香り


 白い髪の魔術師が、外出の支度をしていた。

「何?お師匠、何処行くんだ?」
 別に大袈裟な正装をするでなく、至極尋常な簡素な衣装。何時ぞやの様に危険な場に赴くとは見えなかったが…目敏い子どもは魔術師の手元を凝視する。
「お師匠…一体、何処行くんだよ!」
 魔術師は少し困った様に笑う…
 その手に。魔法の…幾らでも物が入れられる、特別な袋が握られていた。


 魔法の修行の教材…と言う事で普段から触って良いと言われていて、地味ながら不思議で品の良い一面の紋様と…何故か、何時も袋の口を開けばほのかに漂う、優しい香りが好きだった。書物を読む限りでは、本来は屍体だの何だのとにかく人目に付いては困る物、公になれば物騒な品々を隠して運ぶが用途らしいが…無論、この持ち主はそんな無体には用いない。
 本気を出せば凄まじい魔術を扱う人物だが。ひけらかす事を全く好まず、近隣への買い物などにそんな品物を使うなど絶対にありえず。依頼を受けて余程難儀な旅行でも強いられでもせぬ限り、きちんと手入れだけして仕舞って置く。
 つまり。この魔術師、本日は面倒事に向かうと見てまず相違ない。


「…で?今日は一体全体何なんだよ?」
 常通りに大騒ぎして、我を貫き通したシド。ちゃっかりもう一つの魔法袋を手に持って、白い髪の魔術師の後を付いて行く。それでも、思ったよりすんなり同行が許可されて、ちょっとばかり拍子抜け。
 と。魔術師が穏やかににこにこと答えを返す。
「薬草取りですよ」
「薬草?」
 つい、先日も刈込みに行ったばかりの筈。それに普段薬草畑に赴く際は、単に手押し車か何かに頼る…便利極まるこの袋を、この節度好む魔術師が使う事は全くもって珍しい。
「…そんなに、取るのか?」
「ええ…」
 少し、魔術師が何時もより静かに見えて。シドも釣られる様に口をつぐんだ。



「わ!…ちょっと待ってくれよお師匠!」
「え…何です、シド?」
「だから!」
 先にどんどん進んで行きそうな師匠に弟子が必死で噛みつく。
「ちょっと待ってくれって!まだ俺、『風』の奴等呼んでねえって!」
「あ…ああ!そう言えば、呼んで上げた方が喜ぶでしょうね」
「喜ぶ…って、お師匠…」
「あの…シド」
「ん?」
「今度の場所はね、今日行く所はそんなに危険も無いのですよ?」
「…へ?」
 魔術師の足はどう考えても裏の山へと向かっている。あの山は…魔力が異様に濃いために、精霊の類も毒されて皆狂って凶暴の輩と変わる、一種の魔境であったのだが。…そう言えば、本日の魔術師はやけにあっさりシドを連れて来た。以前あの魔の山に向かった折には結構なすったもんだの騒ぎがあったのだが…
「山の…もっと裾野、魔力も随分薄い奇麗な場所ですよ」
 にっこりと…微笑み。


 それでも何とは無しに不安な気がして、親しい風の娘達を何人か呼び出した。なのに。
「あ…おい!」
「どうしました?」
 突然怒鳴り出すシドの様子に、不思議そうに魔術師が振り返る。そのすぐ脇を、透けて見える長身の美女が…風霊達が、楽しげにさんざめきながら通り過ぎて行く。
「全く…風の奴等、勝手に先に行きやがった!」
「まあ…珍しいですねえ」
「珍しくなんかねえよ!あいつら、何時だって勝手気ままの我がまま女なのさ!」
「シド、そんな風に言うものではありませんよ」
「じゃあ、どー言ってやったら良いんだよ!浮気女?それともはすっぱとか?」
「もう…あなたはどうしてそうなのです?」
「…何だよ、お師匠あんなのの肩持つのかよ?」
「そうではありませんけど…」
 ふと、魔術師が歩きながら前方を見る。
「先に、と言いましたよね?じゃあ…皆さんはあちらの奥の方に?」
「…ああ」
 魔術師が指差す、遥か前方を見ながら…何気無く、答えたシドだったが…

 ふっ…わぁ…

「!!」
 前方から、不可思議の風が吹き込んで来る。


「シド!?…シド!どうしました!!」
「あ…いや」
 突如中空を見つめたまま惚けてしまった弟子の様子に、心配性の師匠が必死で駆け寄って来る。
「あ、あのさ!別に大した事が無いって!」
「そう…ですか?」
 まだ、案ずる様子の魔術師に。…罰が悪くて明後日の方角を見つめながら、頭を掻く。

 突然、優しい香りの突風に襲われた。
 とても…とても柔らかな香りに包まれて、少々まごついただけなのだ。
(ったく…『風』の奴等…)
 あの悪戯好きの娘の事だ、急いだ様子で遥か前方へと進んで行ったのもこの悪事を仕込むそのためだろう。
 それにしても。この、香りは…


「もうすぐ、ですよ…」
 ぼんやりとした頭に、魔術師の穏やかな声が響く…



「………!!」
「どうです?一面…でしょう?」
 突然開けた視界の中。文字通りに一面に、優しい色の『霞』が広がっている。
《ふふふ…ふふふ》
 笑い声に眼を向けると、『風』の姉妹達が霞と無邪気に戯れている。普段は無色のその衣、『霞』の色に染まったか…淡く穏やかな紫色を帯びている。
《ほら…とても佳い香り…》
 丁度、川遊びで水をかける要領で…姉妹達がシドに向かって香りに満ちた風を送る…香りに染まった、柔らかな腕で…
「ラベンダー、ですよ」
 何処か虚空を漂う心地のままのシドに、魔術師の優しい声…


 ふらふらと歩くと。『風』の娘達があちこち飛び回りながらはしゃぐ様子が見て取れる。盛んに…滅茶苦茶に風を送って。その度に柔らかい草が可愛そうな程にしなり…挙句の果てに、加減を誤り。かなりの数の花が盛大に散る。
「こら!お前ら、度が過ぎるぞ!」
 シド一人が怒鳴った所で、かの全き自由の娘達を止められる筈も無く。あちらこちらに紫色の『風』飛沫が舞い上がる。全く…何か、余程危ない事でもあるのかと、用心のために呼んだのだが。
「けっ!損しちまったぜ…」
「でも…皆さん、楽しそうですよ?」
「あれ?お師匠、あいつら見えないんじゃねえの?」
「ええ…でも判りますよ。あの、ラベンダーの、ちょっと忙しない動きを見ていれば…手を取るように」
「はは、あいつ等のはしゃぎ方って派手過ぎだもんな!」
「ふふ…でも、本当に楽しそうですねえ…」
 …時折、完全に羽目を外してか。師弟二人の眼の前で、紫色の『噴水』が吹き上がる…


「けど…お師匠、これ皆蕾みてえだけど?」
 際限無く騒ぐ『風』はひとまず無視して、肝心の収穫に取りかかる。しかし…紫の『花』と見えた数々は、いまだ閉じられたままである。
「ラベンダーは…いえ、大抵の花は開く寸前が一番佳いのですよ」
「え!花、咲いたらもう駄目なのか!?」
「駄目…と言うのは言い過ぎですけれど。でもね、色も香りも…薬草としての効き目も。皆、咲く寸前が一番なのは確かですよ」
「ふ〜ん…」
 言われた通りに摘み取った、その一房を顔に近付けしげしげと眺める。

 随分と、地味だ。
 色はなかなか生意気に濃いものだが、花そのものと来たら…蕾、と言うのを差し引いても。小さく細く見映えがしない。変な話、小ささと言い凹凸のほとんど無い筒状の細長さと言い…暫くぶりで風呂に入った時の、強く擦るとぽろぽろ落ちる、身体の垢を彷彿させる。なまじ色が酷く濃いのも災いして、そう思って見るともうそれ以外には見えなくなる…正直にそう言うと、困った様に笑われた。
「こんな小さな花ですけれど、咲いた時には可愛らしい姿ですよ?…丁度、百合の様に花びらが奇麗にカールして」
 百合の様…?想像して見たが。…魔術師には申し訳無いが、あまり奇麗とは言い難い、垢の花びらをつい想像してげんなりする…

 ただ。
 香りは…真実夢の様だ…


「そう言えば、少しきつくはありませんか?」
 シドの五感は人間を遥かに凌駕したものだ。当然嗅覚にも優れ…確かに、この一面の花畑では香りの強さもむせ返る様だが。
 決して不快では無い。
「ん…そうでもねーよ。結構、佳い香りかなって、俺思うし」
「そうですか…」
 ほっとした様な魔術師。そして思い出した様にもう一言。
「そう言えば、貴方はラベンダーの香りが初めから好きでしたね…」
 唐突に言われて、咄嗟に答えられず。
 ただ曖昧に笑ってみた。



 魔術師の住まいは魔術師が建てた物では無い。
 昔々の古い時分には、偏屈で身勝手で奇矯で傲慢で残酷でトーヘンボクのコンコンチキ…つまり、所謂一般的な偏狭な魔術師が住んでいたと聞く。魔術の力をかさに着て、気紛れに恐ろしい事象を引き起こしては近隣の住民を恐怖に陥れる…そんな最低な部類の魔術師が。その奇怪な性質を反映してか、住居の作りは酷く入り組み、狭さの割に迷路の様な有様となっている。それでも今ではまるで気にならない。
 この白い髪の魔術師が、掃除でもなんでも自力できちんと行うから、そしてさり気なく趣味の佳い調度品を運び込むから…それだけでも見違える様に空気が変わるのだが。さらに室内の雰囲気を和らげるものがある。

「あれ?…お師匠、これって?」
 部屋の此処其処に、紫色の草の束が吊してある。其処から…とても優しい、気分の安らぐ香りが放たれている。
「ああ…それはね、ラベンダーですよ」
「ラベンダー…」
「佳い薬草でしてね…人の気分を和らげて、しかも虫除けにもなりますし」
「へ?こんな佳い匂いなのに、虫の奴等は駄目なのか!?」
「ええ…不思議な事に」
 でも、貴方に気に入って貰えて良かったです…そうにっこり笑って。虫がとことん苦手なシドのために、今だ夜の闇の中ではかつての暮しを思い起こして悪夢を見がちな子どものために…魔術師は手ずからラベンダーをぎっしり摘めた、立派な枕をこしらえてくれた…



 思い出に浸りながらも、手を休めるシドでは無い。せっせと魔術師の見よう見まねで、それでもなかなか器用に薬草を摘んで行く。魔法の袋は容量無限と言うばかりで無く、入れた荷物の重さもまるで減じてしまうから…そう重労働でも無かったが。
 時折、紫の風を吹きかける、悪戯隙の『風』に散々邪魔されて。…気が付くと、日も随分傾いていた。
「うへえ…」
 夏至は過ぎたが、まだ日も長い筈なのに…

「まあ…そろそろ帰らなければいけませんねえ…」
「けど…いまいち進まなかったぜ」
 魔術師の所ではラベンダーを驚く程に使うのだ。部屋の柱のあちこちに、飾りも兼ねて虫除けに掛けるは序の口で、毎日毎食日がな一日、魔術師が喉を潤す飲料が、決まってラベンダーの煎じたものなのだ。魔術師自身、「もう病気です」と言う位、この人物はラベンダーを消費する。湯浴みの時のたらいにも、必ずラベンダーの精油をちょっとばかり垂らすのが習慣だし、シドが何処かでへまをして、瘤など作って帰って来た時の塗薬も大抵ラベンダー入り。
 勿論、魔法で何かを製する際にも…この紫色は大活躍してくれるのだ。

 ふと、例の枕を思い出す。
 何時も、薬草の蓄えはかなり余剰にしてあるが。あの結構な大きさの枕のために、魔術師はどれだけ茶を我慢したのだろう。あれだけの量だから、あんな枕を作らなければ…一年位はもっただろうに…

「俺、もう少しやってみるぜ!」
「シド…」
「お師匠は先に帰ってていいって!俺、ほら…夜目も利くしさ」
 返事も聞かずにさっさと作業を再開する。
 せめて、あの枕の分位は。自分が絶対何とかすると、勝手に心に決めながら…

「そんな…でも、別の方法もあるにはありますし…」
「へ?…何か、もっと楽に摘める方法でも…?」
「ええ」
 ちょっと避けていて下さい…『風』の皆さんにも。魔術師は静かにそう言った。


 両腕を祈る様に確と組み。静かに両の瞼を閉じる。…茶目っ気の溢れすぎた風霊ですら、厳粛とも言える静寂を敢えて乱す愚は犯さない。皆、固唾を飲んで魔術師を見守っている。
 朗々と…耳に心地良い美音の列。書物で読むと厳しい、むしろ黴臭い雰囲気すらあるあの魔法の言語の音声が、どう言う訳だが音楽そのもの…それも、道化師風情のがなり立てる騒音等とは雲泥の差。

 …天上の調べ、と言うのが余程近い。

 ゆっくりと、完成して行く魔法…魔術の杖など手に無くとも、堂々としたものだ。この土地が比較的魔力豊かな場所としても、何ら補助の品無い中で、こうもすらすらと魔法の言葉を述べられるものでは無い。
 流石は魔法王国マギスの正統の貴族の出…いや。かの国とて、これ程の使い手はまず望めぬのではあるまいか?
 …何だか、観客が自分の他は魔術師の眼にも見えない風霊ばかりと言うのは幾らか惜しく、贅沢な気がした…

 耳に心地の良い詠唱も遂には終わり…魔術師が、最後の言葉とともに腕を大きく振るう。丁度…花畑をその腕でもって包むかの如く…
 と。
 本当に…真実、紫色の絨毯が。みるみる内に魔術師に向けて倒れて行き…そのまま、不思議な大きな渦模様を描き。
 そして。
 眼の前に。…紫色の竜巻が、盛大に見事に立ち上る!!

「うわあ…」

 まるで生命持つかの如く身をくゆらして。芳しい竜巻がそのままするする魔術師の手元へ…魔法の、無尽の袋の中へ。すうう…と。ほとんど音すら立てずに紫の絨毯、奇麗に袋へ収束する。不思議を余程見慣れている、『風』のむらきな娘ですら、口々に感嘆の声…残念ながら、魔術師の耳には届かぬが。
 …こうして。有限の人間には全く不可能な量の蕾達が、袋の中へと吸い込まれた。

 無限に物をため込める、格別の魔法の術の施されたその袋が。それでも何時もかすかに芳香放つのは…
 これだけ大量の花を吸い込むからだと、その時初めて合点が入った。


 魔術師が何事も無かったかの顔をして、袋の口を閉じている。運ぶ途中でうかつに開いてしまったら、それこそ昔の笑い話の様な騒ぎとなる。…まあ、物が物だし村人達も、魔術師の清い性根を知っているから…それこそ、道端に突如ラベンダーの洪水起こしてもさして嫌味は言われぬだろうが、この世界における魔術師と言うのは…不満な話、厄介者なのだ。無用な騒ぎは起こさぬに限る。
 そんな魔術師を見ながら…シドは先刻見たばかりの、魔法とは言えあまりに夢の様な光景にいまだ心囚われていた。

(あんな風に…俺もできたらなあ…)
 シドもまだ十にもならぬ子どもだから、そんな願いを抱くも罪では無い。
 だが…

(よし!俺も…試しにやってみよう!!)

 子どもは、まるで恐れを知らぬから…


「…え?」
 少し離れた場所で作業をしていた魔術師の事、わずかに気付くのが遅かった。
「シド!いけません!!」
 もう…未熟な弟子は、高度な呪文を無理やり九分方唱えてしまっている…
「駄目です!!」
 もう必死で。自分が正規の装束で無い事を…魔法の護りの効いている、特別の長衣も着ていない事すら忘れて、無謀な弟子へと駆け寄った!

「よっしゃあ!」

 子どもの喜びの快哉は…じきに鋭い悲鳴に変わった…



「もう…驚かさないで下さい!」
 珍しい程、魔術師の声は震えている。髪も乱れに乱れてくしゃくしゃで、顔から半ば外れてしまった眼鏡がこの人物を襲った天災の次第を物語っている。
「良く道理もわきまえずに、下読みも無しに呪文を唱えるのは危険極まり無い事です!二度とやらないで下さいね!」
「…はい…」
 常に無い程感情的に怒鳴られても、シドとしてはしおらしく頷くしかない。半分泣きそうな顔でなおも弟子を睨み続ける魔術師と…その周囲を護る様に漂う風霊達の怖い目つきを眼にすれば。

 シドが暴発させた魔法の効果で、辺り一体を鋭い鎌鼬(かまいたち)が襲ったのだ。シドの周りの花達も、てんでばらばらな方向になぎ倒され、物に選っては無残に引き千切られて散っている。
 本来一番被害を受ける筈のシドは…咄嗟に駆けつけた魔術師に完全に庇われて。それでも今日の魔術師の服装は、何ら魔法の護りの無いものだったから、『風』の娘の機転が無ければ一体どんな怪我を負っていたかも判らないのだ。
 …そう思うと、己の愚かさにぞっとする。

「ご免なさい…お師匠」
 もうしません…常に無く、丁寧に謝ってしまうシド。引き起こした事態が実際こんなだし、それに言いつけを破ってしまった事は事実である。それでもラベンダー摘みの手伝いが、ろくに出来ない事は酷く悔しい。
「ちぇ…俺って、魔術師失格なのかなあ…」
「失格なんて…シド、貴方はまだ学びたてなのですよ?」
 …それは勿論承知しているが。実際こんな見事な術を見てしまうと、自分も早く…と焦るのも道理。
 自分の未熟がやらかした、乱雑なラベンダーの残骸を寂しく見る…


「…え?」
 白い髪の魔術師の、酷く驚いた様子の声に。悔しさでもやもやしたままの顔を上げると…
 花が。滅茶滅茶に飛ばされたラベンダー達がひとりでに。シドの眼の前に積まれて行く…

「『風』の、皆さんですか!」
「あ、ああ…」
 風霊の娘達が、シドの無茶の後始末を。頼まれもしないのにせっせせっせと…


 呆然と見ている内に、結構な量の束が積まれて行く。気紛れな質の風霊だが、ものの道理は判っているから、きちんきちんと品の良いのを特に選んで集めている。…幾らもしない内に、シド一人には抱え切れない程の山ができ上がる。
 シドの背後で、感嘆のため息。
「…やっぱり、貴方の方が優れていますよ」
「へ?」
「だって、私には精霊の皆さんとはお話できませんから…せいぜいが、無体に強制して単純な事を無理やりして貰う事くらいしか」
「無体って…」
 確かに、一般に精霊達は魔術師と言う輩を好まない。ろくに意志の疎通も出来ぬまま、太古の昔の盟約を盾に酷い労働を強いるが常だから。…シドの馴染みの『風』達も、始めの内は白い髪の魔術師の事すら疎んじていたのも事実である。
 それでも。現に今し方も、『風』達は何の約束も無しに魔術師の危急に集まり盾となった。
 この魔術師の存在そのものに、何処かそうさせる何かが確実にあるのだ。
 この優しい人物が、精霊の声を聞く才能が無いのが不思議な程に…

 でも。子どもの心境は複雑である。

「皆さん、良い方々ですね…」
「…お師匠はさあ、見えないからそう暢気言えるんだよ」
 シドはむっと口を尖らせるしかない。

《どうぞ、おチビちゃん》
《ほら、お馬鹿さんたら》
《はい、しくじり屋さん》
《そーら、この利かん坊!》

 …シドの人外の聴覚には、『風』達の笑いながらの罵詈雑言が、全てそのまま入って来る。

「うう…俺、やっぱ早くまともに魔法使いたい!」
「ですから…『風』の皆さんに手伝って戴けるならその方が…」
「ヤダヤダ!俺もうヤダ!『風』なんかとは金輪際縁切って…うわあ!」
「ああ!もう、そんな事を言うから…!」
 紫の風を思いっ切り吹きかけられて、むせ返る子どもと慌てる魔術師…



 とにもかくにも、今日は大変な収穫があって本当に良かった。これで、シドの枕の一つや二つ余分に作っても。…魔術師が浴びる程茶にして飲める量が残るだろう。
 ただ。唐突に思った。
 …何故、この人はこんなにもラベンダーが好きなのだろう?
 気持ちが落ち着くから、と言うけれど。安らぎの薬草は他にも色々種類があって。大体こんな静かで穏やかな人を、これ以上鎮静させてどうするんだ?と言う当然の疑問も湧いて来る。
 何の気無しに尋ねてみる。

「お師匠!」
「なんでしょう?」
「あのさ、お師匠ってどうしてラベンダー気違いなんだい?」
 …と。
「あ…」
 どう言う訳か、魔術師が言葉を詰まらせた。

「お師匠?俺、なんか変な事言った?」
 慌てて顔を覗き込んだ時には先刻の異常はもう微笑みの下に隠されている。
「…何でもありませんよ。さあ、お腹も空いたでしょう?」
「うん!お師匠、俺今日はオムレツがいい!」
「はい、はい…」
 大分歩いてから見事にはぐらかされた事に漸く気が付いたが。
 子どもにとっては目前のオムレツの方が余程の大事であったから…じきに忘れてしまっていた。


Fin.


 前回に引き続き、シド九歳な話。まあ、この位の内はこんなモンでしょう。
 時期的にちょっと遅いですが、ラベンダーネタ。もう収穫はとっくに終わっていると思いますが、鑑賞用の畑はまだぎりぎりみごろかもです。新聞に満開の写真が載っていて、つい…

 昔はあの香りがきつくて嫌いやったのですが、北海道旅行で洗脳完了。エエでゲスよ。花が意外と地味なのもツボ。
 リラックスハーブと言うとジャスミン辺りのがより定番かのーとは思いますが、個人的にあれはちょっと…臭い!(←失礼)でもね、ホンマは言うてはならん事やと思いますがね、あの臭み(酷)成分ってのはジツはスカ…駄目だ、流石に怖くて言えん!(滝汗)でもワシにはマジでスカ…な臭気にしか感じられんのですタイ!何故に皆、アレでリラックスすんねん?(好きな方、申し訳ありま千円)

 自分でもあんまし知らんかったのですが、ラベンダーには虫除け効果もあるのですよ。なら、虫キライストのシドも好きかなーと。けど、あれだけ嗅覚良いんじゃ、大概のハーブはきつすぎるのでわ;
 辞書引くと、「ラベンダーの中にしまって置く(何時かのために大切に取っておく)」と言う慣用句もあってちと萌え。確か語源は「清める」ってな意味やし。ええのう、ラベンダー…

 で。このコーナーのこのバック…WEBセーフカラーやといまいちピッと来るモンが無いのですが、一応気持ち的にはラベンダーなのですよ。お師匠のイメージカラーちゅう事で。
 ただねえ…お師匠がラベンダー中毒なのはねえ…
 う〜ん、ソレ説明するためにも、はよ本編進めにゃならんで。


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(C)獅子牙龍児
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