた様にてございました。
思えば。
それがいけなかったのでございましょう。
禍福はあざなえる縄の如し、いにしえよりそう申します…
真夜中。甲高い悲鳴を聞きました。
わたくしは「石笛」の一族、歌声を武具とする娘。郎党の上手には劣りましょうけれど、耳ばかりは強うございます。…離れてはおりましたが、その火急の声。大平の眠りなぞ吹き飛びました。
初めは、誰ぞ女官の声と思ったのです。
不吉の賊の侵入に、驚き声挙げたのだと…
けれど。
声の聞こえたその部屋に。
わたくしが参りました時…
「…御子様!?」
あの方が…恐怖の余りに立ち尽くされて…
部屋は。
見渡す限りの…
屍体。
「御子様!御怪我は!?何処ぞ、御苦しい所はござ…」
慌てて御方をゆすぶりました、わたくしの手を逆に遮二無二掴まれまして。
「怖い…怖い、よぉ…」
がたがたと、眼を見開いたまま震える御身体。
「御子様…」
わたくしが付いております、そう申し上げようとしましたけれど。
あの御小さい御身体が…引き付けの様に突っ張り…
御身体を弓の様に反らして。ただ、ひたすら。
余りにも御労しい…悲痛の叫びを…繰り返し。
常の御方と別人の如く、高い高い御声…
わたくしが女官の声、と聞き誤りましたのは。
御子様の御声だったのでございます。
…事の次第は程なくして判りました。
やはり、御子様の血筋を狙う彼の国めが刺客の仕業。件(くだん)の国の草どもに、御子様の御所在知られてしまいましたのです。
その事を恐れ、御子様にあの様なお召物を御用意しておりましたけれど…
いえ。そればかりは不幸中の幸い、御子様ばかりは狙われず済みました。
けれど。
御子様と同じ年頃の、館の男児全てが…全てが…
たまたま。夏の、一番暑い盛りで。
そして。
ほんの…偶然。
家臣の係累が集まり、常より館も人数多く。
致し方ございませんけれど…男児皆が、夜更けまで騒ごうと。一つ部屋に集まって。
…御子様は表向きの、あの御姿の事もございますし。尊き御方に相応しからずとして元の御部屋にて御休みになられましたが…やはり。あの御歳、遊びたい盛りにおわしましょう?後で密かに仲間入りする、そんな心積もりでおいででした。
ほんの少しの、事でございました。
彼の国の刺客…「仕事」を一度に済まさんと、遊び疲れて眠る子等を襲い。
そして…そして…
わずかばかりの後に、御子様…
御子様付きの侍女と申しましても、やはりわたくしは端女。伏せておいでの…御労しくも、御声も出ぬ様だとか…御子様の、御見舞すら許されません。
…確かにわたくしは、御子様の懐剣としてただ振る舞うしか無い、それは重々承知です!
でも…でも…
過分としても!あの御笑みを、あの小さい御手に…包まれたあの日を。
夢見る事すら許されませんの?わたくしには…そればかりが。
唯一でございますのに!
それだのに…
ある日、わたくしは呼び出されました。
「御子の御容態も悪からず、吉日である」
「はい…」
畏まりながらもわたくし、判然と致しませず…それがつい、顔にも。
「何だその顔は!ただの歌女郎風情が!」
「滅相もございません!わたくしは、何も…」
「まあ良い!…宴席の歌舞の一端、任そうぞ!」
「わたくしに、でございますの…?」
唐突な「宴」にも不審は覚えましたけれど、何より未熟のわたくしが…歌舞の披露を?「宴」となりますれば、御客人様…それも貴人方がお見えになりましょうに。
「なに、例の…『御領主様』がお越しでな」
「それ、あの童女を侍らすが御趣味の御方だ!」
「…ならば、一等幼く見ゆる者が最上と言う次第」
もう、話など半分も耳に通りません。
それでは…それでは、御子様は?あんな恐ろしい思いをされて、つい先日まで重く伏せておいででしたのに!
「御子様ならば憂いは無い!それ…」
扉の向こうにいらした方は…
唇に、紅。眉に…墨。
驚く程の布と飾りと襞に埋もれる様に、人形の様な御顔。
何より…
御足に!!
「何故でございましょう!どうして、こんな惨い…!!」
「な、急に何を騒ぐ!?」
「あんな…大切な大御足(おみあし)に、あんな!」
「なに、ただの纏足では無いか」
ただの!あんな酷いものを…!!
「我らが薦めた所、御子様も頷かれた!何の不都合がある?」
「…!」
「元より外向きには『女君(おんなきみ)』として通して来たのだ…足を縮ませば背の伸びも遅れる、ますます欺くも容易くなろう!」
そんな…そんな欺瞞のために…
「何より件(くだん)の御領主、小さきか弱き足を好まれる…打ってつけでは無いか!」
そんな…!
「何故!何故でございます、あの様な輩にそのよに媚びへつらう…わたくしには、とても!」
「…愚かの上に小煩い事だ…知れた事!好き者とは言え、御領主の財力確かなもの!通われる度その度に、大した土産を届けらるる…館の蔵も潤うと言う次第!」
くすくすくす…女官どもが、わたくしを指差し笑う声。
「おまけにな、愚鈍な頭には判らぬだろうが…かの御方はあちらこちらに顔が利く!その方が足繁く通うとならば、土地の者どもも我らを無下には出来ぬ!」
「…左様でございますな、御子様?」
驚いた事に…信じられませぬ事に。御子様は、人形の面にて…
こくり、と。
ただ無言…
「御子様!!」
わたくしは堪え切れませんでした。分に過ぎた事とは判っておりましたけれど、御子様の御足元にすがりつき。必死で…
「どうか…どうかお言葉を!わたくしに御声を下さいませ!」
ほんの少し、身じろぎをされた様に見えました。それを頼りに、尚も…
「本当は御嫌なのでございましょう?こんな…」
…皆までは申せませんでした…
パシリ…
何が起きたかも判らず、ただ呆然と…
床に倒れておりました。
ほほほ…ほほほ…ふふふ…ふふふ…
女官どもの嘲笑の嵐。
瀟酒な座には人形の様な御顔のままの御子様が…手を、挙げておられて。
「そうですわ、御子様!犬を躾るには痛みで教え込むのが丁度よろしゅうございますわ!」
「ええ、何ならもっと酷く打っても構いませんでしたのに…」
声の濁った女官どもが、呆然とするわたくしを見下ろし…
「あらまあ!御袖が乱れておりますわ!」
「あんな愚図のために…全く御手をわずらわすなんぞ、無礼にも程がありますわ!」
のろのろと、立ち上がりました。…誰も手なんぞ差し伸べませんもの。
わたくしは。あの方に…
知らない!知りません!…存じませんとも、あんな方は!
あんな…動く事も出来ぬ程、羅紗の重ねと透かし模様、さんざに酷くごてごてしく。足元にはあの恐ろしい…地獄の責め具の纏足が。綺羅な刺繍の細やかな、紋様飾るがいっそおぞましい…
そして。不自由な御足ゆえ。…あの泥の様な声で喚く女官どもに支えられ、人形の笑みを浮かべて去られる姿…
あの、窓からすっと外へと行かれた方は?
するすると、高い高い木に登られた方は?
あの、御小さいけれど…とても大きな、わたくしの世界全てを包まれてしまう、あの御手は?
何処に…消えましたの…
…儚い望みを抱きつつ。敢えて侍りました宴でも。あの方は無言に人形の御顔ばかり。
時によると。醜悪極まる例の領主に、艶やかとも言える笑みすら送られて…
わたくしの、何もかもが。
音を立てて崩れて行きました。
日差しは照るのに芯まで凍える夏が過ぎ。御子様の好まれた小さな翼竜も次第に姿を見せなくなりました。
わたくしはただ、機械仕掛けの傀儡(くぐつ)の様に時を過ごしておりました。
そんな…ある日の事でした。
館が、上へ下への大騒ぎでございます。
ほんの、少しの間…わたくしが使いにやられる前には、如何程の異変もございませんのに。何故?
いいえ、理由ならばございましたの…
家臣衆が二手に別れて争っております。
互いに激しく罵り、なじり合い…
いえ!違います、互いに手に手に武器取って…
これは謀反、反逆にてございます!
「これ以上、竜狂いの悪魔なんぞに…我らの子を、さらに差し出せと言うのか!」
「何を言う!御子様の御命に比べれば…下々の餓鬼なんぞ、幾らでも替えが利く!」
「だから…なのか!あの夜、子らを…それも男子ばかり、一つ所に集めたのは!むざむざ蛇の牙の前に…幼い子らを置いたのか!!」
筆頭の者、御子様に醜悪者の歓心を招くよう薦めた輩…凄まじい笑み浮かべ。
「…むしろ、身分に似合わぬ働き成したとして、誇りに思うが良かろうにな!」
「!!…許せぬ!我が子の恨み…!」
幾人もの…中に女人(にょにん)の混じりますのは、あの悲しき子らの母親にございましょう…わたくしも見知った顔の数々が。鋭き武具掲げて鬼の形相で…
でも。
たちまちの内に。
何処ぞからか現われた兵にて抑えられてしまいました。
そして…
あの狂乱の中。呆然とするわたくしすら、捕えられ。…先に放棄した者達とともに牢へと放り込まれてしまいました。
もっとも。牢はさほどに厳しゅうは感じませんでしたの。
こんな暗くて地下深く、あの耳の腐ります様な声でがなる女官どもはおりません。どの道全てを失いましたわたくしに、地獄より酷い場所なぞございませんから。
数日が過ぎ、皆後ろ手に縛られたまま…裁き場へと引き出されました。
冷たく厳しく…暗い裁きの間。ただ唯一綺羅星の様に眩い、贅を尽くした御子様のお召しを。わたくしはぼんやりと見つめておりました。
「こやつめら…畏れ多くも御子様に刃向かいました者どもでございます。御子様、御裁定を!」
さらさらと、したためられる御子様。…あの時よりこの方、御子様は言葉を失っておいででした。
「ふん…御母上より父親の血が多いと見える!あのよに口利けぬ振りで以って周りを欺いて!」
近くで吐き捨てるよなつぶやき一つ。いいえ、違います!御子様は真実あの様に、舌すら凍えておられるのです!…そう、叫びかかりましたが。
「静まれ!御子様の御裁定である!」
あの輩、ふてぶてしきあの者が。小さな御手がさらさら記された品を手に取り…勿体ぶって宣言など致します。
「ほほう…これはこれは、御慈悲である!聞け、反逆者ども!御子様は汝らの罪一等を減じ…追放に処すとのたまわれた!」
「何だと…!我が子の墓から、我らを引き剥がすと言うのかッ!!」
「剥がされるよな真似をする汝らが悪かろう!何より喜べ、汝ら死を免れたのだ!この地さえ離るれば…望むだけの生を全う出来るのだ!」
「無論、戻ろうとなどすれば…即刻極刑に処するがな!」
…何?わたくしはもう、視界が揺れる程ぐらぐらしておりました。
これは…この裁定は?わたくしも、何故にかともに牢送りのわたくしも。同じく処されるのですか?
「待て!少なくとも…この歌い女は無実だ!この者はあの場に来合わせただけの筈!」
どなたか…親切な御方が代わりに抗弁して下さいます。
でも。
わたくしはもう、あの人形の瞳を信じる事が出来ず…
実際、御子様は冷たくこう記されました。
「あの歌い女もまた、同列に処せ」と。
…着の身着のまま、狭い馬車の荷台に無理に押し込められ。何処とも知れぬ土地へと流される事になりました。そんなわたくし達の前に、一時。…御子様が姿を現わされました。
…荷台がさんざに御子様を罵ります…己の子らの仇として。
だのに。何故?…御子様は、ただ飾りの人形のよな顔澄まし顔。
もう、何もかもが哀しくて。哀し過ぎて…涙も流れません。
馬車も動き。次第に遠ざかって行く御子様の御顔を眺めましても…心は虚ろなままでした。
ほんの少しばかり。御子様が口元を動かされた様にも思えましたが…ただ、それだけの事でした。
むしろ。
もう、あの方の冷たい素振りに苦しむ事も無くなると…乾いた安堵が心を占めておりましたから…
ずっとずっと時が経ち。新しい土地での暮らしにも慣れた頃。
すっかり忘れた気でおりましたのに…突然に。あの方の夢を見たのでございます。
あの、最後の。かすかに動いた口元…
…!!
わたくしは飛び起きました。
わたくしは歌と声ばかりにしか能がありません。そればかりを伝える家に産まれましたから…
それがため、幼き頃より…修行ばかりは恐ろしい程に。声にまつわる種々細々は、いやと言う程仕込まれました。
だから。わたくしには…
唇を読む事も出来たのでございます。
あの。いまだ脳裏を離れずにおります、最後のかすかな動き…
ああ!わたくしは愚かな娘でありました。
何故、あの時気付かなかったのでございましょう…
『生きて…幸せにおなり』
御子様…貴方様は…!!
御子様。
わたくしは精進を積みました。未熟未熟と言われ通しの『歌』の方も。血を吐く程に鍛え鋭く磨き挙げました。
もう、以前のわたくしではございません…今のわたくしは、何時でも貴方様の鋼(はがね)の盾となり、また矛となりましょう。
それでも御子様が本国に迎えられました時…最早、今生にてお会いするは無理と諦めておりました。
それがこんな形で、希望と変わりましたのは…何という皮肉でございましょう…
こんな事に、なりますとは。
御兄上さまに追われて。家臣団が全て滅っするなど!
御子様。今こそ御前に参ります。
あの頃の御笑みを頼りに参ります。
わたくしは何時までも、貴方様一人の端女でございます。
八年。
気の遠くなるよな歳月でございましたけれど…
もう随分な間、あの懐かしい翼竜も見ておりませんけれど。
でも。
…だいじょうぶですよね?
Fin.
後記(かなり長文):
…いやだいじょうぶじゃ無いし(爆)
つーか作者の日本語おかしいがな。一応この場合「二重敬語」使ってもオッケーなケースやけどでも!やっぱ敬語完璧違ってる気が…
と、言う訳で。ネタバレを避けるべく固有名詞を全部伏せて書きましたが…某長編の某キャラの幼年期のエピソード。何かこう…古典的な意味での「耽美」と言うかあるいは「ゴスロリ」と言うか…(汗)凄い事ヤッちまった気がモーレツにしてますです。つーかやっぱドラゴンイーターはまずいっスか!?
そもそも。話の流れ上の都合上で殺すのは実は好きではありません。何と言うか、意味ある死なら許される…ってイヤな概念に繋がるって言うか。「死」が全て「犬死」とは言いませんが、たとえ何か意味があるとしても結局生者のためであって死者の取り分は何も無い気がするのです。だから、せめて生きている人間は死者自身が受け取れなかったものを何としても獲得すべきとは思いますが…
ちょっと話がそれましたが。要はこれ、「終わってしまった恋」、と言う事で。初恋は失恋に終わりぬと言う奴…それのかなり辛いバージョンであります。
護りたいけど自分には護り切れないから、自分の側では巻添えにしてしまうから…大切だから、わざと別れたと。良くある話ですが、個人的には護りたいなら側できっちり護れ!って思いますがね。たとえ自分の命が狙われているにしても、無茶な話ですが…何としても護れ!ってさ。
この語り手の娘さんは「御子様(みこさま)」の六歳位上の女性です。作中の描写の通り、身分は大変低い…と言うか、嫌いな言葉で言えば「賎業」に付いています。
代々、貴人の傍に侍って歌を歌う事を生業としてまして。で、皆美人です。…と言うとイロイロ思い起こすモノがありますが(−−;)ちとちゃいまして、実は非常にカモフラージュされた要人警護の一族なんスよ。ほれ、作中に「御子様の懐剣」とありますがね、いざ!と言う時には並み居る敵を殲滅出来るよーな、怖い家系なんスよ。
で。声が武器、ってな事言ってるのも文字通りの意味でして。普通の歌もバッチリですが、ソングマジック…と言うか、ぶっちゃけ音声を媒介に用いた「呪殺」が出来る血筋であると。割とマイナーですが、古代中国に「長嘯」ってのがありまして、その系統っス。
それならそれで重要スキルですが…何故か、物理的殺傷能力より呪術的殺傷能力のが倫理的に悪いと見なされるのですよ、この世界では。だから、殺人ばりばりの騎士なんかより低く見られがちなんですね。要は物理攻撃に比べて魂レベルにまでダメージが行くからって事で…ま、実際の中世な時代もそうだったらしいですが。
でも切り札的存在なので、普段から「呪殺能力者」とバレたらイカン…と言う事で。ソレと敵に悟らせずに要人の側にぴったり付くため、「側女」を装います。で、結局装うだけでのーて実践する羽目に(あう)
そんなこんなで。このテの封建社会じゃ必須の職業でありながら、猛烈に差別されまくるのです。特にこの娘さんは実は母親がスゲー達人と言う事で有名で、立派に職務を全うして(つまり敵を物凄く殺して…;)壮絶な最期を遂げたほとんど伝説の人なので…余計比べられたり妬まれたりが多いのです。でもって、「御子様」付きの侍女となれたのも今は亡きその母親の遺言のお陰でありまして、親の七光り!って言われて…そんなこんなで孤立無援。
それともう一つ。この「御子様」…某長編シリーズお読みの方はご存じでしょうが、実際かなり「やんごとなき」身分の人物であります。でも、この話に見られるよーに、実は家臣達に今一つ好かれて無かったのであります。
某長編シリーズにもちらっと出て来ますが。この人の父親ってのがサイテーで。「御子様」の「御母上様」はほとんど無理やりに限りなく近い状態でヨメにされたのであります。
それとですね。本作で判りにくい説明を一応してますが。この「御母上様」の家は、財産権力では大した事無いのですが「家の格」って言うか歴史に関しては建国当初に遡る、凄い立派なモンなのです。本来ならば王家とタメ張れた筈で…なのに、非常に不本意なヨメ入りさせられたと。そう言う不満もあり。
また、この家系…色々事情はあるのですが、超!女系一族で。長い長い歴史の中で、男子が産まれたのは始めてなのですよ。なら喜んでもエエじゃん…と思うのですが、伝統って奴が邪魔をして。
もう一つ。「御母上様」は本当にしとやかに静かな女性で。「従容」が服着て歩いてる感じで…それに大して幼年期の「御子様」は大変活発で気が強く、むしろ父親を連想させるのですよ。
竜を常食する…と言うのは実は御先祖様以来の習慣で、結構「珍味」位の感覚でこの人達は食ってるのですが。おいおい本編でも登場しますが…「御子様」の好きっぷりは確かに病的なのですよ。
そんなこんなで、やっぱ微妙に孤独。
独りと独り、やはり出会うと引き合うでしょう。
ただね。常に無い程気になりましたが…中世風ファンタジー世界、と言えば聞こえは良いですが。実はバリバリ封建社会でねーですか。でさ、結局この話の二人が別れにゃならんかった理由もソコにあるよーな…
かなり無理な話ですが、「御子様」が自分の身分をきっぱり捨てられたら問題無かったのでは、と。あと「自分が護らなきゃ駄目だ」強迫観念症もよろしく無い。むしろ「基本的には護られっぱなしだけど、頑張れる時には気合いを入れる」位に割り切りゃ良かったんじゃ…つーか、歌の娘さんの「呪殺」の方が「御子様」の能力より絶対強いし。
娘さんもね、もっともっと「御子様」にずんずんずかずか近付けば良かったのですがな〜。折角才能もあるのに、まあ天才なお母さんと比べてコンプレックスなのでしょうが、自分に全然自信が持てず、周りに流されっぱなし。それに何より、常に一歩引いてる…って言うか、遠慮し過ぎで。それで「御子様」に不安を抱かせてるってのはありますな。周りから離れろって言われたらコイツ離れちゃうんじゃ無いか…とか。
それに。…あのまンま、なし崩し的に二人がくっつくのもどーもこーもな感じ。
なし崩しだと、あの身分差絶対崩れん、砕けんと思います。つーかね、特に娘さんね、その身分差バリバリでも超ウレシーとか思ってンのがね〜。ソコこそ「御子様」が嫌うトコだっちゅーの!
「御子様」ね、幼いとは言えあの環境ですからね〜、当然、自分の父親の所業も重々承知な訳ですよ。つーか父親みたいにゃ絶対ならねー!路線で。しかも家臣どもが「父親似」って言ってるの知ってるから、余計に意識があって。それで纏足であんなに大騒ぎしてたと。
それと。
敢えて流される覚悟を決めた…つーか、正攻法では何も護れんと諦観してしまった「御子様」の言動…実の所、半ば無意識で娘さんの行動をなぞっている部分もあるのですよ。歌の娘さん、立場上仕方が無いとは言えかなり「諦めて」る部分、多いのですよ。自分には過分だ!とか言って。
この娘さん、本編にも出す予定だったのですが…かなり未定。
出すとしてもこの人の活躍ポイントが…どうしても「呪殺」になってしまうので。
こんな娘さんが、非常に限定された状況のみとは言えポンポン人を殺すってのがね…どーもこーも…
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