治癒の魔法 (3)


「…ええと…」
「変、でしょうか…?」
 少し不安そうな声に慌ててぶんぶん首を振る。今度はもう、全く遠慮は要らない…思い切り首を振ったものだから、編み立てのお下げがぴょんぴょん跳ねる。
 そう、何だか良く判らない内に…髪まで編んで貰っていたのである。

「あの、そうじゃ無くて…あたし、自分じゃこんな奇麗に編めないの」
「段々上手になりますよ」
 ほっとした様な声とともに、軽くぽんぽんと頭を撫でられる。普段だったらこんな事にもすぐ噛みつくニーナだったが、ちょっとの不快も生じ無い。
「でも。あたし…お掃除も下手だし…」

 母さんがもっと生きていてくれたら。
 もう少し色々、教えて貰えたかも知れないのに…
 言うつもりは無かったのに、ぽつりぽつりと今までの境遇を話していた。

 世話焼きの女房連中が折角家に来てくれても何かに付けて意地を張っては反発し、しまいに誰も相手にしなくなった事。近所の子どもと遊んでいても、ちょっとはやされて腹が立った時にうまく言葉で言い返せず、ついつい本気で殴って泣かせてしまう事。それに…
 父親に毎日殴られる事。

 魔術師は「可哀想」とは言わなかった。
 ただ、黙って…ニーナの頭をそっと抱き締めてくれた。

 それがとても嬉しくて。
 「石みたいに強情だ」といつも言われるニーナなのに…思わず泣いてしまっていて。
 優しい手が。そんなニーナの背をそっと宥める様に摩ってくれていた…

 こんなに沢山泣いたのは、きっと母親が死んで以来の事だ。



 随分と派手に泣いたから、気持ちは随分すっきりした。それでもやはり悔しさだけは残っている。
「…先生はこんなに器用なのに…」
 思わずそうつぶやいたら。複雑の表情を返された。

「それは…まあ、必要に駆られて、と言う訳ですよ」
「必要…?」
「だって、私は根無し草の宿無しですからね…誰か、細々した事を肩代りしてくれる人手を雇う余裕もありませんし」
「そんな…」

「でも!ほら、女の人とか!先生だったら、世話してくれる人とかいる…でしょ?」
 何となく悔しくなって、語尾が不自然に濁ってしまったが。幸い気付かれずに済んだ様だ。
 魔術師はただ、寂しそうに首を振る。
「貴女も…見たでしょう?」
「あ…」
 村人の、あの仕打ち。

「でも!ここは酷い田舎なんだし…ほら、大きな都とかだったら!」
「同じですよ…魔術師であろうと無かろうと、私は女性に嫌われてしまいますから」
「嘘!絶対そんな事無い!」
 きっぱり即答したニーナに苦笑して。
 それから…迷う様に視線を泳がせて。
 ややあって、覚悟を決めた様に口を開く。
「あの…私は幾つ程に見えますか?」
「え?…う〜ん…」
 鋭い所のあるニーナだが、まだまだ人生経験は浅いのだ。ちょっとばかり悩む。
「ええと、はたち…位?」

「違います。もっと、ずっと上ですよ」
「え…」

『そりゃあんた決まってるだろ、魔法で化けでもしてるんだよ』
 村人の言葉が蘇る。

「あの…それも、魔法…?」
「そうとも、言えますね」
 魔術師は苦痛を耐える表情だった。
「ただ…私の力では、どうにもならないのですよ…」
「え!」
 あんな魔法を使う人が、魔法にかけられているなんて!

 でも。
(あれ?)
 ニーナは首を傾げた。
「それがどうして…女の人に嫌われる事になっちゃうの?」
「え?」
「だって」

「…禿げた爺さんなんかより、ずっとずっといいじゃない?」
 何の気無しの無邪気な言葉に。
 魔術師は…今日初めて、声を立ててころころ笑った…


「…最初はね、確かにそうでしょうけど…女性の方はね、先の事を考えて大抵嫌がりますよ」
「???」
「ふふ、貴女も大人になったらきっと判りますよ」
「それって…あたし、まだ子どもだってこと?」
 ぷう、と頬を目一杯膨らませての少女の言葉に。魔術師はまた朗らかに笑って。
 何だか釣られて、ニーナまで一緒になって笑っていた。

 泣いたり、笑ったり。
 一日にこんな忙しかったのは…きっと生まれて初めてだ。



 ついでに台所の掃除をしている内に、何だか急にお腹が空いて来て。
 しまった、と思った時には腹の虫が盛大に…
 ぐうううう…
 あんまり大きな音だったから、丁度近くではたきを使っていた、魔術師までも振り返った。
(え〜ん…)
 穴があったら入りたい、こんな情けない思いをするなんて!
 でも。
 魔術師はただ微笑んだだけだった。

「…さて!ここも随分と片付きましたし…良ければお茶の時間にしましょうか?」
「え!」
「炉の方も煤を落としましたし…簡単なタルト位なら焼けますよ」
「えええ!?」

「あの…先生って、お菓子も焼けるの?」
「ええ、少しなら…」
「凄い…!」
 空腹も手伝って、大喜びしてしまったが。
 少し、やっぱり悲しくなる。

 この人は何でも魔法の様に出来てしまうから。
 小さなニーナなんかの居場所は少しも無い…

「ただ…」
 思わず唇を噛んでしまったニーナの耳に、魔術師の弱った様子の声が聞こえて来る。
「果物が無いので…少々味気無くなってしまいますが」
(あ…!)
 その言葉に、ぱっと考えが閃いた。

「あの、あのね!あたしね、知ってるの!ここのすぐ裏手ね、甘〜い実のなるちっちゃな木があるの!」
「まあ…今も、実っていますか?」
「うん!先生、案内して上げる!」
 魔術師の腕をぐい!っと引っ張って。外へと連れ出して行く…

(あたしにだって…出来る事はあるんだ!)

 それが。とても嬉しい…



 掃除もタルト生地を作るのも、ほとんど何も出来なかったが。
 それでも今日一日だけで、随分と沢山の事を覚えられた。
 きっと、次の機会には…もっと上手に出来るだろう。

 それに。
 …一つ、幸せな事がある。

(まだ、時間が沢山あるんだから!)

 上達するにはきっと時間がかかるだろうが、それでも待っていて貰えるから…


 頬の腫れより何よりも、小さな心の奥底の、ずっとあった辛い痛みが奇麗に消え。
 ニーナは生まれて初めて、明日と言う日の到来を楽しみに思う様になっていた。


Fin.


後記:
 この話、もう少し本編が進んでから…と思っていましたが。1月なので、「はじまり」の話を。
 さほどファンタジー色がくどく無いので、一見さんにも読み易いかなあ…と。

 「一見さん」なんて言ってる間にはよ本編書けや!ってなモンですが(汗)
 リハビリ、リハビリ…すみませんm(__)m

 ニーナ、と言う名前は何だか今見ると不吉ぽくってアレですが。設定作った時には某有名コミックは未読でして。むろん、ここのニーナはその後もちゃんと元気です。本編と比べると十年位昔の話なんですが…そしてニーナは結構美人の気立ての良い(でもやっぱり気は強い)娘っ子に育っていますが…
 進展はゼロです(涙)


 しかし…本編お読みになった方はご存じでしょうが、この魔術師意外と「女殺し」ですな!(爆)
 そんなつもりは全然無かったんですが(^^;)
 …そもそも、ひたすらアタック(笑)を繰り返しているのはこのニーナだけだった筈なのですが…
 なんか、本編がちょっと微妙な感じだったので。

 本編で「ニーナじゃあるまいし!」とか「ニーナだけで充分だっての!」とか言う台詞が出て来る筈だったのですが何だかタイミングを逃しまくっていて、ちっとも登場しそうに無いので(泣)、ちょっと外伝で先に出してしまいました。
 それともう一つ、本編で何故、皆に笑顔を向けられて魔術師があんなにも驚いていたのか。…魔法使いが忌み嫌われる世界観を一度きっちり描写したかったので。
 あ!他の外伝で書きましたが、その後はやっぱりあの村の人達も魔術師の人柄が判って今では慕われている位でして。買い物に出かけると、おまけして貰ったり(笑)
 …でも、逆に言えば。そう言う普通の「いい人達」が魔術師全般を嫌う、そう言う世界なんですよ。
 だから本編のお嬢様のあの態度も、あながち極端とは言い切れないんですよ。
 あう、何か深刻になってもーた…(−−;)

 深刻ついでにもう一つ。
 魔術師がもてなかった訳…特に本国では、この話で書いた事とは別の理由で特に総スカンを食らってたんですが。
 それはまあ、いずれ本編で。

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(C)獅子牙龍児
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