犬頭獣人 (1)


 怪異多き東方の森、「獄樹海」。種々の珍しくも恐ろしき獣跋扈する、その深き深き森の中にも、人間と誼(よしみ)を結ぶ種族もいる。姿ばかりは当地の類に漏れず、半人半獣の異形なれど、その知恵は深く勇気は頼もしく、灰色の毛皮の下の魂は気高い。獣の膂力と体力を持ちながら決して奢らず禁欲的なまでに穏やかに暮し、人間と全く変わらぬ言葉を話して時に貴重な品を運んで来る。彼等との交易は、厳しい東方の暮しを支える命綱でもある。
 ルキアもまた、彼等を見知っている。師匠と仰ぐ古老の元、薬草を届けに時折やって来たからだ。ルキア自身は言葉を交した事は無いが…何と言っても、気後れして。
 恐れ知らずでは並びの無い跳ね返りの事、口もきけぬとは随分と珍しい。

 何分、武術優れようがルキアも一介の少女、十を少し過ぎた程とは言え娘には違い無い。近隣の、自堕落が衣を纏って不貞寝をしているよな屑男どもとは大違い、見事な体躯に獣頭とは言え深い知性と強い意志とを湛えた瞳を持ち、豊かな声量でゆったりと話す。表情にも話し振りにも卑俗な風は欠片も無く、世人が忌み嫌う獣皮…みっしりと長くふさふさした灰色の毛で覆われた、全く獣そのものの肌もルキアにとっては好ましかった。毛皮があれば無用とばかり、衣装も至極簡素な物しかまとわぬ事でさえ、潔い風習と見え。
 いや。
 全くの…狼そのものの顔でさえ、孤独な少女には淡い憧れの対象であったのだ。

 だからこそ。
 この野に在る高貴な種族に対し、何故にいにしえの碩学は詰まらぬ名を付けたのかと、酷く憤慨したものだった。
 選りにも選って…高潔な心を秘めた猛き狼達を、キュノケバロイ…即ち「犬頭人」なんぞと名付けたのだ、と。

 だが、それも今は昔…



「おい!」
 おずおずと、傍目にも分かる程に震えながら…小柄な「子ども」がついて来る。
「早くしろ!置いて行くぞ!」
 びくうと、その「子ども」の耳が寝るのを見て、少女は今日何度目かのため息をつく。
「全く…」
 小犬さながらに怯える「子ども」。
 …「犬」頭人とはよく言ったものだ…
 ルキアはもう一度、深く深く嘆息した。



 事は数刻ばかり前に遡る。
 元々病弱のルキアの母の様子が思わしく無い。古老の書物で読んだ薬草を調合しても、さしたる効き目は出なかった。近隣の薬師は当てにならぬし…第一、金子(きんす)も無い。
 一度ならず、老体の古老にご足労願ったが、やはり医の道は本分ならぬ人物ゆえ、ルキアの手当より幾らかまし…と言う風情。それでも今となってはこの老人しか、少女の頼れる相手も無く。無理を承知で秘薬は無いのかと必死で聞いてみた所…
「犬木霊ならばあるいは…」
 慎重な古老もうっかり口を滑らせた。

 犬木霊の霊験はルキアも重々聞き知っている。その肉滋養に富み、味も甘く肉類の最上と言われ、少量にて腹も膨れ、さらに病身を強壮に変え、身体の毒を奇麗に除く。保存がなかなか難儀な難物だが、都にでも行って売れば大した財産になる。
 ただ。
 同時に酷く恐ろしい。

 何せ、人肉を大層好むのだから…


 それでもルキアに是非も無い。父親はただの大酒飲み、それが女神の様に美しく優しく家事にも素晴しき才示す女性(にょしょう)を妻と出来たのだから過分な果報と言うべき所を、己の幸福感謝する所かたおやかな麗人日々どやし殴りの狼藉し放題。ただでさえ、村一番の怠け者、そんな男が妻の身のため重い腰上げる事など微塵も期待できず。あの病にやつれてなお神々しい母を救えるのは娘のルキアしかいないのだ。
 だからこそ。
 案ずる母には偽りを告げ。ルキアは決死の思いで「獄樹海」の奥深く…前人未到の奥地まで、たった一人で乗り込んだのだ。

 だが。
 要らぬ時には度々執念く姿を見せて、ルキアの狩りの邪魔をする、あのにっくき犬モドキの姿は全く見えず。
 焦燥に頻りに歩く内に、思わぬ程森の深みに足踏み入れて…
 泣き声を聞いて仰天した。

 うえ〜ん、うえ〜ん…どうにも情けないその声は、幼い男児の声と聞こえ。しかしこんな秘境に人間の、それも子どもがいる筈も無く。文字通りに眉に唾付け警戒しつつ、慎重に慎重を重ねて近付くと。
 そこにいたのは…



「…全く。一体全体何であんな所で泣いてやがったんだ」
「だから…言ったでしょう、ぼく、道が分からなくなったんです」
 情けない、声。仮にも男児の…それも勇猛で聞こえたキュノケバロイの子とは思えない。
 苛々のままに、改めて相手の様子をとっくり見る。

 ひょっとすると少女より年下なのかも知れないが、それにしても小柄である。おまけに手足は棒の様に細い。その上、どう言う訳だか生まれつきなのか、全身の毛が珍しくも真っ白な上に頼りない程細く柔らかく、特に手足の部分は生えが足らずに地肌が覗く。顔立ちはまあ、一応狼に違いないが、それにしてもこれ程弱気で臆病な面構えは初見である。
 ぐすん、ぐすん、情け無さをさらに増しつつ。泣きじゃくる子どもは白い手巾で顔を拭う。そうやって子どもが動く度、柔らかい衣擦れの音が響く…それがまた、酷く腹立たしい。
 大体、獣人と言うものは衣を着けぬが流儀の筈。それを、ルキアの様に貧しい者にはとても望めぬ様な、柔らかなフランネルの上下に包まれて。おまけに小洒落た袖無し上着まで重ね着して!
 …多分、獣にしては哀れな程に毛の生えるのが遅いのを哀れんで、親がせめてと用意したのだろうが…その心は同情もするが。
 まばらに生えた細い真綿の様な毛の間から、これまた真っ白な素肌が覗く。嘘か真か分からぬが、古代キュノケバロイは尋常な人間の姿をしていたと伝説は言い、事実人間との間に子を成す者も時にはいるから、毛皮の下に人間その物の柔らかな肌があるのも無理からぬ。だが、ルキアは…己の醜き病の紋様残る、「ぶち」だらけのまだら肌と引き比べるにつけ、天の采配の不公平を思う。

 人間にしても珍しい程の白い肌、それが男のしかも獣人の身にあって、しかも柔らかな生地に優しく包まれ保護されている…自分は、醜く引きつれ、時に耐え難い程痛む腕や足が、全くむき出しのままなのに。

 腹立たしさに、拳で頭を無言で殴ると。…さらに盛大に泣き出した。



 辺りを窺いつつ、ゆっくり歩を進める。何せここはその名も「獄樹海」、昼でも夜の闇に包まれて、奇怪な魔性が我が物顔で跳梁する。ほん少しでも気を緩めれば、たちまち命を奪われて、骨も残さず喰われてしまう。
「ねえ…ぼく、お腹空いて…」
「!…バカ野郎!!」
 神経を針の様に研ぎ澄まし、辺りの音を探っていた矢先に…この狼と言うより犬顔の子ども、森の住人にあるまじき事に状況が全く読めぬらしい。
 取り合えず、一発殴って置く。

 取り合えず、きつく言い聞かせて置いたから、泣いても声はあげずにいる。それでも少々頭をはたかれた程度の事で、こうも見苦しく痛がるとは…全く、親の顔がみたい。
 差し当たり危険の無い事は確かめられたので、腰を降ろして聞いて見る。
「お前、その性格、親に似たのか?」
「…え?」
「だから!その弱虫ぶりだよ!…お前らキュノケバロイにも、臆病者ってのは結構いるのか?」
「臆病者…」
 また、叩かれた時の様にびくりと震える。

「母様は、ぼくとは大違いだよ」
「へえ?…じゃ、親父さんは?」
「父様は…いない。ぼくの生まれる前に、里を護って…」
「あ、ああ、悪かった」
「ううん、いいの。母様が父様のぶんまで、ぼくを愛してくれたもの…」
 ルキアは、思わず口をへの字に曲げた。

 この森の獣人達が、容姿に似合わぬ優しき気性を持つ事ならば知っている。自分達では華美に装わないが、皆芸事には佳い趣味を示し、熱心な画家や織物職人の中には、彼等の眼を頼ってわざわざ森の中に入ろうとする者が後を断たず、実際古物商の中には、時に彼等の眼力を見込んで臨時の鑑定に雇う事すらあると言う。
 とは言え。こんな辺境の田舎の土地で、しかも曲がりなりに獣の姿の男子から、こんな良家の息女の様な話を聞かされると妙に何とも虫酸が走る。また、それを語る子どもの声が、何の俗にも毒されぬままの、純粋な声であったから…
 もう一つ。
 ルキアは嫉妬していたのかもしれない。片親しかおらぬと言うのに、二人分の愛を受けたと臆面も無く言い切れる、そこに親子の確たる愛情の通いを見て。
 ルキアも母の愛なら十二分である。優しい母は、容姿を嘆く少女を労りながら…料理、洗濯、裁縫ごとと自分の持てる全ての知識と愛情を惜しみ無く注いでくれた。だが、その母の命も風前の灯火で。
 もう一人の親と来たら…

「母様はね、今の族長なんです」
「な…長だって!?」
「うん、皆に尊敬されていて」
 存外、彼等に女長は珍しく無い。元より女人(にょにん)も優れた体力を誇る種族の事だから…それでも。
「…お前なんかが息子だと、お袋さんもさぞかし苦労のし通しだろうな」
 意地悪言ってやると、想像以上に子どもの顔が苦しげに歪む。
 いい気味だ、と思う反面…胸がちくりとかすかに痛む。



 歩いても、歩いても奇妙に捻れたおぞましい木々ばかり。
 このいまいましい子どもに出会った時ですら、方向の感覚怪しかったのに…今ではもう、途方に暮れるしか無い。
「…どうしたんですか?」
 急に足を止めた少女を不審がり。白い毛皮に半ば埋もれた、小犬の様な瞳が問う。
 その様が、あんまり邪気が無くて。…また理由も無く殴ってやりたい衝動に駆られたが、一応ここは堪えてみる。
「………たんだよ」
「え?ごめんなさい、聞こえなかったから…」
「だから、」
「なあに?」
「だから!俺にも道、判んなくなったって言ってンだよ!」
 小犬は一瞬、眼を丸くして。
「………ええええ!?そんな、ぼく、母様に会えないの…!」
「俺だっておンなじだよ!」
 堪らず、渾身の力で殴り飛ばした。


「大体、お前さあ…北西の方角って言うの、確かなのかよ?」
「うん………多分…です…」
「ああ?多分、だあ?」
 ごろつき顔負けの迫力でどやされて。親の庇護をまだまだ要する子どもは酷く怯える。
 それがいちいちルキアの癪に触る。

 不意に、飛び切り意地の悪い言葉が頭に浮かんだ。

「お前…置いて行かれた、つまり厄介払いされたんじゃねーの?」


「…な!そん、な!」
 小犬もどきが立ち上がる。顔も毛皮が薄いから、真っ赤になったのが透けて見える。
「母様は…母様は、絶対そんな事しない!ぼくの事、見捨てたりしない!」
「ま、百万歩譲ってお前のお袋信じるとして。…他の連中はどうなんだ?」
「それは…」
 今度は、赤かったのが瞬時に蒼白となる。
「何だ、お前やっぱり余計モンか?」
「ぼくは…ぼくは…」
「そんな弱虫じゃ、さぞかし煙たがられるだろうな!森に住んでる癖してさ、迷って人間に拾われるような奴なんざ!」
 一気にまくしたてると…小犬の顔がくしゃりと歪んで。そのまま地に伏し泣き始めた。



 気分はとてつも無く悪い。
 「余計者」…自分で思い返すまでもなく、この「小犬」に投げた台詞は自分にそっくり当てはまる。
 父親は、美人の娘を得て娼館に売り飛ばすか何処かの貴族の妾にしようと目論んでいた。類稀な美貌と美質に恵まれながら、病がちなのを敬遠され、長く独りであったルキアの母を強引に己のものとした裏には、つまりあまりに見苦しい打算が働いた訳である。ところが愚か者には天罰覿面、生まれたルキアが大層な醜女で、その上不幸にも病を得て全身の皮と言う皮に恐ろしいまだら模様が残ってしまったから…
 毎日、罵られた。

 村の中でも同じだった。道を歩くだけで群れた子どもにはやし立てられるは至極ざら、中には石まで投げる輩もいる。大人達も全く同様…いや、殊によると子どもが出来損ないのルキアしかいないのをあげつらい、母親の事まで悪く言う者少なくないのが口惜しい。
 それで。
 母親譲りの家事は勿論、女の身に不向きな武芸まできっちりきりきり励んで磨いた。離れた場所に隠れ住む、偏屈で知られた古老の元に通いつめ、種々の技能と知識を吸収した。
 だから。
 こんな醜い娘でも。少なくとも役には立つと見なされて。何かにつけて厄介事を持ち込まれ…大方間違い無く解決して来た。都合良くこき使われている自覚はあるにはあるが、それでも全く無視されるより余程良い。
 少女は自分の技能が自慢であった。

 が。
 この、「小犬」は?

 何処をどう見ても力も身体も酷く弱く、格別知恵が働く訳でも無い。勇気と根性に至っては、全く微塵も無い体たらく。
 それでも。
 この並の人間より余程繊細な脆い肌は。暖かで柔らかいネルの着物で護られている…
 それがあまりに悔しかったのだ。


 「小犬」は地に伏せ縮こまったまま。背中が丸く、震えている。…それでも素直な子どもらしく、ルキアの言いつけきっちり守り、泣き声一つ立てずにいる。それがあんまりいじらしくて、木石の心も流石に揺れる。
「…悪かったよ、変な事言ってさ」
 ばつの悪い思いをしながら、丸い背中をそっと摩る。
「その…お前の仲間、きっと探してるに違い無いさ」
 …気高い狼の姿は伊達では無く、全く群れの狼さながらに、彼等は仲間を思いやる。移動の折には弱い者が脱落せぬよう、常によくよく気を配る。
 だが。
 子どもの嘆きの発作は…むしろその言葉に酷くなる。

「ど、どうしたんだよ!」
「だって…だって…」
 もはや痙攣に等しい様子で泣きじゃくる。言葉も満足に綴れない。
「だって…貴方の言う通りだもの…」
「へ?」
「部族の皆は…ぼくの事、死ねばいいって思っているもの…」
「…!」

「だ、だってお前…」
 ルキアの手に触れる布は素晴しく柔らかい。彼等は交易の御陰で決して貧しくは無いのだが、それでも値の張る貴重な品には違い無い。
 第一。こんな…こんな腐った土地にはあまりに珍しい、ルキアの村なんぞではとても望めぬ柔らかな言葉を綴れる穏やかな子どもの、その母親が鬼である筈が無い!
 そう、少女は思ったのだが。
「母様は長だもの…部族全体の事を考えているから。ぼく一人にかまけてちゃ、いけないんだ…」
 血の気が恐ろしく引く…


「だって、ぼくはまだ、名前を貰っていないんだ」
「お前…!その歳でか?」
 自然の中に暮す民の常として、彼等も生後暫くしてから…赤子の気性が判ってから、その性質に見合った名を付ける風習がある。従って、人とは違い三つ四つで名前が無いのもざらである。
 だが、この子ども程の歳でいまだ名を授からぬとは…
「うん…」
 フランネルで包まれた身体。だがその魂は…名前と言う一番原初な護りでさえ、有しておらずに剥きだしだったのである。

 無性に腹が立った。が、今度は殴らなかった。
 殴るべき相手は別にいるから…
 殴る代わりに立ち上がる。

「え…?あの?」
「立て!泣いてなんかいないで立て!」
「え?」
「ほら、惚けてるんじゃねえ!」
 無理やり、小さな身体を立たせてやる。
「あの…?」
「お前な、よっく聞け!」
 目玉を…兎の様に赤くて、狼にはとても似合わぬ瞳を強く覗き込む。
「いいか?お前、今死んだら、名無しのまま常世に行く羽目になるぞ!」
「え…」
 ぶるっと、全身が震える。無理も無い、名前を持たぬ魂は、何か格別の僥倖を得ぬ限り、永劫に彷徨い苦しむのだとまことしやかに言われているのだから。…本当の所、死後の事なんざ判らぬが。
 それでも、いまだ「死」と言うものを確とは知らぬこの子どもに、恐れる気持ちを植え付けねばならない。
 さもなくば…従順過ぎる子どもの事、従容として死に就きかねないから。
「いいか、」
 自分の台詞の十二分の効果を確認して。
「それが嫌だったらな…」
「嫌、だったら…?」
 震えながら、鸚鵡返しに答える子ども。
「嫌だったら、とにかく生き抜くんだ!何がなんでも仲間の所に辿りつけ!」
 力一杯、喝入れる。



 …泣き過ぎたせいか、「小犬」の鼻は全く頼りにならないから。ルキアが必死で辺りを探る。かなりの時間歩いた末に、何とかキュノケバロイのものとおぼしき食事の後が見つかった。
「おい!見ろよ、そんな前じゃないぞ!」
 無駄に火を使う種族では無いが、特に大規模な移動の折には律儀な程に焚火をする。成程、闇の種族を払う効果もあるにはあるが、何より…跡を伝って、脱落者がついて来るのを期待しての慣習である。
「だけど…」
「だけど、何だ?」
「ぼく、ほんとうに皆の所へ行っていいのかな…」
「バッカ野郎!」
 殴ってやりたい気分だが、今度はきっちり我慢する。その頃になって漸く、自分がつけた覚えの無い、痛々しい痣が幾つかある事に気付いたから。
 気高いと言われる種族も…劣る者を嬲る悪癖と無縁ではいられぬのか。
 そう思うと闇くなる。

「なあ…」
 すっかり垂れてしまった耳の辺りを、軽く摩ってやる。
「何で、そんなに落ち込んでるんだよ」
「何で、って…」
 聞くまでも無い事を聞かれて、驚きに耳が跳ね上がる。
「だって、さ」
 ルキアとて、何故こんな事を言っているのか…自分でもよく判らない。
「お前…少なくともあの時、俺に付いて来たじゃないか」
 森の中で…独り、泣きじゃくっていた子ども。少女の姿を認めるなり、必死ですがりついて来た。
「だって…皆の所に行きたかったし…でも」
「でも、何だよ」
「でも、やっぱり、ぼくは…」
 ヨケイモノ。子どもの声で綴られた言葉は、あまりにも痛くて。
 ルキアは激しく後悔した。

「おい!」
「え、え?」
 唐突に肩をきつく掴まれて。ぽかんと眼と口を開けていると、ますます小犬じみた顔になる。
「お前な…他の奴の事ァ、どーだってイイんだよ!」
「え?…ええっ!?」
「だからあ!お前はな、お前のキモチに従ってりゃいーんだよ!」
「え、え…」
「つまりさ、他の奴がどうこう言うかなんて考えずにさ、お前が行きたきゃ…生きたいんだったらよ、その通りにすりゃあいいのさ!」
「だけど…だけど、」
「お前、」
 ぎとり、目一杯に睨み付ける。

「そんなに…名無しの亡霊になりてェのか?」


 震えの、発作。
「嫌…嫌、だよ絶対!」
「じゃあ生きろ」
「でも、でもでも!」
「馬鹿、本気で死んだ方がイイとか思ってんのか?」
「あ…あ…」
「それにな。お前の仲間…本気でお前をどーでもイイって思うんだったら、火の跡始末、もっとちゃんとやると思うぜ?」
「あ…」
 少し。ほんの少しだけ。
 怯える小犬に光りが差した。

「ま、とにかく気ィ落とすな」
 ぽんぽん、軽く背中を叩いてやる。
 …実の所、真実キュノケバロイの一族が、この子どもを思って跡を残したかは疑わしい。子どもとは別にはぐれた者が…それも、より重要な人物が…いるのかも知れないのだ。身体に残る痣、授けられぬ名前…殊更苦労せぬ様にいささか過保護に育てられたその様子も、愛情と言うよりは子を愛せぬ親の免罪符では無かろうか?今となっては、上等なフランネルすら凄絶な皮肉に思えて来る。
(今、こいつが死んだら…)
 そのまま、結構な経帷子になる。
 …ぞっとする…



 だが。
 死は思ったよりずっと。
 二人の近くにいた。

進>>


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(C)獅子牙龍児
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