※やっと…漸く…タイトルの意味が…<遅!
※しかし…こんな長くやるつもりは…無かったのにぃ(泣)

KC☆Earth(6)


 カチャ、カチャ、カチャ…深夜の室内に響くのは淀み無い操作音、あれ程あったトラップも次々クリアされて行く。
「…ふう」
 ちょっと一息、画面を確認。初めてのゲームがあんまり楽しくて、ついつい寄り道ばかりしてしまったけれど…カードは既にほぼフルコンプ、ずらり並んだ絵札の壮観に思わず笑み…
「すごいや…!」
 色んなカードがあった…本当に。各々に相応しい場所に隠されて、解くためのキーも様々で。選んだ人の思い入れが伝わって来る様だった。きっときっと沢山の人の手で、考えに考え抜いて、随分と悩んだ果ての…でも、その悩みも楽しかったと、まるで聞こえて来る様な。
 …だけど。

「っ…!」

 胸をよぎる痛み…あんまり夢中になり過ぎて、忘れてしまった大切な事。







「海馬くん…」
 そっと、手を伸ばして。そして思わず引っ込めてしまう…あの青が彩る一枚の絵。
 他のトラップは全て解除した、広大なマップも…開始直後にあまりの楽しさに必要以上にあちこち寄り道した甲斐もあって…既にすっかり把握済み、画面下部のゲットしたカードを並べるコーナーも一ケ所を除いて埋まっていて。最後の一枚は間違い無く、この澄んだ青の向こう側。
 けれど。判っているのに…どうしても足踏みしてしまう、まるで昔に戻ってしまった様に。

 ゲームが、楽しい時間が終わってしまう寂しさ…それも勿論あるけれど、それ以上に躊躇の気持ち。ここまで全てを忘れてのめり込んでしまったけれど、切っ掛けはもっとずっと苦しかった…


  <KCは ひとごろしをつくる 会社だ>


 姿の見えない…悪意。



 ネット上で火の付いた噂、いまだ謎のヴェールに包まれたままの新たな施設、その非公開の理由を勘ぐっての。諸事情が重なって建設が大幅に遅れた事もあり、流言はエスカレートの一途、挙げ句今度の設備はアトラクションでは無く軍事工場だと言い出す輩まで!
 …勿論、放置する海馬では無かった、既に問題の書き込みは粗方削除されているらしい…それでも実際眼にした時、そしてあの頃の海馬の焦燥振りはあまりに辛いものだった。あの後わずかに交わした短い会話、モクバのアドバイス…と言うよりは、けしかける様なモノだったけれど…に従って、何とか考え付いた遊戯の言葉で、あの青の双眸再び傲岸な光を取り戻した様に見えたけれど。本当は不安で仕方が無くて。

 敢えて。悪い方に考えない様に、心を抑えていただけで…

「海馬くん…」
 無意識に呟いてしまってから。不意に泣きたくなってしまう…どうしてこんな時、何も出来無いんだろう!
「…っ、だめだめ!」
 暗いループに落ち込みかけた自分をすんでの所で叱咤する。
「こんなの…ボクまでこんなになるなんて、絶対絶対だめだもの!」
 懸命に浮上しようとして…眼の前の光景に、また胸が。


 …ずきん…


 澄み切った、青…モクバに見せて貰った在りし日の写真、あの聡明な少年の瞳にも似た。
 混じり気の無い、色彩…けれどあの瞳が見せられた有象無象を思うと心が痛い、どれ程の苦しみだった事だろう?
 それに…本当はずっと聞きたくて、けれど久し振りに声を聞けた時にも話せ無かった事。

 海馬の仕事が知りたくて、こっそりアクセスした地図サービス…線画では無く実際の衛星写真で検索出来るのに、現れたのは不自然に塗り潰された敷地だけ。情報を探られるのを嫌う海馬の事、『秘密裏』も珍しくは無いけれども本音を言えば切なくなった、あの澄んだ青がまた閉ざされた様で。
 拒絶。されてしまった気がして…
「…ううん!」
 ぶんぶん、必死でかぶりを振る。
「絶対絶対そんなじゃない!」

 ゆっくりと…深呼吸、気持ちを鎮めて頭をクリアに。怯えたままでは、膝を抱えて蹲ったままでは何処へも進めない…だから考える、自分に今出来る事。
 …ゲーム、今も昔も自分にとって絶対の、得意だと言い切れる唯一の。たかが…と言われがちなものかも知れない、実際遅れてしまった建設プロジェクトにもそして不可視の悪意にも、直接出来る事は何も無い。
 それでも。今、プレイして来たこのゲーム、隅々にまで満ちたスタッフ達の熱気…たとえ世界が淀んだままであっても心に掲げた反撃の狼煙(のろし)、そう最初の一歩を踏み出せればどんな道でも必ず踏破出来る筈…!

 だから…今、自分に出来ること。
「…うん」
 信じる事、そして受け止める事…どんな精緻なパズルでも組み上げなければ破片のまま、込められたメッセージも砕けたまま。けれど正しく解けたなら、かけらも再び輝き出す!
「うん!」
 このゲームに込められた、みんなの願い…そして何より海馬の思いを!全ては其処から、そう心に決めるが早いか、遊戯の手は滑らかにマウスを繰り始めていた…


 …青の、絵画。
 周囲にちりばめられた、ラストカードに至る数々のトラップ。全てが巧妙に偽装されてはいたものも、遊戯の操作に遅滞は無く。するりするりスキップする様に次々と。最終クエストに相応しく今までの仕掛けが絡み合わされた複雑なものだったが遊戯の口元には微かに微笑みすら、むしろここまでの道程にヒントが全て隠されていた事に感嘆のため息すら…と言っても、常人ならばそもそも個々のトラップで頭を抱え、さらに終盤までその展開を記憶する事こそが途方も無い困難なのだが…丁寧に編み上げられた銀線細工の様な見事さに惚れ惚れと。
「すごいや…」
 幸福な吐息、その間に間にも必要な操作・カードを違わず選び、小さな扉を一つ一つ。一枚開けばまた解くべき鍵が、普通ならば辟易しそうな大迷宮、けれど遊戯の心は浮き立つばかり。
「全部。使えるなんて…!」
 一枚たりとも。無駄なカードが存在しないのだ…今まで集めて来たカード、その全てが扉を開く鍵となり、真実への道標(みちしるべ)となってくれて。レアとはとても言えない様な、普通なら捨てられてしまいそうなありふれたカードでさえ、ここでは必須の切り札で。全てのカードに愛着のある遊戯にとって、それはとても優しい時間…
「ふふ…」
 『何、モクバの奴が煩い事を言い出してな』…聞けばきっとそんな風に、仏頂面で言うだろう、さも不本意だと言わんばかりの苦い口振りで。けれど遊戯は知っている、海馬が今も抱く幼い頃からの夢…傲慢だと冷徹だと、世間が如何に悪口叩こうが変わる事の無い孤高に隠されたほんとうを。かつて世界の醜さを見せつけられたあの青い瞳…踏みにじられ、幾度も絶望を味わいながらも、いやだからこそ!あの澄んだ色は決して幼い無力を忘れはしない…

「海馬くん…」
 今日、幾度も呟いた、大切な名前。縋る様に無意識に呼んでしまった事も…でも今は違う、言葉に込めた万感の思い。
 もう一度、深呼吸…神聖な気持ち、心から。まるで厳かな儀式に望む様に緊張気味に姿勢を整えて、最後のトラップを解除して。漸く現れた一枚、まさしく探していた通り、あの最初に対戦したプレイヤーの放て無かったコンボに何より必要な…たとえゲームの中とは言え一人のデュエリストを救う事が出来た、その嬉しさと安堵に一息付いて、それから。

 そっと…とてもとても大切な、宝物を運ぶ様に…カードを特別エリアにセットする、このゲームの最終目的の。
 『The route to KC Earth』…記されているのはその一文だけ、凝った演出の中では少々素っ気無く見えるけれども大事な場所、最後の最後にゲット出来たカードだって、ここに置かれて初めて意味を持つ…


 …なのに。
「あれ…?」
 いっかな、何も起こる気配も無い。


 まさか間違えてしまったのかと、一瞬青ざめる…でもそんな筈無いと思い直す内に画面に漸くにして変化の兆しが。
 …青の絵画、ラストカードの隠し場所の…遊戯にとっては特別な意味を持つ色彩にどきどきしながら随分眺めてしまったけれども所詮は演出のためのアイテム、デュエルと関係ある筈も無いその一幅が。何故か、急にクローズアップされ…そして。
「え…!!」

 遊戯の眼の前で。その鮮やかな色彩を消し、ただの無地のキャンバスへと。

「どう…して…!?」
 ショックと動転とパニックと、けれどさらなる現象に眼を奪われる、白いキャンバスに一筋の線…
「………?」
 真横に。直ぐに引かれた直線はしかしやがて角を作って行き、ぐるり回って一つの囲いへと。特徴のある、しかしほとんど長方形に近いその形、何故か遊戯の記憶を刺激する。
「この輪郭、何処かで………あ!」
 衛星写真の検索サービス…そう、あの時上空からの視点で見た、けれど不自然に塗り潰されていたKCの新たな設備の敷地!

 悪意の噂なんて信じない、いつだって言える胸を張って宣言出来る、決して昏い意図なんか隠して無い、このカタチは夢と向かう大きな足跡だと。幼い頃ですら聡明だった、ましてビジネスの荒波の直中に立つ今なら尚、あの夢の厳しさはきっと身に染みる…だからこそのプロジェクト、だからこその新たな事業!
(でも…)
 それでも、早く見たかった…大切なひとの大切な夢が、組み上がって行く様を。勿論遊戯だってもう子どもでは無い、頭では重々理解はしているけれど、それでもチクリ胸を刺す一抹の寂しさ。

(ちょっとでもいいから。見せて欲しかったな…)

 ふう…自分でも判る我がままな願い、封じてしまおうとため息一つ。大丈夫、全てが完成した暁には、きっと素敵な景色が見られる筈だから…自分に言い聞かせて、再び画面へと。ゲームのエンディングが始まってしまうと思ったから。
 …けれど。


「え…!?」


 …キャンバスの変容はまだ終わってはいなかった、敷地を示す囲いの中、青い炎がちろちろと。ただ白地を舐める様に蠢くだけと見えたがしかし炎の過ぎた跡、今度は別な描線がより複雑な図形を形作って行く…!
「この形…位置…もしかして…!」
 思わず眼を輝かす、しかも呼応する様にデュエルディスクまでもが反応を!
「え!?…ええと、こうするの…かな?」
 せがむ様に警告音を鳴らすディスクに急かされて、慌てて装着すれば…カードも無いのに召喚の光…!
「え…?」


 パァアア…眩しい光に包まれて、姿を現したのは。モンスターならで一つの建物、それも結構な大きさの。ソリッドビジョンにしては珍しく、ワイヤーフレーム表示ではあったが…恐る恐る手を伸ばした遊戯の動きに合わせてすいすい動くのだ。丁度マウスでぐりぐり出来た…あの、地図サービスの様に…!
「これ…これって…!」
 中空に浮かぶ建造物と、キャンバス上の図面。全ての線が各々に、互いに対応している…と、言う事は。
「もしかして…ううん、きっと!」


「海馬くんの。今度の新しいアトラクションのプレビューなんだ!」






 …図面が、ワイヤーフレームが登場したのは敷地の中の僅かな部分、たった一つの建物だけだった。それに立体とは言え線と面だけで作られたソリッドビジョンは真に迫ると言うよりはまるでボール紙で作った模型の様、けれど遊戯にはそれも楽しい。
 実際に模型を作って、皆で囲んで。ああでも無いこうでも無い…と議論を闘わせている場、其処に参加出来た気がするから。それに青い線で組まれたワイヤーフレームはただ純粋に美しかった、無駄も虚飾も無いその姿はまるで夢の一番純粋な部分を示している様で…
「…あ」
 カーテンの隙間から、白々と…朝日。いつの間にやら日が開けていたのだ。
「うう、うっかり徹夜しちゃった…」
 相も変わらずの自分のゲーム狂振りに少々青ざめながらも遊戯の表情は晴れやかだった、幸せが心に満ちるから。


 画面に写っているのはゲットしたカードとは別の…カードはカードでもメッセージ、次のステージへの招待状。
 …そう、今度の施設の敷地は広い、アトラクションだって一個や二個で済む筈が無い。
 勇気を出して開いた最後の扉はエンディングへの道では無かった、もっとずっと先までへと、続く長い旅路の始まりだった…


「これって…すごく本当に楽しみだよ!」
 明日も、明後日もこのゲームを続けていられる…アトラクションの数が尽きるまで、ずっとずっとこのゲームを!
 幸せがどんどん続いて行く…こんな嬉しい事は他に無い。


 >>7へ


 個人的にワイヤーフレームにはワイヤーフレームの美しさがあると思うのですが如何でしょう。特に、線の部分のカラーが個人的好き色だったりするとさらに萌え。
 …ってな個人的趣味もあるにはあるのですが、わざわざワイヤーフレームにしたのはちょっと訳ありだったりして(謎)


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