ぼうけんのかえりみち (3)


「…やっぱりな」
 戦士が端末(ウエアラブル)を操作すると少女の周囲に半透明な四角が幾つも現われる。少女の属性値や状況など、細かな数値がびっしり書き込まれている。個々人の情報の中でも職業やレベル、ログオン状況などは原則誰でもアクセス出来るが、いつもキャラクターの周囲に属性ウインドウが表示されるのも目障りなので、ディフォルトでは他人からは見えない様になっており、いちいち操作が必要なのだ。
 そのウインドウの一つが、何よりも重大な事実…少女がNPCでは無くれっきとしたプレイヤーキャラクターである事、しかもいまだログオン状態である事を告げている。そもそも、ヴァーチャルとは言えゲームの御都合主義として、半ば腐乱しかけた死体を長く放置する事自体が異常である。死亡したら強制ログアウトとなり、痕跡が残る位で野獣が群がる様な物は何も残らない筈なのだ。
 無論、一般的には単なるバグだとか、あるいはログオフ時にイレギュラーが起きたか不正な方法で抜けたか何かして、操作者自体はリアルに戻っているのにデータのみ留まってしまった事も考えられる。
 だが。
「HP、マイナスで三桁ブッ超えてるッスね…」
「またかよ…」

 一時に限界を超えるダメージを受けたり、疲労が極端であったり、また値ゼロに成れば当然働く筈の強制ログアウト。プレイヤーを仮想とは言え過大な負荷から守るリミッターでもあるこの機能、何かの理由でHPがマイナス値になると今度は全く働かず…それどころか、全くログアウト不能となる致命的なバグが存在するのだ。発見が比較的最近とは言え、会社側には再三クレームが届いている筈だが、全く改善される様子も見えず、そればかりか恐ろしく隠蔽されている。被害者が少なくないのに誰も警察に届け出ないのも奇妙と言えば実に奇妙。ログオフ不能となれば、操作者は延々と不自然な眠りについたまま、目覚めぬと言うのに。
 TR社は。極端なまでの匿名性の保護を盾にして、常にとんでもない秘密主義を貫いている。妙な法律事を持ち込むとファンタジーの夢が壊れる…なぞと弁解して。
 だが既に無数の人間が、重症の「Fortune World」依存症患者と化した現在。TR社への過剰な攻撃が「Fortune World」そのものの消滅に繋がる事を恐れて、告発の声は決して大きくならないのだ。
 御陰で、現在この裏テクを使った悪事が横行しているのである。

「やっぱ連絡先隠してるぜ…」
「じゃ、パーティーの方見てみるか」
 プレイヤーは各々メールのアドレスを持つ。大体、ヴァーチャル世界では人類皆住所不定であるからこれ以上便利な連絡法は無い。リアルのアドレスとは全く関連が無く、ログオン権限のある人間以外全くアクセス不可と言う設定も良い。ただ、結局ヴァーチャルでも現実さながらの犯罪が幾つも起きているため、特に女性プレイヤーは通常アドレス非公開である。
 それでも例えば仕事の依頼を受ける際、アドレス無しではわざわざ出向いて交渉すると言うヴァーチャルのうまみゼロの事態となり何とも不便。そのため他のメンバーとパーティーを組んで公式に登録し、仕事はパーティーの共通アドレス、プライベートは個人アドレスと使い分ける事が最近普通になっていた。
「ええと、パーティー名は……『リリカル☆チューリップ』…」
「うっわ、ちょっと引く…で、アドレスは?」
「…ああ、悪い。ちょっと待て…お!ある、今もアクティブだ」
「他のメンバーは?今は落ちてると思うけど、最終アクセスは何時?」
 まだ少し声が震えているが、異装士の少年も端末を覗き込んで来た。
「おっと、それは…」
 データを読み取った戦士の顔が険しくなる。
「…三週間前だとよ」
「マジかよ!」
「そんな!」


 情報を総合して見る。パーティーのメンバーは今から三週間前、この世界にログインした。少女以外のメンバーの細かな行動は非公開だが、現在パーティー内でログオン状態であるのは1名との表示だから他はともかくログオフ出来たらしい。ただ、その後、誰もログオンした形跡が無い。遡って過去のログを見る限りではほぼ毎日ログオンしていたと言うのに、そうで無くとも仲間が異常状態である事は分かる筈なのに。
 …似た状況は既に何度も見てしまっている。
「やっぱり…」
「二度と戻りたく無いって事だな…」
 …少女の衣類は…それは、野犬以外の獣(けだもの)の仕業。

 少年の瞳から涙が流れる。そのまま、半ば無意識の動作で自分のマントを脱ごうとした。少女にせめてかけようと言うのだ。
「おっとタンマ、」
 魔法士が制して自分の物をかけてやる。格別大きな布に隠されて、幾分衝撃の印象は弱まったが、無論根本解決にはならない。戦士が少女の左手を探り、防具にカモフラージュされた端末を探し出す。自分の端末から伸ばしたコードで二つの機械をリンクした。
「…何とかなりそうだな。このコ、LV3だ」
「LV3、か」
「…もっと低けりゃなあ…」
 つぶやきながら、自分の端末を通して向こうの端末を操作。これも半ば裏技だが、端末と端末を直接リンクさせれば情報の交換が出来る他、レベルの高い側が低い側をある程度操作出来るのだ。操作系が多少カスタマイズされていたが、全くお手上げと言う程でもない。レベルから言って当然だが、比較的初心者らしくセキュリティが甘かった事も手伝って、5分ばかりの格闘でログアウト画面を呼び出せた。
「よし、アウト…と」
 痛ましい少女の姿がふっと揺らぎ消えた…漸く、帰る事が出来たのだ。


「な?元気だせよ、ファントムも頑張ったんだし」
「うん…」
「一応、三ヶ月のケースも何とか社会復帰したって話だし、何とかはなるさ」
 今だに辛そうな少年を気遣い、肩を優しく叩いてやる。が。
「あ!おいTAKE!」
「へ?」
「へじゃねーよ!見ろよファントムのこの傷!」
「あ…別に大した事無いから…」
「大した事だろうが!お前な、普段余裕かましてる癖に、どーしてそうキレ易いんだよ!」
「るせーな、お前にだけは言われたかねーって!」
 売り言葉に買い言葉、おろおろする少年を他所にたちまち始まるマジタイマン。だが、二人にしても子どもでは無く、じきに最優占事項に気が付いた。
「やべ!傷だ傷、ホラ治せや早く」
「おっと…」
 MPが足りなかったのと少年の傷がなかなかの深手だったために治癒用の呪文札で治療する。異装状態では元々回復力も上がっているので札一枚で事は済んだ。
「あの、ローダンも…」
「ああ?俺は平気さ、鍛えてるからな!」
「け、さっきはブーブー文句垂れてた癖によ…」
「もう、また喧嘩するんだから…」
 と、戦士の端末のアラームが鳴り出した。
「げ!もう6時間経ったのかよ…」
「はー、経験値は稼げたけどよ、もうこりごりだぜ」
「ほんと、野犬も増えちゃったもんだよね」
 ここではログイン権限のある者で、プログラミングの心得とちょっとした裏情報に通じていれば、簡単にモンスター等のデータをUP、即ちヴァーチャル世界へ送り込めるのだ。野犬は弱くてまさに噛ませ犬、経験値稼ぎにもってこいとばかり一時期盛んにUPされたのだ。そのため数が増えすぎて、現在不正UPは以前より厳しく監視されてはいるが実際はいたちごっこ。…何処かで聞いた様な話だ。
「どうする?俺らは一応町で回復してから落ちるが…」
「う〜ん、僕は買い物したいし…もう暫くいるよ」
「そっか、まあ取り合えず町まで一緒だな」
 話しながら歩く内、巨大な岩の群れを抜け、開けた場所に辿り付く。
「あ…」
「お!」
 明るい場に出て、二人の若者が同時に声を上げた。
「ど、どうしたの二人とも?」
 いきなり注目を浴びて、眼をぱちくり。
「いやな、似合ってるなって思って」
「すっげー可愛いな♪」
「え…」
 はっとして眼を降ろす。マントは、先ほど少女にかけようと脱いで手に持ったまま、そして。
 …淡い忘れな草色の清楚なドレス。つまり、異装のままだったのだ。
「似合う」
「可愛い」
 復唱しながらにやにや笑い続ける二人にファントムの頬が朱に染まる。
「馬鹿…」
 ぷうと頬を膨らまし、口を尖らして。上目使いに大きな瞳で睨まれて。
(やっぱり…)
 流石に口にするのは控えたが、二人は先程の印象を強くした。

 そんな、いつもの夕暮れ時…


Fin.


後記:
 大分昔に書いた、バーチャルオンラインゲームの習作であります…
 しかし書いた本人はオンライゲームはおろかRPG経験も限りなくゼロに近いと言う問題作(死)

 いや元々真面目に書いてたファンタジーの設定に行き詰まった時に遊びでして。マジなファンタジーではなるべくおとぎ話ちっくな「魔法」を目標としているのですが、ゲーム的な魔法の応酬ってのもヤってみたく。
 あと。マジメ系ファンタジーでは絶対ありえねークラスを創出してくて…ええ、作中に出て来たアレです(爆)以前にも似たよーな設定はデジャブですが、ソレがメインなクラスってのは稀少かと思うのですが。あー、でも最近の萌えゲーはスゲーからあったりしてな!

 それにしても他所で出て来た設定流用しまくりですな。そしてオノレに正直に書いてしまった…と、ちょっぴし後悔。

 あ。それから獅子牙龍児の別ハンドル御存じの皆様(^^;)へ。
 某サイト連載中の某シリーズ、一部設定流用ですが基本的に別モノと考えて戴ければ幸いです。
 某サイトの方のバーチャゲーにはヤバ系機能は付いてません(爆)

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