砂百足


 砂漠には思わぬ生物が住む。ある物は常よりはるかに小さく、また別の物は恐ろしく大きい。砂百足もまた、湿気を好む小さな先祖とは似ても似つかぬ巨体の持ち主、顎は人間なぞ一噛みで砕いてしまう。しかし身体の大きさを頼んでか、毒は意外な程弱いのだ。同じ砂漠にすまう巨蠍の類が、なりに合わせて毒も増すのとは対称的である。第一ミケーラの言う東方の百足と異なり、毒を吐き出す事はまずありえない。…詰まる所、二尋の百足より余程御し易い敵であるのだ。
 もっとも下心あるルディスが己に不都合な話を曝露する筈も無く、ミケーラの不安は増すばかり、遂には死ぬなら自分もと、退治に同行まで申し出たのである。

「この通りです!戦の仕方も学んでおります!及ばずながら、助太刀を致します故…」

 事実、試しにルディスが剣の稽古を付けた所、このか細い菫草の力量がまずまずである事が魔術師達にも見て取れた。無論年若き女性(にょしょう)である故、欠点ならば幾らでも、フェイントには容易くかかり、重い剣撃は受け止め切れず、捨て身の踏み込みには相手に隙があっても迫力負けしてしまうと言う次第。とは言え反りの少ない新月刀とも変わった細剣とも見える不可思議な刃から放たれる技の数々、素早い身のこなし、なるほど女の一人身で大陸を渡り歩いただけの事はある。結局の所、驕慢の戦士がその一途さをむしろ面白がり、連れて行く事に相成った。


 実の所、対決は思ったより早く始まった。
 偵察の積もりで前に人々が襲われた付近を探索した所、突然ミケーラが恐慌を来す。
「百足の…百足の足音がします!」
 何も聞こえぬ、気のせいだとルディスが笑い飛ばしたまさにその時、巨大な顎が砂より飛び出たのである。巨体の右側、脚が奇妙にただれて動かぬ部分も見受けられるが、身体は概ね充実している。
 まずは仕切直しと大きく後に下がり…後方は砂漠ならでまだ草も生える土地であった…魔術師と神官は怯える娘を抱えてさらに退く。
「ルディス様!ルディス様!!」
「落ち着きなさい!」
「おい!早く援護しろ!」
 娘を必死で宥める魔術師に、無情な男の叱咤が飛ぶ。仕方無しに急ぎ防護の魔法と剣の威力を高める呪文を唱え、休む間もなく砂百足の頭部目がけて火の玉をぶつける。途端に砂百足、奇妙な鳴き声立てて悶え苦しむ。そこへルディスの大剣が唸りを上げる。
 ボキリ。脚が一本、見事に根元より切り落とされ、遅れて体液瀧の様に噴き出した。娘が快哉を叫んだ、その時…長大な尾が男を襲う。
 娘の金切り声。高く宙舞う戦士の姿。砂地へ頭から落下する事ばかりは魔術師の咄嗟の術で免れたが、流石のルディスも衝撃に暫く動けない。長虫の気を逸らそうと魔術師が盛んに魔法で攻撃する。
 すぐ横で、神官も祈りの体勢に入った。魔術師の呪文ともまた異なる不思議の言語が唱えられ、両手が独特の印を組む。刹那の集中あり…かっと目を見開き掌中に生じた光球を苦悶の戦士へとぶつける。昼の日差しの下にも明るい光弾が眩しい尾を引き空中を飛び、男の身体が閃光に包まれた。
「遅い!」
 恩人のパエトンに罵声を投げつつ戦士が走り出し、再び百足に重い剣撃を振り降ろす。魔術師が矢継早に放った魔法が功を奏し、長虫の動きが目立って遅くなって来た。男の一振り一振りもより確実に蟲を切り刻み始め、神官の放つ光の矢もまた雨霰と降り注ぐ。
 もはや決着は着いた。程無くして、狂暴なる大百足はずたずたの身体を砂上にどさりと横たえた。

「ルディス様〜!」
 涙すら流しながら…たおやかな娘が戦士に駆け寄る。おぞましき大百足の体液に汚れた体躯を構わずに、ひっしとすがりつく菫草…
 そのまま、よよと泣き崩れる細きか弱き娘の姿に。若者達は苦い思いを味わっていた。

 …あれ程に清らかな乙女が何故…

「行くぞ。…また、骨が砕かれる程殴られるぞ」
 常よりさらに生気の抜けた暗い声、魔術師が若き神官をそっと促す。
「殴られるなど!そんな痛みには屈しません!」
「判っているさ…だが声が高い、そして奴は忠告聞かぬ癖に地獄耳」
「だからと言って!貴方は平気なのですか!こんな理不尽を見過ごすなど…」
「お前も少しは処世術を覚えた方が良いさ」
「処世術!ヴィルヘルム殿では…」
 …あるまいし。そう叫びかけた己に気付いてパエトン蒼く口つぐむ。
 だが。諦観の魔術師は侘しく笑っただけだった。
「構わんさ。悪い手本には違い無いが…」
 ほんのわずか。慣れた者にしか見えぬ程に眉寄せ…遠景の優しき娘を眺めやる。

「相手が、悪過ぎるのだ…」

 若き神官もまた。唇噛み締め頷き返す。

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(C)獅子牙龍児
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