今生楽 (4)


「この上何を!」
「クク…その様に正体も無くうろたえるものでは無い!天界随一の名が泣こうぞ!」
 さらにゆらり帝釈天、動けぬ雛を抱えし鳳凰へと。剣呑帯びて近付かん。
「さあ…華蘭とやら。確と申せ!その方が望み、余が無限の力にて、残らず叶えて見せようぞ!」

「今暫し、帝釈天様!」
「ぬ?またしても小癪な軍師か!余が情けをかけんとする、それを何故に止めんとする!」
「…御意向勿体無き事、それは重々承知しております。しかれども、我が雛…勝負に余りに瑞気削り、身すら危うい次第であります!」
「それとこれとに何の因果があろうかな?」
「いえ、因果ならばございます!我らが雛は命の際…すぐにでも休息せねばなりません!さも無くば…」
「いいの…兄様…」
「華蘭!?こら、喋るな!!」
「姉様も…私なら、へいき…」
 雛は、儚い程の笑み浮かべ。その健気に打たれて鳳も凰も口つぐむ。

「ならば改めて問う!勝者華蘭よ、その方歌舞比べの恩賞に…何を望むか言うてみい!」
 ごわわわん…呼ばわる帝釈天が大音声、壁も柱も怯えて震えり。見物の客どもも残らず身をすくませ。それでも。小さき雛は…とても、自力で立てる所の騒ぎでは無いが…帝を前にし一歩も引かず。
「畏れながら…申し挙げます。」
「さあ…申せ申せ!」
「どうか…ルキ姉様にお暇を…翼休まる平穏な日々を、切にお願い申し上げます…」
「ほう…?」
 帝釈天、その千眼皆々興味深げにぎょろりとす。

「その方自身の事々は願わぬか?」
「私の身なんぞ構いませぬ…ただ、我が故郷の吉祥苑と、我が…長に、平穏無事な毎日を。そればかりが望みでございます。」
「それはまたまた欲の無い…しかし!」
 じとりと、千眼。
「その方、まこと己自身は構わぬと申すのだな?」
「…今確かに申し上げました、二つの願い、きっと叶えて下さいますなら…」
「待て!華蘭!我らの事は構わん、自分の事を望め!」
「そうだ華蘭、これはお前が自分で得た勝利なんだ!」
「華蘭!私の望みはお前にこそある!お前の身の無事こそ、我らの切たる願い…」
「ハッハッハ!これはまたまた麗しい!!」
 耳、つんざく哄笑…

「さても、さても!吉祥の鳥ばら心映えまで麗しい!いや見物見物!」
 ばしり、ばしり、手まで叩き。ぎりり、睨む鳳凰の元、ゆらりゆったり歩み寄る。
「今宵の茶番…まこと余の千年の鬱屈、見事すっぱり晴らしてくれたわ!」
「茶番だと!?華蘭は命を賭したのだ!それを…」
「ルキ様、いけません!」
「だめ…姉様…」
 怒りの火焔吹き上げる、荒れにし武人を前にしても、流石は天の雷電帝。露程にも騒がず…くつくつと笑う。
「いやさ、雛ばかりでは無い!その方らの働きぶり、なかなかの語り草!」
 ぐわらぐわらぐわら!帝釈天がからから笑う、その声に呼応せし…雷光!
 大水に続いての天変地異、見物の衆の右往左往、さらに重ねて極まれり。我勝ちに…と、醜くも周り押し退け殺到の体、しかれど先刻現われたる、剛力無双の金剛力士、愚かを成す者残らず引っ付かんで席へと投げ戻す!

「静まれ!者ども静まれ!」
 カッ!と稲光、広大無辺の広間を撃つ。畏れ畏まる衆生に、刀利天が主…王者の威厳持て滔々(とうとう)と!

「今、余はここに…今宵の勝者、華蘭の望み確と聞いた!」
 ははー!声にみなぎる威厳に圧され、皆々残らず頭垂れ。
「して、我が誓い通り…鳳凰が長、ルキの大将に百年の暇を授ける!」
 おおおおお…どよめき、広場を巡る。
「しかし!それでは…!」
「おお?相変わらず無粋が過ぎるぞ、鳳凰の!余の言葉、いまだ成らず…暫し待たぬかせっかち者めが!」
 くつくつと笑う帝釈天…しかれでも、言葉の軽さと裏腹に、偉丈夫の身の隅々まで神威みなぎり隙も無し。…鳳凰、動けず。
「して、まこと鳳凰ゆるり百年過ごすべく、重ねて慈悲を授こうぞ!」
 ―おお…流石は帝、豪気でござれる…
 ―なんと、情け深くていらっしゃる…
 ざわめき構わずいっそ涼しげに。さらり、口を開いて千眼天。
「その方が配下の苑…鳥畜生の住まいし吉祥苑、あれなるを…永劫その方に授け!不可侵の土地と成さん!」
 おおおおお…おおおおお…声の轟き、いよいよもって姦しい…


「…何と、今の…言葉は…」
「ほう!これはこれは、鳳凰の長ともあろうに珍しい!何をそのよに口をぱくぱくと!」
「信じ…られん…いや、信じるなど無理にて候…」
「ハッハッハ!今宵は全く興深い!その方の、稀なる顔をば幾つも幾つも…さて、」
 にやり笑いし帝釈天、そのままずっと腕伸ばし…当然の如く、鳳凰大将雛を庇って退くが。
 …さにあらず。千眼天、剛の腕にてむんずと掴みしは…何と!

 先刻悪蛇の身より造りて投げ渡した、その槍の鋭き切っ先…

「ち…血迷われたか、帝釈殿!!」
「ハハ…騒ぐで無い、うろたえるで無い!見よ、鳳凰の…余の血潮、今まさに刃を伝い槍に落つ…この血、余の血を我が誓いの証文と成す!」
「な…!」
「如何な無法者とて此ればかりは破られぬ…我が血、刀利天が主の血をもて吉祥苑が護りと成す!」
 どよめき、ざわめき、さんざめき。広間の天井割れんばかり…


 …驚愕の余りに震える手で、かの槍を目元に上げ。まじまじと見つめる。神の血潮はぐるり槍の柄を巡り、そのまま紋様の一つと溶けぬ。眼にも鋭き霊威立ち上り…まさしく、護国の神槍として最上なりき。
 そして。血の、誓い…たとえ帝釈天程の無上者なれど、血の証文ばかりは違えられぬ。まこと、ここに吉祥苑の久遠の平穏成ったのである。



「して、まだあるぞ?」
 はっとして面を上げれば帝釈天、思いの他に存外にも、穏やかな笑み称えてその場に立てり。
「鳳凰の…余は確かに勝者の願い、叶えて見せた。しかし、そればかりでは気が済まぬ!」
「気が…済まぬ、とは?」
「左様…重ねて告ぐ!その方らの精進ぶり、無我夢中故の無謀ぶり…まこと、余の眼を天晴楽しませた!礼を言う!」
 フッと。…いささか自嘲にも見ゆる不可思議の笑み。
「余は全くもて飽いていたのだ、我が生に…千年ばかりか幾星霜、星も砕けて消ゆる程の歳月…余の眼に福など皆無であった…」
 …千眼天ともあろう者が。瞼ことごとく閉じ、夢想の体。遠き時を懐かしむが如く…
「余にも、若かりし折があったのだ…それを、その方らを見る内に思い起こしたのだ…」
 鳳凰、眼を…開く。左様その通り、かの尊大極めし帝釈天とて…

 衆生、いまだ知らず。帝釈天が独白なんぞ耳にも入らず、ただただ祭りの高揚の、名残に身を任せ騒ぐばかり…
 けだし。王者貴人は孤独である。



「鳳凰が大将!」
「…は!」
 同じ神とは思えぬ程、言葉に微塵の揶揄も無し。これまでの経緯はまた別、真摯に対しては真摯を返すが道理なり。
「畏(かしこ)く、承る!」
 頷く、帝釈天…
「これを…今一つの、証文に!」
「…!」
 千眼天が掌(たなごころ)、きらり光るは翠の玉…舞いの勝負の始まりに、華蘭が不敵にも手渡した…幼き心の鏡なり。
「左様、雛の殻のかけら…これなる品に、我が血の滴を!」
 ぽたり、紅の滴り広がりて…翠と不思議に混ざり合う。
「これが品、そしてこの場に居合わせし者どもが証人!…吉祥苑が外の民ばらで、鳳凰が雛の不如意成さんとする者あらば…余が雷撃、愚者の頭上にきっと下ろうぞ!」
 カッ!雷電帝の稲光。声にも籠りし神威の発露、者ども額ずき畏まる。
「さあ…苑に帰りし後、かの槍を心部に納め、そしてこれなるかけら…その者の護りとするが良い!」
 鳳凰…腕の中の養い子と神授の槍とを良元に預け。正規の作法に則りて、両の手でもて押し頂く。…麗しき、かけら…
「華蘭。」
 そっと幼い雛を呼ぶ。
「はい…姉様。」
「手を…これで、お前は自由…何人(なんぴ)たりとも、お前を奪う事は出来ないのだ!」
「…はい!」
 自分の手に戻りし翠…己が確かにこの世に産まれでた、その証左の印。
 …初めて、眩ゆくさらさら流れる金糸を…眼にした日の。
 そっと握り締め…涙する…


「鳳凰よ…」
 常通りの呼ばわりで無く、静かな声音。
 三羽も、すっと振り返る。
「中でも、華蘭とやら。その方存分に誇るが良いぞ!身をば己の技量で以って請け出して、しかも一族郎党まで護り切った…」
「いえ…お言葉ですが、帝釈天様、」
「ほう?異論を申すか小さいの?」
「…わたくし一人の力ではございませぬ…姉様、兄様の助力が無くば、わたくしなんぞ、疾うの昔に心の臓から潰れておりました。」
「成る程…確かにお前の二羽は見事であった…しかし!」
 すっと、眼を糸の如く…とは言え、最早小さきひいなとて、かばかりの事に怯えるなんぞ少しも無し。
「ゆめ忘るるな!その方は自身ばかりか、その方大事の紅大将の身すらあがなった!誓約成りし今、たとえ余の力もてしても…その方の身柄を盾に鳳凰が長を自在するは不可能ゆえ!」
「…はい…はい!」
 涙が…止まらない…
 そんな、雛の姿に。ほんの一時帝釈天、かすかに寂寥浮かべ…踵を返し、玉座へと向かう。

「帝釈殿!」
 高座へ登る千眼天に、鳳凰が長の一声かかる。
「まだ帰らなんだか…一体全体何用ぞ!」
「帝釈殿、此度の件、過分なる御配慮…この鳳凰が長、誠に痛み入る!」
 すっと…白の衣の裾揺れて。気高き武人の、膝が落つ。
「重ねて申す、痛み入る!」
 頭を垂れて、最礼拝…

「いや、待てその方、鳳凰の…」
 残りの鳳凰すら驚き慌てしこの光景、さしもの帝も眼を剥いた。
「何を驚き召されるか?この身、帝釈殿の一兵に過ぎぬ…臣下が主に跪くは自然の道理!」
「これはこれは…ハッハッハ!してやられたな!」
 帝釈天がからから笑い、それも常の悪意無く、持物の帝釈網飾りし青玉の如く、からり晴れやかに澄んでいた。
「ならば…余もまたその方の主、時には主人らしく鷹揚に振る舞うもまた一興…」
 と。にやり笑みし雷電帝、手にした持物帝釈網にて…大の広間の天井打つ!
 ばしり!めりめりめり…広間の天蓋隙間無く、覆いし箔に亀裂縦横…
「な…!?」
 驚きの眼、無数…その頭上、きらきらきらきら音も無く、金銀さらさら霧雨の如く…
 そして。
 ―おお…!
 煌めく霞の晴れし後。再び姿現わしたる天蓋…そは、全き青。紺碧…
 帝釈天が持物を飾りし剛玉…何の不思議が大広間、たちまちにて青の宝玉にて覆われたり。
 さらに驚く衆生ゆるりと見渡し。持物が弓の七宝にて飾られし、品をばはっしと掴み…青き天球へと投げ上げた!
 きらり、きらり…きらきらり。夢幻のよな輝き残しつつ、高き高き青の天蓋その際へ、煌めき七色帝釈が弓、眼にも驚き不思議にも、次第次第に形を変じて大きく大きく…あれよあれよと言う間にも、広間の天蓋、縁と縁とを結ぶ程に。
「何と…」
「姉様…あれは…」
「ああ、俺も初めて見る…」

 …音に聞く、帝釈天が弓の化身…虹。

 其は誓いの証(あかし)。まっこと神聖なる、何人(なんぴ)たりとも侵すべからぬ印なりき…

 清々しき面にて天蓋見上げし偉丈夫。
 憑き物の取れたよな表情にて…再び鳳凰達に眼を向ける。

「その方らは各々に自由…あれなる『虹』は記念ぞ、末代までの語り草と成らさそうぞ!」
「有難くも勿体なきお言葉…」
 深々辞儀する鳳凰に、またも帝釈からから笑う。
「止せ止せ鳳凰の!慈悲をかけるとは確かに言うた…だが、全き情けにはあるまいぞ!暇と言うても高だか百、開けし後にはきりきり討伐申し付ける故覚悟せい!」
「…は!」
 今一度、何れ譲らぬ不敵のまなざし…広間貫き交錯し。
 そして。
 天の帝釈、玉座へと。
 鳳凰長は、広間の外に…帰るべき場所、吉祥苑へと。



「…姉様…」
 そっと、華蘭はルキの腕を取る。今宵、生まれたばかりの…左の腕。労しく、静々と撫で摩ると。…優しい笑みを返された。雛もまた、精一杯に微笑み見上げる。
(姉様は…もう、自由…)
 最早、幼き傾城がため、翼折るまで闘わずとも済む。刻限付きとは言え、百年…穏やかにまどろみの時を過ごせるのだ。
(良かった…)
 その幸いに比べれば。自身を苛む不穏の熱なぞ如何ほどの事でも無い…
 ふらふらと、天地も判らぬよに歩きつつ。

 雛は。
 幸福に包まれていた…

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(C)獅子牙龍児
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