円卓なやつら (2)


「ねえ、どうしましょう?」
 ヴィヴィアンが再度問う。仕事は喉から手が出る程欲しい所だが、やはりと言うか困窮の村の報酬額は少なめで。さらには問題の黒妖犬と野犬の規模が破格も破格、妖犬が複数いてしかも魔法のレベルがかなり高いのだと言う。数が格別多いのを良い事に、複数グループに分かれて村を各方面から時間差で攻撃するなど戦略的にも高度な連中だ。…要するに、割に合わない。
 それに。もう一つ…
「嫌よねえ、こう言うの…『人間の身勝手で増えた外来種の駆除』って、何か素に返っちゃうじゃない」
 一応、ここはヴァーチャルなファンタジー世界なのだ。皆、日常の何かを捨ててここに来ている。けどやっぱり俺達は日常のしがらみの中で生きてきた人間で、何かの拍子に捨ててきた「モノ」をこちら側まで引っぱって来てしまう。ヴィヴィアンの怒りは何も無粋な依頼をして来た依頼主に向けられたものではなく、この夢の世界にそんな無粋な依頼をさせる羽目に追い込ませた無数の人間に向かっている。依頼を受ける受けないは別として、その思いは、俺達全員同じだった。
 だが。
「何かねえ、あれみたいでなくって、ほらブラックバスのリリース」
 …多分、ヴィヴィアンとしては黒妖犬のブラックと掛けた洒落だったんだと思う。が。何処に言ってもこれは宗教並にセンシティヴな問題で…
「何だとてめっ、バス釣りは男のロマンだろっ…」
 喰ってかからんばかりだった声の主が、そこでぴたりと止まって我に返る。
「ええと、ロマンだわよ…」
 ホホホと、冷や汗かきかき笑ってごまかすのは超セクシー露出狂で精霊使(エレメンタラー)のモリガン。皆、一様に黙ってじとりと「彼女」を見る。だってさ、今の今まで寄せて上げて超ミニ履いてモンローウォークまでしていた奴がさ、いきなり、だぜ?
「モリちゃん、きしょーい!…急に素に返んないで」
 案の定、抗議が出た。吟遊詩人(バード)のトリスタン、ちなみにゲーム中では「男」である。ま、種族がエルフで職業も職業なだけにモリガンほど「きしょい」感じはしないが、結構言ってる自分が一番素に戻っている。
「第一、モリちゃんバス党だなんてオレ初めて聞いたな!何で後から殴り込んだバスの肩持つんだよ!」
 どちらかと言えばムードメーカーなトリスタンが珍しく声を荒げた。
(やばい!)
 俺は咄嗟に止めようとしたんだが…

「ちょっとォ、あんた!ブラックバスの駆除運動なんかに賛成なワケ?頭スカポンタンなんじゃないのッ!」
 ずかずかとモリガン、大股で近づきながら得意のオネエ言葉全開でまくしたてる。いつもの口調が戻った辺り、先刻の激高は脱した様だが、言葉のイントネーションにいつもの気合い(笑)が感じられない。…怒ってンな、こりゃ。
 その勢いにトリスタンもたじたじとはなるが、元々気の強い奴だから…
「あ、当り前だろ!モリちゃんこそ鮎なんかがもりもり食べられて可愛そうだと思わないのかよ!」
「鮎なんてどうでもイイわよ!バスはね、こう…食い付きがね、ンン〜ン♪最高なのよん!」
「じゃ、何でリリースするのさ」
「だってそれこそ可愛そうじゃあなァい?鮎なんて昔から日本人食べてたじゃないのよォ?」
「じゃ、バスだって食えばいいじゃん、食用魚だよ」
「う…(ギクッ)」
「バスって元々食糧難の時に輸入されたんだよ?すぐ大きくなるからすぐ食えるって。メリケン産なだけにフライにすると旨いんだよ」
「…ええとね、釣りの醍醐味って言うのは…」
「釣り○三平の時代は皆食ってたじゃん!釣りは食ってナンボ!食うため以外に殺さないってのが礼儀だろ!」
「だ、だから殺さないでリリース…」
「リリースは生殺し!口の中に針が刺さって餌食えなくなって飢え死にしちゃうの!それでも平気なのは面の皮の厚いブラバス位って訳!」
 一気に畳み掛けられてモリガンたちまち劣勢。元々トリスタンは吟遊詩人なだけに耳学問力が凄まじい。釣りなんて趣味じゃない筈だが、TV辺りで知識を仕入れて、バッチなタイミングで使って来る。
 …もっとも、モリガンだってそこで黙っちゃその名が泣く。
「あんたねェ!何処ぞの非国民新聞の回し者なワケ〜?鮎なんてバスがいようがいまいがどうせ『清流』にしか住めない魚なんでしょ?もうどーせ絶滅するに決まってるじゃなァい?」
「な!『どーせ』って何だよ『どーせ』って!」
「あァら、言葉通りだわよォ、第一何で鮎が善玉、バスが悪玉って決めつけるワケ?バスはちゃあんと釣り人にエンターテイメントを提供してくれてるじゃなァい〜?」
「エンターテイメントって…娯楽の問題じゃなくてさ、環境問題なんだよこれは!」
「あァ〜ら、鮎だって楽しみで取ってたから減ったんじゃなァい?高級魚なのよねェ、鮎食べなくても死なない金持ちがジャンジャン取るから減っちゃって…それで見なくなった美人の鮎が恋しくて、またぞろ保護なんて言い出してるのよネー!」
「え、ええと、そうじゃなくて!鮎は元々川にいたんだよ?優先されて当然じゃん!」
「そォ〜お〜?あんた知ってるゥ?日本の在来の果物ってねェ、元々柿位だったって話よォ」
「えー!!そうなの?」
「そ!あんた、日本から柿以外の果物消えちゃっても生きて行ける?ねえ、どおなのよォ?」
「あ…」

 ああ、丸め込まれてる丸め込まれてる!海千山千に丸め込まれてるッ!…俺としては仮にも科学の一端を担う見地から、ブラックバス問題ではリリース反対だ。モリガンはああ言うが、ナッちゃったものは仕方ないとしても在来種は可能な限り保護すべきだと思う。在来種は単に貴重な生物と言うだけでなく、土地の性質にも結局一番合致しているからだ。外来種は天敵の無いせいで一時爆発的に増えるが結局駄目になる事が多い。一時期日本列島を覆い尽くしたセイタカアワダチソウだって、今はとんと見なくなった。元々連中の跋扈の原因が、連中の出す毒素で他の植物が死滅させられたためなんだが、皮肉な事に自分達が増え過ぎたせいで自分達の毒素にお互いやられて共倒れになってしまったらしい。こんな風にさ、外来種ってのはさんざ生態系を荒して自分も死んで、ただ後に死の砂漠残すだけなのさ。
 ついで言うとセイタカ〜を初めとして西洋からやってきた植物は、大概アルカリ土壌に適応していて、最近コンクリ建築が増えて日本の土地があちこちアルカリ化したもんで余計にのさばり出したって噂だ。けど、皮肉な話で最近話題の酸性雨、あれのせいでまた土壌が酸性になって外来種は苦しくなって来たらしい。日本の土地は火山性土壌が多くて在来種は本来酸性にこそ馴染むらしいが、どっちかって言えば世間は「PH(ぺーはー)2の酸性雨」なんて言うデータだけに踊らされて土壌改善と称してあちこちに石灰撒きなんかしているが、本当の所どうなんだろな。そりゃ酸性雨も良くは無いが、問題は酸性かどうかよりも含まれる物質だろ?…てゆーか、ペーハーは「pH」って綴るのが本当なんだが。ただの略称じゃ無くてあれは単位で…ついでに、ペーハーがドイツ語だっての、一体何人が分かっているんだろう…

 俺がつらつら休むに似たりな考え事をしていたら、間の悪い事に言い合う二人とばっちり目があってしまった。
「パーシー、キミはどう思う訳?」
「そォよオ、あんたはどっちの味方なのォ?」
 言葉の上では疑問形だが実の所これの意味するところは絶対の命令だ。一応、それなりの神官戦士だと言う自負はあるものの、強者揃いのこのパーティーでは俺の地位は限りなく低い。つい、保身本能が働いて、俺の意見を説得させるよりもどっち方に付くのがましか、あるいはどっちを敵に回すとより怖いか計算してしまった。
 どっちも面倒だが、まあトリスタンの方がおとなしいと言えばおとなしいし、モリガンは七代までたたられそうだし…
「パーシー!何黙ってんのさ!」
「男でしょォ?さっさと言いなさいよオ!」
 だらだら、だらだら。俺は司祭職に相応しく、冷静沈着を旨としているが、所詮俺は俺、これしきの事で首筋にぐっしょり冷たい汗をかいている。ヴァーチャルだと言うのに下世話な程、妙にリアルな仮想世界に心でそっと涙した。

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(C)獅子牙龍児
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