ねことうさぎ (4)


 バーチャルの世界ってのは、詩的に言えば叶わぬ夢の切ない発露で。
 もっとずばって言えば…
 つまりはヨクボーのはけ口。


 …ここ「Fortune World」は本当に奇妙な位の治外法権で。別名「魂の誓約書」…入会申込書類には、それなりの量のホーリツのハナシも付いて来て。バーチャル世界で見聞きした事は、オフィシャル側の特別の許可を得ない限り口外無用、ましてや何が起きても訴訟なんてしたら絶対駄目って事がビッキビキに厳しく書かれてる。
 もうオカしくなってる奴、結構いる筈なのに…新聞沙汰とかには絶対ならない。オフィシャルの圧力も凄いらしいし、何かケーサツとも裏取り引きが出来てるとか出来てないとか…あ、それともバックに「有力者」って奴?

 だから。自由、って言ったら自由なんだけど。
 でも。
 ここの自由って…
 他の人間、キョーセイするのも自由なんだよね。

 これが無軌道な自由の暴走ってヤツ?

 …その辺判ってたつもりで、でも。
 あくまで。「つもり」だっただけかも知れない。



 あたしはいつも通り路上にいた。
 …って言っても当然「たちんぼ」じゃ無く。
 あたしは昨日とおんなじ様に、ネコの尻尾を翻し…ひょいひょいひょいって、人の波を縫って行く。
 ひょいひょいひょい、ひょいひょいひょい、ついでに懐からひょいひょいひょい。
 別に普段と何も変わらず。
 だから…いつも通りに終わるんだって、あたしはそう思ってた。

 その、ぎりぎりまで…


「このアマァ!!」
「きゃあああ!?」
 あたしは素頓狂に叫びながら、地面をごろごろ転がった。そりゃ種族は「キャットウーマン」だけど…受け身は何とか取ったけど、石畳が死ぬ程痛い。
 ちょっと、何考えてんの…?って言おうとして。
 あたし。
 真っ青になる…

「貴様…光神大君の御威光を汚す、不届き者め!」
「あ…」
 時代劇ちっくのバカバカしい言葉使いも笑い飛ばす余裕なんて無い。
 揃いも揃って真っ白な鎧装束の…しかも極普通の町なかで、思いっ切り抜剣している非常識な奴ら。
 顔に浮かぶ、とんでも無くイカれた表情…

 来た…ほんとに来ちゃった…来やがった!
 例の教団の、神聖騎士団の連中だ!



 町に元々住んでいる、別に信者でも何でも無い…ごくフツーのノンポリ教徒が。ぎょっとした顔で慌てて道を譲ってく。それをまた、たいそう神聖であらせられる騎士様連中が…当然の様に意気揚々、天狗の鼻を高くして。
 あたしはがっちり両腕を掴まれて、中世の罪人よろしく連行されちゃっていた。

 ああ、本気で情けない。
 しかも…これ以上、面が割れたら商売あがったり。
 こっちにゃ失業保険も無いってのに!

 …と、思っていたら。
 流石は泥棒にもちゃんと専用の神様のいる「Fortune World」!あたしは幾らも行かない内に、一つの屋敷へと入れられた。

 勿論、それで済むとは思ってなかったけど。
 …本気で、全然済まなかった…


「さあ吐け!」
 …刑事ドラマじゃ無いんだから。
 にわか尋問役の騎士が机をドン!と叩く。
 …カツ丼くらい出せ。
「貴様がギルドの構成要員である事は明白なのだ!さっさと白状しろ!」
 知るか、バーカって言ってやりたいけどそれは我慢。こいつら、キレると訳判ん無いからね。
「ですからぁ、何度も申しました通りぃ、あたしはぁ、フリーなんですぅ」
 何かやるだけ虚しいケド、一応点数稼ぎに甘ったるい声だして見る。
「そんは戯れ言があるか!」
 ドン!…あーあ、全く…
「こちらには証拠が揃っているのだ!」
 …はいはいはい。違う意味で精神、消耗するね…
「貴様はコソ泥だ!盗人は皆、盗賊ギルドに属している!だから貴様はギルドの構成要員だ!」
「でもぉ、あたしがナニかしたって所ぉ、見たんですかぁ?」
「そんな必要は無い!」
 …あっそ、見て無いんだ。

「だが貴様は間違い無く盗人だ!仮にも光神大君を奉じる者が…この様に穢らわしい装束を身に纏うのか!」
「「「いいえ、絶対にありえません!」」」
「そして、善良なる民の歩む…清浄なる道をいけしゃあしゃあと土足で汚すだろうか!」
「「「それは、許されざる事です!!」」」
 尋問役の、リーダーらしき奴がほざくたんびに。子分達がいちいち合唱する。
 何だよ、この変なシューキョーみたいな尋問はさあ?
 ま、実際…超変なシューキョーだよね。


 あたしもこの町長いけど、案外建物の中にはそんなに入らないから…自信は無いけど。ここらじゃ、内装は結構バリエ色々あったと思う。何処からテクスチャDLするのか…凄く凝ってる織物みたいな壁なんかもあって、住んでる人間のセンスの良さも悪さもバッチリ判る仕組みになってた筈。
 それが…

 この部屋、何?

 白、白、白…
 何処も彼処も白ばっか。
 白にも色々あるけれど、ここにあるのは超最低。
 だってさ。暖かみもキュートさも、とにかく何にも無い…すっごく頭の悪い白。
 馬鹿?
 もう部屋中…偏執狂の白ばっか。

 御丁寧にも。騎士サマ連中も白装束。

 そう思ってげんなりしてたら…

「光神大君は我らに白を与え賜うた!」
「「「白を与え賜うた!」」」
「白は何を我らに語る?」
「「「白は語る、この世の清浄を!」」」

 突然また始まる、例の儀式。
 あたし。何だか本気で寒くなって来る…
 悪い夢だよ、これ。
 覚めない夢…

「黒は…何の色だ!」
「「「闇の色、悪の色、よこしまの色…そして罪の色!!」」」

 つまり。
 あたしは黒を着てるってだけで。
 …それだけで断罪されたって訳…

 …馬鹿だ、こいつら救い様の無い馬鹿だ…そう思っても。
 こいつらはヤバい方向にヒートアップしてて。
 対するあたしは、一介の「シーフ」で。
 どーすりゃいいの!?

 あたし。
 本気で泣きたい…

 悪趣味に白に塗り変えられた、尋問テーブルに突っ伏した時。
 あたしは。
 違う白を思い出した。

 あの子に貰った、パールホワイトの可愛いポーチ。
 そして。
 その、中身…!


「あの、あの騎士様騎士様!」
 完全にイッちゃってるバカの意識を何とかこっちに向けるため、あたしは声を張り上げる。
 もう声作る余裕も無い程叫びに叫んで、漸く…不承不承、ってカンジで…バカ連中がこっちを向く。
「…何の用だ!」
 今、イイ所だったのに…と言わんばかりの不満顔。それでもあたしはとにかく必死で、こいつがこっちを向いてる間に…と。早口で素早く喋る。
「どうか騎士様!あたし、懺悔の用意、あるんです!」
「………はあ?」
 どうやらこの馬鹿騎士の台本には。あたしのこんな台詞…全然入って無かったみたいで。完全に動転してる…
 しめしめ。そーなりゃ少しはこっちのモン!

「実は、寄進の用意があるんです!」
「寄進、だと〜?貴様の様な盗人がか〜?」
「はい!」
 なるべく精一杯、飛びっ切りの笑顔を安売りする。

 寄進だって…寄進を…寄進かあ…
 さっきまでロボットみたいだった子分どもが、あたしの言葉にはっきり反応して口々に感嘆の声を漏らす。
 …勿論、リーダーにすぐ様睨まれたけど。

 でも。
 そのリーダーまで…妙に黙り込んで顎の辺りを頻りに揉んでいて…
 これはラッキー、脈あるよ!

「本当…なのか?」
「はぁい…それにぃ、アグライアゴールドですぅ〜!」
「なっ!!」
 馬鹿で頑固で鉄面皮のリーダーが。
 椅子を倒して立ち上がった。

「ほ、ほ、本当なのか貴様!」
「そぉですぅ〜♪」
「ほ…本当に!アグライアゴールドを俺…いや!教団に、か!?」
「はぁい」

 狂信者が服来て歩いてるみたいだったその顔が。喜色にどんどん塗り変えられて行く…
 良かった、こいつがまだまだ「理性」を残してて。

 それでも…こんな奴らが触っていいものじゃ絶対無いけど。
 …本当は。ずっと大事に持っておきたかったのに…

 でもあたしは知っている。
 何かと無駄に規律の厳しい神聖騎士団では、それぞれの団員に支給される額がみじめな位に少なくて。しかも、教団に無断で稼ぐ事も許されてなくて。さらにその上、教団に儲けの上前はねられて。
 その上…基本的に、教団への上納金は。この世界でもっとも価値が高く変動の無い…最高級のアグライアゴールドの金貨に限るって規定まであるんだ。
 だから。
 こいつら…喉から手が出る位に、アグライア金貨を欲しがってるんだ。


 現物見せたら、連中眼が完全に垂れまくってた。
 全額寄進しますぅ、と殊勝げに言ったら。…別人みたいに機嫌が良くなって…
 あたしは無事、放免された。


 あの子のくれた、あの奇麗な金貨は無くなったけど。
 パールホワイトのポーチはそのままだし…

 ありがとう、あたしは心の底からそう思った。

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(C)獅子牙龍児
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