ぼうけんのかえりみち (1)


 三人の人物が現在進行形で歩いている。
 場所は人気(ひとけ)の無い岩場、あるいは岩石砂漠と言うべき場所。時折、地上にいる筈も無い奇妙な鳥が空を横切って行く。動くものは無いでも無いが、無き声は全く皆無、三人も黙々と進んで行く。
 
 一人はまずまずの体つき、比較的シンプルな板金鎧(プレートメイル)を纏い、腰にはバスターソードを佩くあたり恐らくは戦士と見える。髪の毛は赤毛がかった焦茶、短い毛は少し癖があっておとなしい曲線を控え目に描いている。眉毛はやや太く真直ぐ、癖なのか照り返しが眩しいのか目を少し細めて人相が若干悪くなっている。だが全体として見ればむしろ優等生顔、歩き方から言っても割と真面目で損するタイプと見える。

 もう一人も割合背も高く、それなりに腕が立ちそうだが何とは無しに弱い…いや、軟派な風が漂う。防具は皮鎧、ただし何枚も重ねて膠でしっかり固めてあるからまずまずの防備力。ただ、機動性を重視したのか小さめで、無防備な部分が多いために軽いと言うか遊び人風に見えてしまう。武器は何の変哲も無い短槍(ショートスピア)、その他にもよく見ると腰に小型の魔術棒(マジックワンド)を差している。それにしては魔術師(ウイザード)よりむしろ戦士の装備、かと言って騎士や戦士の類には見えず、恐らくそこそこ白兵でも戦える魔法士(メイジ)だろう。髪は明るい茶髪系、程よくメッシュを入れたロンゲで、額のバンダナも含めてナウな(死語)若者に見える。

 おっと、まだ一人残っている。他の二人がまずまずの背丈のために隠れがちだが、小柄な少年がいる。耳を見る限りでは他のメンバー同様、通常の人間族の様だが、それにしては随分と背が低い。マントで首の辺りまで覆っているためはっきりしないが、特に筋肉質にも肥満にも見えずほっそりした印象である。背中に大きな頭陀袋を背負っている他は何の持ち物も見えず、一体どんな職種なのか全く不明。髪は長くも短くもなく肩に一部がかかる中途半端な長さ、概ね黒だが光の当り具合ではアッシュ気味にも見え、ひどくばさばさしているが野性的と言うより子どもっぽさを演出している。マントも山羊の毛皮らしい物がかなりくたびれ汚れていて、裾から見えるブーツも同様、またわずかに覗くズボンは黒と全般的に色彩が無い。ただ、肌は健康的な小麦色、頬の血色も良く、さらに額に締めたビビットな配色の幾何学模様の布が全体の印象をがらりと変えている。顔立ちも可愛い。ただ、惜しいかな、今は随分難しい顔をしていて魅力も半減して見える。
 見える、見えると推定的な表現が多くて恐縮だが、実際仕方が無いのだ。何故なら。

 …ここはヴァーチャル世界、彼等は仮想の国のかりそめのキャラクター、言わば役者達なのだから。


 本格的なヴァーチャルゲームが発売されてからもう随分になる。
 全てのマニアが太鼓判を押す、実に自由度の高い作品が出来るまでかなりの歳月を費やした。初めの頃は人体への影響がとやかく叫ばれ、実際長期連用…いや、ゲームの場合「連用」は語弊があるが…の結果、それなりの被害者を出し、一時は集団訴訟かと言われて妙な方向で話題になったものだ。一部の学者が、その傷害の主たる原因が、ヴァーチャルでのキャラクターと本人の身体の解離、つまり手足の長さや腕力等にギャップにこそあると強硬に主張し、それがためにヴァーチャル世界は大きな制限を被る事になった。性別は元より、小柄な人間は小柄なキャラ、非力な人物は非力なキャラしか選べず、また当初は使用キャラに本人の顔データがそのまま流用されたためにネットやヴァーチャルの醍醐味、匿名性が相当に犠牲にされたのだ。御陰でオンラインゲームユーザーを大して取り込む事も出来ず、ゲーム会社の数々の派手なキャンペーンを他所に旧来型ゲームの全盛を暫く許してしまったのだ。
 だが皮肉にも「キャラクターを可能な限り本人に合わせる」と言う制限は全く裏目に出て、丁度特撮映画に世間が慣れぬ頃にスーパーマンを真似て飛び降りる子どもが続出したのと同様に、ヴァーチャルでの能力をリアルでも使えるよう錯覚し、種々の痛ましい事故が起きてしまったのだ。爾来、ゲーム内のキャラクターはリアルとあまり接近しすぎ無い様注意が払われ、最近ではその手の事故はほとんど起きていない。
 その後の複数の曝露的情報によれば例の学者の主張も実はやらせで、どうも政治的な理由から匿名性を下げる目的で意図的に喧伝されたようである。初期の頃の健康被害も極単純に、ヴァーチャル疲れとでも言うべきもの。例えば古典的な立体映像はどうしても長時間の鑑賞が不可能と言う欠点があったが、これも実際に「見る」時と使用される眼の機能、脳の分野がずれている事に基づいている。同様な観点から脳に与える信号とその反応についての広範で地道なリサーチが行われ、現代は連続最大6時間、特に健康で「仮想慣れ」した熟練者ならば最大12時間の仮想体験が可能となっている。
 さて。ヴァーチャル世界におけるユーザーの分身、プレイヤーキャラクターは選択の幅が広がっていったが、やはり自分と大幅に異なるキャラを扱うには弊害が多い事が分かってきた。髪形や衣装などはリアルでは望めない、かなりハゲしい選択が出来るが、性別は長く変更不可であった。さらに人間以外の種族もプレイ出来ず、また空を飛ぶような大がかりな魔法もよろしく無いとされ、さらに一部で不満の声が上がっていたのは、痛みや不快感などのリアルな感覚がヴァーチャルでは一切失われる点。戦いの緊迫感が著しく損なわれるのだ。
 それを一気に解決したのがTR社の「Fortune World」である。

 まずヴァーチャルイン方法の変更。今までRPG系ゲームでは「半覚醒法」なるシステムが利用されていた。文字通り半覚醒の状態下で脳へ種々の刺激を与え、仮想の世界を脳内に作り上げるもので、技術のコアはかなり古くから使われており安価でノウハウの蓄積も豊富と言うメリットがあるが、連続使用に難があるのと体感者の感覚を逐一プログラムで指定する必要がありメインテナンスも実に繁雑、世界感を作るのに自在にとはとてもいかず、またどうしても現実世界の状況がヴァーチャル内のプレーヤーにも影響を及ぼしてしまうデメリットがあった。
 しかし、人類の知る仮想現実は何も「半覚醒法」ばかりでは無い。もっと歴史ある優れた仮想現実、つまり「夢」にTR社の開発陣は着目した。特に、一般に「自覚夢」と呼ばれる類である。
 「自覚夢」は本人にも夢を見ている確かな実感があり、例えば空を飛んだり例えば高い所から飛び降りたりと現実ではとても不可能な出来事を、意識して行える。個人によってはさらに一歩進み、頬をつねれば痛みを覚えるし味覚まで感じると言う。それでいて外界の状況にさほど左右されない。そこで、今まで「半覚醒法」がヴァーチャルシステムとして未熟だったのは覚醒時の脳の外界認識方法を追従したためではないかと考え、REM睡眠中の脳の活動について徹底的なリサーチを行ったのだ。学会など各方面が睡眠中も覚醒時も最終的な脳での処理は同じ筈とTR社スタッフをせせら笑ったものだが、肉体感覚の遮断システムの詳細解明など結果的に大きな成果を上げ、これを「夢時間システム」と名付け装置開発に踏み切ったのである。
 ほぼ実用にこぎ着けたTR社であったがまだ問題もある。出来れば試験的に運用しその結果を見ながら細部を詰めたいのだが、このころ旧来の「半覚醒法」様の装置価格が革命的に下落し、空前のヴァーチャルゲームブームが到来したのである。大量のライバルに囲まれ、また大幅に長引いた開発のため資金的にも苦しくなり始めたTR社はモニターに払える謝礼も少なくまた今更ブランドの知名度を上げる広報活動も難しい。そこで、最先端の開発を成し遂げたスタッフは超古典的な戦略に打って出た。…俗に言う、「理屈抜き戦略」である。
 新しい「夢時間システム」を世間にPRしようと、その名も「白昼夢」と言うシリーズで何と成人向けゲームを怒涛の様に発売(!)したのである。似た様なゲームは当然存在したが如何せん「感覚」が今一つであり、専用の設備で直接的サービスとセットで提供される事が普通であったため、「白昼夢」シリーズのリアルさや自宅の自室で出来る簡便さは爆発的にヒットし、空前のベストセラーとなったのだ…何だか、かなりビミョーな話ではあるが。
 とにもかくにも。予想を遥かに超える経済的成功(苦笑)、また実に正直なユーザーの声の回収など充分過ぎる成果を収め、それらをフィードバックし遂に新世代ヴァーチャルRPG「Fortune World」を世に問う事と相成ったのだ。

 本ゲームの特色は、キャラクター選択の驚くべき多様性、自由度にある。旧来は言わばコスプレでごっこ遊びをする感覚が拭えなかったが性別はおろか種族も選択の幅が広がり、人気のエルフや一部で要望の強かったドワーフ、さらにはライカンスロープまで選択可能となり、俄然ファン層も拡大。さらに疑似世界を強固にするため徹底的な匿名性の保護を掲げ、リアルでの人格を完全に捨ててプレイする事も可能となったのである。
 …ただ、あまりに革新的過ぎるシステムへの不安感と開発に大いに貢献した「白昼夢」シリーズが逆に足かせとなり、一般作としての発売許可だけはどうしても降りなかった。だが転んでも只では起きぬTR社の面々は、逆に隠し機能として「恋愛機能」を追加し、かえって空前の売上げを記録。
 発売より既に2年が経過したがありとあらゆる面で他の追従を許さず、現在もRPG最高峰の名を欲しいままにしている。

 さて、概ねのバックグラウンドを述べた所で、冒頭の三人組に話を戻すとしよう。


 三人は相変わらず黙々と歩いている。パーティーを組み始めてからかなり日も経ち、コンビネーションも良好だと言うのに怒っている様な空気が漂うには訳がある。この世界、近ごろ奇妙に変質して来たのである。
「う、わ!」
 突然声を上げて飛び退いたのは先行していた長髪の若者。無理も無い、野犬らしき動物が数匹、弾丸の様に眼の前を駆け抜けて行ったのだ。昔なら襲われず済んで良かったと、胸を撫で下ろす所だが。
「…奴等、どっちに行きやがった?」
「あっち、あの奥の大きな岩の裏だよ!」
 パーティーのメンバーの間には、ある不安が広がっていた。

 果たして。予感的中…

「…!」
 無数の野犬の群がる先、無残に食いちぎられた人体がある。もはや、悲惨と言う記号でしかない「それ」は、長い髪にピンクのリボン…少女だったらしい。
「ひ…どい…」
 痛ましさに丸い瞳をさらに開ききり、譫言の様につぶやきながら震える少年に気付き、戦士の方が慌てて少年を後に庇う。
「見るなよ、ここは俺達が…」
 慎重に剣を抜くが、カチャリわずかに音がした。野犬一斉に振り向き牙を剥く!
「汝羽根より軽き世の空隙満たす者、我が敵切り裂く無形の刃となれ…鎌鼬(ウインドリッパー)!」
 魔法士の早口の呪文が間一髪間に合った。勢い良く躍り込んだ7匹あまりがあっと言う間に肉片になる。…ヴァーチャルとは言え、リアルさを追及し過ぎてかえってけれん味が無く、辺り漂う血臭も相まって不快感が胃を突き上げる。昔はこんな経験も、それなりに刺激的だったのだが…
「畜生!黒妖犬(ブラックドッグ)だ!」
 生き残りの犬どもの中心部、妖しく眼を光らせた異常に大きな黒犬がいる。戦闘能力はたかが知れているが、知能が高く中型の獣の精神ならば容易に支配でき、今の様に群れの中にいる時は実に厄介だ。…にやり、黒犬がこちらを認めて確かに笑った。
「ファントム、チェンジだ!」
 戦士が絶叫するのと妖犬の咆哮と、ファントムと呼ばれた少年が何事かつぶやき装備が閃光に包まれるのと…何れが先であったのか。
 飢えた野犬の猛攻が始まった。

進>>


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(C)獅子牙龍児
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