傾城傾国  (5)


 ―でも姉様…早く帰って来てね。
 昨日も、ルキの留守に里の青年の一人に頼み込み、花見の宴に出かけてしまった。…ルキは殊の外、夜の宴に難色を示す。どうやら酒の強いのが理由らしい。昼間の宴でも、酌をするのは固く禁じられた。理由はよく解らない。とりあえず、昼の花を愛でる宴なら、そう悪いことはなかろう…と思ったが。
 聞くと見るとは大違い。恐ろしいほどの乱痴気騒ぎ。いつのまにか連れの鳳凰と離されて、酔った男達に囲まれた。舞いを求められるでなく、何やら喚き散らされ途方に暮れ…
 ばさり!
 飛来したは武人の鳳凰。驚くものども一喝し、華蘭に向き直ると一言もなく抱き上げ、里に連れ帰った。
 ―確かにあのとき、怖かったけど。
 不快な騒ぎに少々寒気も覚えたが、別段命の危機でもなく。
 ―それを言うなら、ルキ姉様こそ怪我ばかりでしょ。
 思わず口答えしてしまった。
 …あれから、仲直りしないまま、また、討伐の命。今度はさほど長くはないとのことだが、悔やみつつ独り待つ間は辛い。それに。
 ―今日は何だか、胸騒ぎがする…

 ぽつん。夕闇染まれり暗き空に光一点。ぐんぐんと径を増す。
「姉様だ!姉様あー!」
 駆け出す華蘭。気が付いて里の者たちも追う。
 光は翼となり人型となり、迫り来る。が。
「長の御負傷だ!場を空けよ!」
 穏やかなる良元の、常ならぬ叫び。
 ―え!
 見れば鳴呼おいたわしや、麗しのルキ、顔と言わん胸と言わん血まみれの体(てい)。のみならず片翼さえも折れて曲がれり。良元に支えられ、やっとの飛翔の様子。
「長!これは一体!なんと御羽も…!」
「ルキ様!まあなんて傷、ああどういたしましょう…」
「静まれ!まずは薬師を呼ぶが先決、孔雀国に伝令、大蛇数匹に噛まれ申したゆえ毒消しを所望と!」
「は、畏まりました!」
「良元殿、迦楼羅国へは…」
「すでに瑠達(ルーダ)らを向かわせた!長の床を延べる、手を貸せ!」
 おっとりと暮らし、真昼の行灯にも擬せらるる良元だが、火急の折りには人が変ずる。凶事に慣れず戸惑う鳳と凰らを叱咤しつつ、簡にして要を得た指示を飛ばす。名弓使わぬ間には緩めこそすれ、張れば百里に矢を飛ばせり。さればこそ、天下の武人が側近、軍師が勤まろう。自ら進みて主を運べり。

 華蘭は、薄暮の下に立ち尽くしていた。
 眼の前の嵐の様な出来事。姉様。酷い怪我。眼を開けていない。血。怒号。良元兄様?ああ兄様叫んでる。姉様は…
 悪夢。…かつてはルキは常勝将軍とも呼ばれ、百戦無敗を誇っていた。相手が魔獣であれ魔族であれ、ルキの手に掛れば赤子も同然、一人で百を討つも珍しくない。ひきかえて鳳凰の族は、心優しき手弱女ぶり、血を恐れ傷を厭い武人の戦に従うは、郎党勇で鳴らせし迦楼羅の兵のみ。それも、隠密の行多きが故か、ほんの数名が常。何分、今まで何の事もなく、無事が続いたがために、それがどれだけ危険極まることか、思いもよらぬ。
 ふら、ふら、と。幽鬼の如し歩み。蒼白のまま、傷病の凰の屋に向かう。
「こら、邪魔だ!」
 入り口で慌ただしく走り込んできた何者かに突き飛ばされ、声もなく倒れ込む。起き上がる力もなく。
「…華蘭。」
 と。声をかけられ助け起こされる。誰と思えば、よく見知った迦楼羅の娘。若いが先の討伐にも同行していた。
「瑠達(ルーダ)!あ…姉様は…」
「薬師も来た。もう大丈夫、だ。」
 言い聞かせるよう言う。
「瑠達!何をしている!血止め草を持て!」
「はい、ただいま!」
 今一度、華蘭を勇気付けるようわずかに笑むと、足早に立ち去り…
 ぱたん。
 医の間の戸、閉まれり。


 一時、二時、三時…ただ祈りながら待つ。廊下の床、何時になき冷たさ。窓からは星明り、丑三つの刻。
 ばん!
 はっと声を上げれば扉開き、中より薬師・付きの婦らどっと出でり。
「あの…」
 駆け寄りて問うても、大人(だいじん)互いに安堵の声交わすのみ、気付かず。
「あの、姉様は?ルキ姉様のご容態は?」
 小さき手で一人の袖掴む。
「え…?あっ!」
 何故か。見返りし鳳凰が娘、華蘭と判じるが否や袖払い。…そそくさと去れり。
 皆人消えて…
 震える雛鳥、勇を振るいて自ら戸を開けぬ。

「兄様…瑠達…」
 良元は床にへたり込んでいた。先には気付かなかったが、怪我を負っていたようで白の包を数ヵ所に巻いていた。…胸元が激しく上下し、額に汗。瞼をきつく閉じて天を仰ぎ、疲労の色、濃い。
 瑠達もやはり肩に白い布。床の毛布を整えていた。床…ルキ、眼(まなこ)閉じて横たわれり。
「姉様!」
「お休みなだけだ。」
 瑠達が優しく答える。
「ほら。」
 雛の震える手、掴むと眠れる鳳凰が顔に導く。
「息もまともだ、」
 次に首もと。
「脈もしっかりしている。な?」
「よかった…」
 ふらり。
「わ!」
 慌てて迦楼羅抱きとめる。…幼子に寝ずの番は無茶というもの。
「華蘭、もう寝たほうがいいぞ。」
「うん…でも…」
「瑠達…」
 満身創痍の良元、ようよう開口。
「すまないが…今夜は華蘭に添い寝してくれ。ルキ様は…俺が看よう。」
「しかし!良元様、そのお傷…」
「いい…俺はいいんだ。それより、華蘭を…頼む。」
「…はい。」
 何か合点がいったようだ。すぐ雛を抱き上げ、歩きだす。
「瑠達!私は姉様の側に…!」
「ここはお任せしよう。」
 少し笑み。
「それより、お前が病気にでもなったら私までどやされるぞ?」

<<戻 進>>


>>「華蘭」目次に戻る

(C)獅子牙龍児
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送