※今回厳密に何年後とは明記していませんが、原作から何年か経った後の設定(表ちゃんぎりぎり大学生)です。
※独立した話でどの話からも特に続いていませんが、強いて言えば菓子物語の、ず〜っと後の話、と言う所です。
※ストーリー自体は特に続いていませんが、比較して読んで戴ければ…

















 全くもってイレギュラーな事もあるモノだ。
 スケジュールが突如空白となったのだ…会議会合の延期なぞ珍しい事でも無いのだが、しかし今日に限って奇妙に多く。案件の幾つかを繰り上げ有効活用してはみたものの、午後がまるまる空いたとなれば流石にどうにも調子が狂う。結局、たまには社員にも羽を伸ばさせてやれと…俺は早々に帰宅の途に付いた。


 …詰まる所。
 その判断は実際極めて正しかったのだ。








Tea Time

(前編)








(何…!?)
 屋敷に近付く車中より、来訪者の姿が見隠れする…小柄な姿と柔らかな髪、遠目ながら見紛う筈も無く。
(遊…戯…?)
 何故…と疑問を抱いた所で苦笑した、そう堅い仲でも最早無い。暫く逢えんでいたからか感覚も随分と遡行していたらしい…しかし玄関先で屋敷の者と何事か交わして肩を落とす様、正直既視感を禁じえん。


 …かつては。
 碌に言葉も交わさんでいた時分には幾度か見た光景だった。俺では無くモクバに招かれおずおずと、それでもなかなかに足繁く…だが同時に副社長も兼ねるモクバの事、多忙故に話が流れる事もしばしばだった。とは言え何とも「らしい」事に不快なぞ露程も見せず、ただ隠し切れない落胆を滲ませるばかりだった…
 …初めは義務感だと思っていた、そんな痛々しき消沈の埋め合わせだと。あくまでモクバの兄として言わば代人の立場として、事務的なもてなしを施したモノだった…かつての何も見えんでいた俺は。
 それが変わって行ったのは。一体、何時の頃だったか…


「フン…」
 …今では全てが懐かしい、だがまずは眼の前の刹那の瞬間だろう。
 自ら舞い込んだ好機をすかさず掴むべく…俺は行動を開始した。






「…ですから、せめてお茶だけでも…!」
「そんなそんな!今日はホント、ちょっとした事なんです!」
 …必死で引き止める屋敷の者達を他所に頻りと辞退する、全くこんな悪癖は変わっておらん。もっとも固辞に必死になるあまり、背後ががら空きだぞ…?
 久し振りの声と姿に諧謔(かいぎゃく)心を刺激され、殊更気配を忍ばせやにわに耳元へと囁きを。
「…何をしている」
「わあああ!?」
 …悲鳴めいた声ばかりで無く戯画の如くその場で跳ね上がる仕種すら。既にして俺の企図に気付いていた屋敷の者達も含め、いささかの笑いを禁じ得ん…
「え…あ……海馬くん…?」
 最初の驚きから立ち直れば、無論其処にいるのはかつての酷く幼い姿では無い。穏やかな似合いの服に身を包み、小首を傾げながらも俺を真直ぐ見上げる様…幾分伸びた身長も預かり、むしろほっそりとした印象が増したその姿は確かに今の遊戯そのもので。ふと、時が一気に流れた心地がした…

「お仕事…何かあったの…?」
 …柔らかな口調ではあったが即座の直球、眉根を寄せながらも俺の眼を見つめたままで。かつての明らかに俺を案じつつも問いさえ発せぬ様とは雲泥の差だった、これも存外変化かも知れん。
「ボクにも何か…出来る事?」
 不安よりもむしろ決意を宿した眼、幾星霜の末の一つの自負。むしろ遅きに過ぎた程だ、至上の決闘を為せる身でありながら。
 …だが。
「今日は何程の事も無い、ただ奇怪にも妙なスケジュール変更が重なってな、予定外に空きが出来てしまったに過ぎん」
「そうなんだ…」
 ふう…と深く安堵のため息、持参して来たらしい荷物を改めて抱え直す。
 その様を見てこちらは嘆息、遊戯の荷物の箱を見る。

「一体全体何なのだ…そのシロモノは」
「え…!」

 案の定肩をぴくりと震わせ慌てて背後に隠さんとする…だがもう遅い、箱の形状なぞ疾うに見た。
 やや平たく正方形、尚克つ上部が開く仕組みの…想定し得るは菓子の類、しかし何処ぞの店の品にしては色気がどうにも無さ過ぎる。加えて外袋の類も、また。
(…成る程な)
 ニヤリ笑む、だがしかし。蚊帳の外に置かれた心地に少々不満もある…ならば。


「…遊戯」
「ええと…これは、その、ちょっと…」
「…許さんぞ」
「え?」
「今日は何がなんでも帰さんぞ…直ぐさま茶の用意だ!」
「かしこまりました!」
「え?えええ??」
 眼を白黒させている所を確と捉えて連行する、またぞろ遠慮なぞと言う悪癖にて逃げ出されては適わんからな…
「あの…ええと…」



「海馬く〜ん!!」
 …困惑の声が耳に届くも心地良い、俺は腕に触れる久方振りの感覚を楽しみつつ、舞い込んで来た幸いを居間へと連行した。












 湯気が立つ、白く…やや遅れてケトルが頃合を告げ始めた。
「あの、海馬くん…」
「…何だ」
 沸点を過ぎ、余剰のガスの抜け行く音を確かめつつ。背後を振り返らず短く問い返す。
「何か。不満な事でもあるのか?」
「…そんな!」
 悲鳴めいた声、全く大袈裟な事だ。だが同時に悪い気はせん、ほくそ笑みつつ茶器へと手を伸ばす…


 かつては。何の益も無い作法と半ば侮蔑すらしていたが、存外そうでは無いらしい。
 …否。遊戯の前では…あの大きく全てを受け止めるアメジストの輝きの前では。どんな塵芥も宝石と化すのだろう…


 予め…例に選ってあたふたと騒ぐ遊戯の眼の前で…量り取った数種の茶葉の入った茶器へ注ぐは湯、絶妙な加減で沸いたモノ。急な熱さに驚いたか茶葉が酷く騒ぐ、同時に広がり行く馥郁(ふくいく)…

「こんな…本格なのなんて…」
「フン、この程度どころでは無いのだぞ?」
「え?」

 きょとんとする様にニヤリとする、だが攻撃の手を緩める訳には行かん。間髪入れずに次なる行動に。
 有無を言わさず白磁の器、その肌色最も曇り無き品をば前に据え。其処へ遊戯がまた、何事か言わんとするを待たずに両の手に、香気吹き上げるティーポットと既にして湯気立ち上るミルクピッチャーとを。

「え…?」

 柔らかな瞳がさらに大きく開かれるを愉快に思いつつ。殊更高く掲げた両の茶器からカップへと、一気に注ぎ込んでみた…



「…わあ…!」



 感嘆の溜め息、そして拍手すら…恐らくは無意識の。およそ俗世間で言う所の謙遜とやらの悪癖が染み付いて抜けぬ遊戯と言えど、感受の心は人一倍。むしろ些細な事々でも誇大とも言える程に喜び、賞賛の声を惜しまない…無論その性根を知った上での悪戯(あくぎ)ではあったが正直いささか面映い。
「すごい…すごいや海馬くん!!」
 …この幾年かでどれ程聞いた事か、眼を輝かせての興奮気味の声。
「あ…でもごめん、ボク、凄いってしか…」
 続く言葉にも変わりは無い、やれ誉めるに語彙が少ないだの何だのと身を縮こませるのが全くの常。変化と多様を評するなら確かに他の台詞を聞いた試しが無いが、しかし唯一無二のこの語句の威力はいまだ減じてはおらん…


「…でも」
 ふと…聞き慣れた口調が僅かに転じた、柔らかな手がすっとカップへと…気後れ無く。
「ほんとうに…好い香り…」
 心の底から、と言った風情…否、真実そう感じているのだろう、ゆっくりと香気を吸い込んで。余韻の名残りを惜しむが如く暫し眼を閉じ小さく吐息…
 …そして。




「海馬くん、ありがとう」





 …俺の瞳を直ぐに見て、微笑とともに告げられし言葉。無論何の事は無い日常の台詞に過ぎんのだが、しかし。
 時が。無為に過ぎるでなく穏やかに重なり行く事を初めて知った…






 あれから。
 もう、随分になるのだな。







「…もう!海馬くんてば大袈裟だよいっつも!」
 眼の前に恨めし気な顔、しかし次の瞬間には香気と風味に直ぐ陶然、全くこの懐柔され易さは進歩が無い。
「うう…でもやっぱり美味しい…」
「…フン」
 狙っての事ではあるが微苦笑も。
「何程の事も無い、いつもの美味なるコーヒーの礼だ」
「そんな…」
 またぞろ悪癖が顔を覗かせたか戸惑う様子を愉しみつつ。遊戯と同じ品を口にした…
 …が。思わず渋面に。

「調合を誤ったな…」
「え?」
「茶葉の分量だ」

 …口に含んだその味は有り体に言えば申し分無い、定評あるアッサム主体のその配合には十二分の存在感、色こそ薄まっても乳臭さなぞ微塵も感じさせん。だがしかし、それは俺の好みに過ぎんのだ。
「心積もりだけはあったのだがな…」
 先刻とはまた違った苦笑が浮かぶ、これでは礼にもまるでならん。


 当の本人は例によって盛んに否定するのだが、遊戯の手ずから煎れたコーヒーは実に何とも比類無い。
 …初期の頃の恐る恐るの様もなかなかだが元より才無き者では無い、たちまちの内に腕を上げ。俺の僅かな言動から全て読み取り折々に合わせて豆を混ぜ。丁寧にしかし俺の時を惜しんでか手早く仕上げられたその一杯は驚くべき効果をもたらす…休暇を幾日も取るに等しい程に。
 無自覚なのは当人のみ、恩恵を知る者は数知れん。実際、いつぞやモクバが社内の不届き者に天誅を下していた、切羽詰まった残業の折に僥倖にも遊戯と作業をともにして、それだけでも過分だろうに挙げ句遊戯の心尽くしの一杯に預かり文字通り味をしめ。その後わざと徹夜の残業をしてまで二匹目のドジョウを狙わんとしたのだ…流石に作業を遅らせてまでと言う愚かな真似は無かったものの、けしからん事この上ない。
 遊戯の…あの柔らかで細い手指から生まれる品々は格別なのだ、全てはその才智と心映えから生ずるもの。僅かなヒントより必ず解を導き出す、常に相手の心を見事に知る…だからこそのあの絶妙。
 それに引き換え…

「これでは俺の嗜好に傾き過ぎる」
「海馬くん…」
「お前の煎れたモノとは雲泥の差だ」
「そんな…」


「それは違うよ海馬くん」
 …どう言う訳だか拗ねたよな声、先刻とはまた違った恨めしさ。
「だって海馬くんが煎れてくれたんだもの…なのに海馬くんが何処にもいなかったら寂しいよ」
「…寂しい、だと?」
「うん」


「この紅茶…海馬くんの味がする…」
 す…と眼を閉じ浸る様に。両の手でカップを包み込みまるで慈しむが如く…たかが無機物に、と思わんでも無いがまるで夢見る様なその姿に知らず心奪われる。
「ふわっと甘〜いミルクの匂いも、そして全然負けて無い紅茶の香りも!海馬くんと一緒気分、全部全部一遍に味わえちゃうなんて、もうすっごく贅沢だよ…?」
「…また面妖を」
 はしゃぐ遊戯に幾らか嘆息。

「アッサム種はともかく全くお前は不可思議なモノの譬えをする…」
 …穏やかな味を好むお前のため加えたモノを、理解を遥かに超えたその発想。
「違うよぉ」


「あのね!ミルクはボクの気持ち!」
「…何?」
「ボクの…ボクのね、嬉しいって、幸せだなって気持ち…」



「海馬くんと一緒にいられて、お話出来て。それでほわ〜…ってなっちゃってる、ボクの気持ち…」
「……!」



 全く…相も変わらず佳い攻撃、しかも何の気無しにと言うのがそら恐ろしい。
 だが。今日ばかりは無為無策では終わらんぞ。
「…さて」



「いい加減、白状せんか」
「え…?」
「お前が携えて来た品だ」
「あ…」
 どうやらすっかり忘れていたと見える…慌てて件の箱を見やり弱った表情で。
 俺は。カップからの湯気を幸い…気付かれぬ様ニヤリとした。



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 …単に、社長の華麗☆手萌えティーオレ同時投入シーンを書きたかっただけだったり(をい)
 それと随分前に苦いの苦手なのに社長のために一生懸命美味しいコーヒーを煎れようと頑張る表ちゃん書いた事があるので、今度は社長のターン!みたいな…お互いに相手の好きなモノを作るとかって萌えるので。


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『へっぽこカイオモスキー』たんぽぽ太郎
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