勇者の到来


 幻獣多き故にゾディアックと称されるこの大陸はほぼ円形を成している。四方を大海に囲まれ近海に難所多く、ために人物の交流は陸路を通して行われる。ここアルドの街はかつて大陸中央に向かう交通の要衝であったが、西により大きな街道開けて爾来寂れる一方である。
 だが、そんな斜陽の街でも稀に沸き立つ出来事がある。


「真にございますの?」
 小さな酒場でうら若き娘が目を輝かす。
「ま、俺もてめえの目で見た訳じゃねえが、大店(おおだな)の御用聞きの小僧は間違いねえって言ってたさ」
「まあ…嬉しい…」
 乙女に至福の笑みがふわり広がる。…麗しい。
 歳の頃は二十前、化粧こそ無く旅の途上ゆえ装身具も何も無いが、身体はすらりとほそく、よく梳った長く黒い髪に滑らかな淡い肌、簡素ながら東方の異国の衣装がよく似合う。三流の宿場街には贅沢過ぎる美女であるが、元より彼女は住人では無い。
「しかし良かったなァお嬢さん、あんた、本当なら今日立つ筈だったんだろ?」
「ええ、路銀も乏しゅうございますから…」
 恥じらうように面を伏せる。
「でも、勇者様にお目通り叶うなら、そのお話の一編なりとも聞けるなら、わたくし明日ラドンに喰われようとも後悔致しませんわ!」
「おやおや、えらい熱の上げようだなァ」
「いやしかしよ、こんな場末のこせぇ街まで英雄様が滞在なさるなんぞ、確かに千載一遇の幸運には違いねえよ」
「幸運…いや全く幸運さ…」
 しがない男達は今だ夢見心地の異国の乙女を心行くまで鑑賞した。


 日はそろそろ暮れ始めたが、街は祭の最中の様な大騒ぎ、何せ本物の勇者が足を踏み入れるなど前代未聞である。野次馬は大通りに溢れ帰り、街の窓と言う窓は御尊顔を一目拝もうと人々が鈴なり、何処ぞの王なり貴人なりの大行列でもこうは行かぬだろう。もみくちゃにされた英雄一行、やっと宿屋に着いた時には辺りも真の闇であったが、やはり歓迎されるは吝かで無いと見える。むしろ上機嫌。
 白羽の矢が立ったその宿は、武勇伝聞きたさに扉も閉まらぬ程人溢れ返り、給仕の者も歩けぬ有様。宿の主人がやっとの事で半数ばかりを追い払い、漸くにして武者の喉と腹の満たされる時がやって来た。
 いささか吝嗇の気のある宿の主人も、今日ばかりはと奮発し、秘蔵の銘酒を振る舞った事も効いたのか、ドラゴン退治の戦士の舌が次第に緩んで来る。
「いや俺も光栄さ、こんな街にまでルディスの名が響いているとはな」
 『こんな』は余計だが…
「俺は何せ物心付いた頃から剣ばかり振っていたクチだ、学がねえんで長い話は苦手だが…」
「勿体ぶらねえで教えて下さいや」
 何処からか声が飛ぶ。
「そんなに言うなら、ま、聞いてくれ」
 辺りはしんと静まり返った。…半ば伝説と化した武勲の数々が、まさに英雄伝の主人公その人によって語られるのだ、これが聞けずにおられようか…


 南方にて五つの村を一晩で焼いた紅のドラゴン、ローゲン。西国にて古の財宝を守護していた黄金のヴィーヴル、ミダストリテ。さらに大街道に立つ王国の都を襲ったワイバーンの群れ、人肉を好み女子供をさらう恐るべき凶竜、七つ頭のキリム…勲は限りない。
 確かに戦士の声や語り口はお世辞にも上品とは言えず、吟遊詩人の滑らかな雅語の流れには程遠い。しかしながら剥き出しの言葉は戦いの激しさ、敵の残虐ぶりを嫌が上にも感じさせ、まるでその場に居合わせたかの如き緊迫と恐怖がひしひしと迫る。名声得た戦士に付き物の、誇張や脚色も少なくないが、吟遊詩人すら語らぬドラゴンどもの断末魔、さらにはその巨体の処分にまで話が至る辺り、この戦士が真の竜殺しである証左に他ならぬ。
 人々は夜更けまで勇ましき物語に酔い、人間の勝利を歌い、英雄を賛えた。諸人今宵ばかりは全ての憂いを忘れ、喜びと興奮の内に床に着いた。
 ただ一人、闇い影を瞳の奥に湛えた人間を除いて…

 聞き取れぬ程の密かなつぶやき。
「見つけた…」
 その口元には毒華の笑みすら浮かんでいた…

進>>


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(C)獅子牙龍児
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