ねことうさぎ (3)


「あの、あの!ごめんなさい…!」
 何だかとても悪い事をしてしまった気分で、それに眼の前の光景があんまり完璧夢幻だったから…それこそ借りて来たネコみたいになって。
 全然意識せずに、耳まで反省モードで垂れちゃって。ひたすら平謝り。
 なのに…

「あら、あら」

 「あら」!「あら」だよ!こんな若い子が!
 それもさ、掛け値無しの…山の手言葉、って言うの?
 すこうし高い声だけど、ちっともきんきんして無くて。程佳くおっとりしてて。
 あたし、もうわたわたしちゃって。

「あなた…白雪姫、お好き?」
「あ…あ!は、はい!好き、です!」
 かちんこちん。
 ですます調で喋ったのって、何年振りだろ?
 …小学生の一年生の時以来かなあ…
 でも。何だかつい、そう喋りたくなるから。

 けど。
 その子は柔らかく微笑んで。
 ついでにぴょこ!っと、耳まで動かした。

 …耳!?

「あ…あ…」
 もう完全パニック状態。
 だってだって、その子の完璧過ぎるルックの中で…
 マンガみたいなウサ耳が、ぴょこぴょこぴょこぴょこ動いてるんだもん!

 その子。
 ついにころころ笑い出した。


「わたくし、ここではただの一介の娘ですの。この通りに…ね」
「は、はあ…」
 もう間抜けな声しか、全然出ない。
 あたしの脳が無意味に仕事して、あれは「キューティーバニーイヤー」って言う、ジョーク系アイテムだって情報拾い出してくれたけど。それが今、何の役に立つっての!
「これ、あんまり気に入ってしまって…お店の方は似合わないからと止めて下さいましたけれど、諦めが付かなくて…でもとっても可愛いですもの」
「そう、ですね…」
 その子は、よっぽど気に入ってるのか、耳をさらにぴょこぴょこ動かしている。
 これさえ無ければ完璧お嬢様ルックなのに…と思いつつ。
 よくよく見ると、そのジョークアイテムすら何らマイナスにはならなくて。

 だってさ、フツーの偽お嬢様だったらさ。
 何としても取り繕おうとして…全ての欠点を隠そうとするでしょ?
 この子には、そんな焦りがちっとも無く。
 ただただ、穏やかに天真爛漫で。

 あんまり堂々と着けているものだから、すっかり衣装に馴染んでしまって。
 本当の完璧は、多少の疵なんてものともしないんだって、疵位じゃちっとも損なわれないんだって…
 むしろそのちょっとしたお茶目が。この子の神秘な位のお姫様ぶりを却って際立たせていて。

 でも。
 そこまで考えてから…
 もう一度、もう一つの「傷」にそっと眼を向けた。


 白地に…真紅。
 ぽたりぽたり。

 頭の中では一応理性とか言う奴がごちゃごちゃ言ってる、この世界じゃ血だって決して記号じゃ無いって。
 うん。それは凄く…判ってる。でも。
 ほんとにほんとに、凄く奇麗なんだもの…

「奇麗でしょう?」
 その子が。また、奇麗に微笑みを浮かべて。
 あたしは頷く事しか出来なかった。



 その子が静かに場所をずらしてくれて、あたしは図々しく隣に座り込む。
 それも…左側に。
 こんな近くで見ていても、実感無い位にとっても奇麗。
「でも…どうして?」
 幾らバーチャルだって…
「え?」
 その子はゆったりとこちらを向いた。

「だって…お洋服、汚れてしまうでしょう?」

 あたしは。思わず笑ってた。
 ある意味、あまりにも真っ当な意見で…
 それでいて、いい感じにズレてて。
 …その子のイメージそのもので。
 ウサギ耳のその女の子は。
 笑い転げるあたしを見て、不思議そうに首を傾げてた。


「家だと…叱れてしまうの」
 幾らかもう少し具体的な会話を交したら、ウサギ姫はそう言った。
 あたしは一瞬腑に落ちなくて、ちょっときょとんとしていたら。ウサ姫は今度はこう言った。
「ここしか無いの…わたくしが独りになれるのは」
 …ああ、って思った。
 そうか、そうだよね…

「でも…」
 凄く凄く奇麗だけど。
「それ、痛くない?」
「そうね、」
 ゆったりと、首を傾げる。その角度とか、ちょっとした目線とか…一体どんな英才教育したらこうなるんだろ?
「痛みが露程も無いと言っては嘘になるわねえ」
「なら…どうして」
「そうねえ…」
 ふわり、細い人さし指を頬に添え。

「絶対にね、家では出来ない事だから…かしら」

 判る様な判らない様な、でもやっぱり何だか腑に落ちる言葉。
 とにかく無垢の白地に広がって行く、すっきり真っ赤なその染みは。とても、奇麗で…

 あたしは。
 かなり長い事、その子と一緒に覗き込んでいた。



 最近「Fortune World」に来るのが凄く楽しみ。
 いつも通りに稼いだ後は、さっさと切り上げて…例の静かな通りへすぐ向かって。
 駆けて行くとウサ姫が必ずにっこり笑って待っててくれて。
 何話すでも無いけど…何となく、一緒にずっと座ってる。

「お仕事、だいじょうぶ?」
「うん?この町はホラ、色々と好い加減だし」
 面倒事がゼロって訳じゃあ無いけれど、今までいたあちこちよりよっぽどマシ。
「でも…近々、神聖教団の方々がここにもいらっしゃるのでしょう?」
「え…?」
 あたしは思わずその子をまじまじと見た。

 その話は確かに聞いた事がある。奴らが大挙してガサ入れに来るって…
 でも。それって、あたしらみたいな裏の人間とか、よっぽどの通しか知らないのに…

「何か?」
 ふうわり、ウサ姫がにっこり笑う。ウサギの耳の、白雪姫がにっこり笑う。
「あ…ううん」
 何だろう、この子って何処までも完璧にお姫様だから。
 ただの笑顔だって、物凄くチカラがある。
 あたしはただ、眼をぱちくり。

 そして。
 その子…さらに楽しそうに朗らかに笑って…
 まるで何かのついでの様に、小さなバスケットの中から可愛らしい…パールホワイトのポーチを取り出して。
 あたしに向かって、差し出した。

「え?え、え?」
「受け取って下さいな」
「え…ええと…?」
 何だかペース、乗せられて。思わず両手出して受け取って。
 それで。そのポーチ…結構重いのに気が付いて。
 あたしが驚いて顔上げると…
 ウサ姫はちょっと悪戯な顔をした。

「開けてご覧なさいな」
「う、うん…」

 恐る恐る…こんなに手が震えたの、こっちじゃひょっとして初めてかも…パールのポーチの口をそお〜っと開けて。
 中、覗き込むと…

「………!!」
 ちょ、ちょっとお!?
 あたし、もーパニクってるよ!


「ね、奇麗でしょう…わたくし、このアグライアの品が一等好き」
「き、奇麗は奇麗だけど…」
「あら」
 ウサ姫が。悲しそうな顔をして…あたしを覗き込む。
「お嫌だったかしら…」
 ぶんぶんぶん、あたしは思いっきり首を振る。
 だって、可愛いふわふわのポーチの中に…眩しい位の黄金色。

 金貨!金貨!金貨!

 …結構稼ぎの良かった日でも、ほとんどが銅貨でいいとこ銀貨止まり。
 それが…何処へ行ってもばっちり通用する、しかもレートのすっごくいい…アグライアゴールドの金貨なんて!
 眼、ぱちくり。

「あら…おめめに何か刺さったかしら?」
 凄く自然に…ウサ姫が口にして。
「あ、あたしそれ知ってる!あれでしょ、童話の…えーと、に…に…」
「新美南吉さん、ね」
「そう!」
 何だかとっても嬉しくって。あたし達は意味も無く笑ってた。


「でも…だけど」
 そりゃ、この子位のお姫様なら…とは思うけど。でもこんなに沢山…
「勿体無いよ!」
「いいのよ」
 ふわり、どんなビスクドールにも適わない、ホントにホントの奇麗な微笑み。
「だって…これ位あれば、あなたも危ない事、しないで済むでしょう…?」
「そ、そりゃあ…そうだけど」
「だったら」
 その子の奇麗過ぎる微笑みがさらに…もっともっと、おとぎ話のお姫様になって…

「ちっとも勿体無くなんて、ないでしょう?」

 あたしは何だかうまく言葉も言えなくて。ただただ、馬鹿みたいに…こくこく頷いてた。
 だって。
 金貨のずっしりした重みなんかより…ずっと。

 その、言葉。
 何かすごく。
 嬉しかった…

<<戻 進>>


>>「Fortune World」目次に戻る

(C)獅子牙龍児
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送