ねことうさぎ (2)
「Fortune World」にいる間は、ほとんどずっと盗んでる。
実際あたしは「シーフ」なんだし…
すごい勤勉だね。勤労感謝の日に表彰して貰ってもいいくらい。
…絶対、無理だけどね…
この町は悪く無い町。
…ユーザーが建てた町だったりすると、ホントの意味で人気の無い通りなんて無いし、自警団とかいるし。中には本気で「ガーディアンエンジェルズ」名乗ってたりして超ウザい。
丸見えの財布、盗っただけなのに…ブチキレて速攻リンチとか。
だってさ。
クラスリストに…「シーフ」ってあるの、知ってて来てるんでしょ?
「シーフ」って、別に宝箱開けたりトラップ探したりがメインの仕事って訳じゃ無く。本業は盗人じゃん?
パーティーのメンツ募集の板とかで、「シーフ求む」とか書いてる癖にさ…
警邏隊にとっ捕まって。挙句牢屋にぶち込まれた人間もいる。警邏隊、本来この「Fortune World」には無かった職業…どっかの馬鹿が集団ででっち上げた、ヤな連中。
奴らにとっちゃ、あたし達なんか生ゴミ同然で。裁判なんて何にも無く、ボコボコにされて財産全部没収されて、あとは牢屋へ半永久。
何度ログインしたって…牢屋の中。外には一歩も出られない。この牢屋がまた、無駄に頑強に出来てるから…まず脱走は無理で。しかも監視どころか世話は一切無し。
中途半端なバーチャルだから。別に…食事なんて出さなくてもリアルで死ぬ事無い訳だし。奴ら、何人パクったかってのだけ競ってるから、牢屋に入れたら後は野となれ山となれ。
もっと腹立つのは光の神の神聖教団。ディフォルトの神じゃなく、ユーザーが一から全部デザインしたって言うこの教団の奴らは…正義を御旗にやりたい放題。奴らが勝手に「悪」って認定したもの全部をさ、草の根掻き分けてでも探し出してメッタ斬り。奴らの教義じゃ、「ダークエルフ」とかには生存権って全然無いんだってさ…勿論、あたしら「シーフ」にも。
そこ行くと、「ガーディアン」とかのがまだマシかもね。…死ぬ程ウザいけど。
いちお、本家みたいに武器の携帯は無しって話。それにマジな「ガーディアン」じゃ無いし…これって重要。
「Fortune World」は。リアルとの完全隔絶、完全匿名が絶対優先だから。リアルでの組織引きずるのは公かどーかを問わずに全部軒並み御法度。リアルの団体と連絡取り合うのも全部ダメ。
それがさ、そのルール…オフィシャルで禁止してるのは勿論だけど、大企業で自分で動くの大儀だからさ、公式に摘発ってのはあんまり無くて。なのに…裏じゃ「ゲシュタポ」って陰口叩かれてる、ヤな戦闘的ボランティア軍団がさ、違反者見つけ次第殺っちゃうの。そりゃここってバーチャルだけど…無駄にリアルなこの世界、痛みとかちゃんとあるのにお構い無く。ショックで死んだ人間いるって噂…案外嘘じゃ無いかもね。
だから。こっちの「ガーディアン」はリアルのを真似て一部が細々とやりだしたパチモンだし。リアルの程、気合い入って無いし怖がり多いし。あんま、ヤバいトコには入ろうとしないから却ってありがたいね。
…ちょっと話がそれたけど。
だから、かなあ?
あたし。
毎日、ほとんどムキになって…盗んで盗んで盗みまくってる。
今がジングル月間、って事も関係アリだけど。
カモは道に溢れてる。
バーカ、リアルの逃避引きずってくんなよってあたし凄く思うけど。
そのあたしも…結局、馬鹿に便乗してるってわけ。
本当の所。
どっちが悪いんだろ…?
前に。例のバカ教団の抹殺リストっての、ちらっと見た事ある。
そのリストに載ってたクラス名見て…あ、って思った。
あたし。ここにいたい。
腐った嘘とエゴまみれの世界でも、ここにはリアルに無い何かがあるから。
だけどお金無い。
だから盗む。
時々…リアルでもそーしよっかなって、思う時がある。
リアルの警察、最近あんまり仕事してないみたいだし。
ま。留置所で殺される事は無いかなー、とか。
でも無理無理だって事、あたしが一番判ってる。
リアルのあたしはネコでも何でも無い。
ただののろまのうすのろの、人に自慢できる不幸も何にも無い…空気みたいな存在で。
せめてお金位欲しいなあ…って思っても自給いいバイトなんか無いから…
どっちが悪いんだろ?
盗むのと、盗ませるのと。
「…やめ、やめやめ」
頭振る。
何か、妙な事考えてたら頭痛くなって来た。
ウザい空気のせいだ、あの鬱陶しいネアカなジングルベルの大合唱が悪いんだ。
嫌だ嫌だ…早く稼ぎを数え上げて、欲しかったコスとか買えるか検討しよう…
あたしは。ただ、そう思って。
ちょっと奥まった所のさらに向こう、邪魔される心配無しの裏通りへと…足を進ませた。
「…え?」
あたしは馬鹿みたいに突っ立ってる事しか出来なかった。
この通りに来るのは結構久しぶりで、当然あたしの縄張りでも何でも無いけど、でも。
…先客がいたなんて初めてで。
あたし位の女の子が独り。
石段にゆったり腰を下ろしてた。
ちょっとうつむき加減のその子、髪は勿論巻毛の金髪で。
…勿論、ってのが我ながら唐突だけど。でも。
その場に実際居合わせたら…そう言う他、無いと思う。
服は。夢みたいな…パールホワイトのふわふわしたドレスで。
う〜ん、でもちょっと違う?むしろ深窓のお嬢様の、外出用の衣装、みたいのかな?
ドレスって言うと何だか舞踏会のイメージで。しかも気が強いとか我がままとか、そんな感じがついするけど。
その子、全然そんな事無い。
フリルとか、リボンとか、奇麗なエナメルの靴だとか。上品な…シルクっぽいストッキングとか。
頭に付けてるボンネットとか。
あたしは少女趣味じゃあ絶対無いし、むしろ馬鹿にしてた位だけど。
完璧な乙女っているんだ…って。
女の子が砂糖で出来てるっての、本当なんだって初めて知ったかも。
あたしが金縛りみたいになってる間に、その子の右手が動いて。
顔に掛かってた金髪を凄く品佳くかきあげた。
覗いたその子の顔、やっぱりとっても奇麗で。派手さなんか無いのに…青い眼が、お人形さんみたいで。
肌、ビスクドールみたいで。
完璧の上行く完璧って、ある所にはあるんだなあ…て、口ぽかんと開けて。
あ、なら手もきっと奇麗なんだろうなって、さっきの右手を眼で追うと。
ちょ、ちょっと!?
何あれ、あの、奇麗な…じゃない、奇麗はもういい!
あの、小さいけれどミスリルっぽい、きらきら光る…
白い刃は?
ふわ…
小さいのに侮れない力を秘めたそのナイフを持ったまま、細い右手がゆったりと動いて。
そして。刃を。
すっ…と。はんなり滑らせて。
パールホワイトのドレス着た、その子の膝のその上に。
薄羽みたいな…優しいハンカチが。
違う、ほんとのお嬢様しか使っちゃいけないお姫様ハンカチーフが何枚も広げてあって。
その上に。細い左手首。
混じり気の無い白に、本当の赤。
ああ、本当に。
グリム童話は真実だったんだって。心の底から思って。
「白雪姫…」
あたしは思わずつぶやいて。
あの子が。
あたしに気付いて顔を上げた。
(C)獅子牙龍児