歌舞競べ  (3)


「ほう、吉祥苑の。…この上何を申す?」
「ここな舞姫は刀利天が宝、そを微罪にて斬るは愚挙暴挙…王者の道には非ず外道に候ぞ!」
「何、その方我が意を外道とな?」
「如何にも!…いや、帝釈殿が高位をはばかれば当然の事。天道の主が御自ら道外すとあらば下の下にも示しがつかぬ、いやさ獄界の鬼にも誹られんは必定!」
「ほう…」
 くつくつと、笑う所頻り。
「さてはて。さればその方、千の舞姫が咎の代価、払う支度あり…とでも?」
「それは…」
 武人も流石に言葉に窮す。
「なんと、さればその方、品物無きに商いしたると言う訳か。…成る程成る程、音に聞く通り、畜生の言に真なし、とな。」
 貴人の嘲って言う悪口(あっこう)に、常にはルキが武勇を恐れし者ども、これ幸いとばかりに釣られて笑う。天の楽土にあるまじき事…その様、浅まし。
 あるいはさしもの覇王もその様にはいささか興醒めしたか。言葉が幾らか和らぎ見せる。
「…しかし、その方に我が不興晴らす出し物なんぞあらば、咎人の処置考えぬでも無いのだぞ?」
「出し物とは…」
 武勇の主もいささか緊迫。
「そうそう、いつぞやの武家舞いなかなか見事であった事よ!あれを、今ここで舞うと言うのは如何かな?」
 一座の万の眼一斉に、ルキが大将に降り注ぐ。鳳凰族が武人の長は誇り高き事著しく、晒し者となるを殊の外嫌う。
 ―ほう、これは興なる趣向!
 ―何と、かの狂女の舞いが見られるとな!
 ざわりざわり、俗な林がざわざわと。紅のおおとり、唇きっと噛む。
「のう、その方の舞い一つと千の命、なかなか安い取り引きではあるまいかな?我が情けに感謝するが良かろうよ!」
「くっ…」
 是非もあらばこそ。
「御慈悲、痛み入り候…」
 常勝の将とて、ただ深々と拝するより他なかった。


 ずしり、目方の大刀。あの時と同じ、あるいはそれ以上。白い刃をじっと睨むおおとりの、優れし耳に時ならぬ叫び。
「ルキ様ー…!」
「良元!?」
 慌てて見れば既に遅く、忠義の側近力無く、宮の強力どもに連れ去らるが様子。
「なに、長に無体をするなやら何やら、ちと煩げであったからな…そう睨むな、我が臣とて命までは取るまいよ。たかだか骨の二本や三本…」
「帝釈ッ!!」
 ごうう…かっと火焔天高く。天界随一名に恥じぬ、凄まじき怒気の嵐。その激しさに笄ほろり髪ばさり。開いた翼も衣の裾も、全て紅蓮の瑞気に包まれて、獄界の炎もかくやの苛烈の様…見物の衆、恐れて右往左往。
 そこに唯一人、涼しげに立つは帝釈が神。ルキの逆上ものとせず、却ってからから打ち笑い。
「のう、凄まじき眺めよの、同じ鳳凰でもこうまで違うとは…さて。」
 と、宮の衆が静々と、刀一振り運びくり、天帝釈に献上するに至って辺りの喧騒なお一層。
「まさか…」
「その方の相方ともなれば並の者では不足であろう…栄誉に思え!」
 きっと切っ先武人に向け。笑みの中にも王者の気迫。
「…後悔召されるな…」
 返答代わりの哄笑聞きつつ…楽士が曲も始まれり。

 だん!だん!ずだだんだん!
 ―姉様…
 やっとで拾った笄をひっしと握り締め。華の雛は生きた心地もしない。頼みの良元も何処ぞに連れ去られ、自分は知らぬ者どもに囲まれて、ルキの身すら酷く危うい。
 ずさり!
 流石は帝釈雷が主、剣技も群を抜いている。ルキが常と異なり戦支度であらぬを引いても、あの歴戦のつわものを前にして優勢一方。対する紅将軍はここそこを無惨に斬られている。…まだ、浅いものだが。
 じゅあん!じゅあん!
 銅鑼の拍子も賑やかに、天の帝が太刀振るえば、やんややんやの拍手喝采。そう、座に居合わす誰しもが、いやさ命救われし姫でさえ、おおとり大将の倒るる様を待ち望んで止まぬのだ。
 ―どうして!?姉様は天界のために戦っているのに…
 雛は知らぬ。安寧は敵ならで身内の異物をこそ嫌う。能き働きすればする程、もし刃向かわれたなら…との疑心深まり、却って滅びを願うのだ。
 そんな不吉の呪詛にも負けじと、健気の雛必死で祈る。だが…
 じょわじょわじょわじょわじょわわわん!
 帝釈が剣撃嵐の如く、さしものルキも飛び立つさえままならぬ。決死で払うも甲斐も無く…
 そして。
 斬ッ!
 遅れて…血飛沫。

 おおとりが左腕、肩より落つ。


「いやああああ!姉様あ!」
 宮仕えの犬どもが慌てて手伸ばし留めんとするが、それをするりと華の雛、一目散にルキが元へ。
「姉様姉様姉様!!」
「こら…そう寄るな、大事の衣装が血で穢れる…」
 苦しげな声、それでも笑み。華蘭堪らず泣き崩れる。
「姉様…!」
「そら、涙が…化粧(けわい)も流れるぞ…」
 息も荒く。そこへ…
「悠長な事だ、吉祥苑の。贖いの舞いの唯中で、麗しの雛と戯れるとは…」
 ずらり、白刃剣呑の光。
「さても、命が惜しからぬと見える。」
 …二羽の鳥に凶刃が…!
「暫し御猶予を!」
 帝釈が眉ぴくり。異を唱えたる者をば眼で探す。

「お待ち下さい!今日は良き日晴れの日、殺生沙汰には良からぬ日にてございます!」
 役人ばらを遮二無二引き剥がし。長と雛の元に駆け参じたるは良元が鳳。顔のあちこちが腫れ上がり、面相の吉祥鳥らしからぬ様になりぬが痛々しい。
「小煩い蝿め!この上何を申す!」
「…畏れながら申し上げます。本日の歌舞競べ、勝利者には望みのもの何なりとお授けになる、その様に承りましたが…」
「ああ、確かにそう言うた!」
「ならば…御慈悲を頼みに歎願奉ります。その褒美の前借りを戴きたく…」
 これには雷帝釈も、いささか驚嘆。
「ほほう…こやつ、面白き事を言う。華の雛の勝利間違い無く、その栄誉を今所望する、とな?」
「…左様にございまする…」
 平伏の良元にかつかと笑い。
「放免の前借りとな?これはこれは…されど。舞姫には勝てどもまだ楽士はぞろりとこの場におる…」
 ふっと、両眼糸の如く…
 ざっ!
「兄様!?」
「良元!」
 鳳凰が身体、玉の床をば転がれり。痛みにのたうつをさらに追い…
「成る程成る程褒美与うるそう言うた、だがそれな話は勝負着いて後の事ぞ!したらば申せ、もしあれなる雛がしくじり成さば如何とす?」
「それ…は…ッ…」
 白の煌めき喉元に、皮も破られ良元声も辛し。
「そら、下つ国の草々も、貸し借りには質草を用うと言う…さて。五月の蝿よ、雛の敗れし折には首なぞ差し出すと言う覚悟かな?」
「…!」
 一同、固唾飲む。…とは言え、大方の衆生、ただ珍奇な見世物見る心地にて、鳳凰が命運案ずるは少なく…
 と。
「待たれい!」
 おおとり大将動いたり。

「まずは待たれい帝釈殿!」
 ゆらり、身体の傾ぐもものとせず。無事なる腕伸ばし、己の落ちたる左腕、むんずとばかりに掴み取ると…
 がぶり。
「姉様!?」
 華蘭が悲鳴…
 ルキが大将豪の者。やにわに己の腕をば喰い出したる!
 ―ひいいいい…くわばら、くわばら…
 ―あれは吉祥鳥でのうて羅刹の鬼よ…
 震え上がる腰抜け貴人なぞ歯牙にもかけず、ばりりばりりとたちまちに肉だけならで骨まで噛り…と、見る間に。
 左肩が深手、すううと血も消え傷癒えて、その上驚き凄まじく、腕元より生えてんげり。復するは流石に腕のみにて、袖も無きに雪の白さの肌あらわ…武人らしき鍛え抜かれたる腕なれど、その清浄なる事天下の貴婦人にも勝れり。どやどやどやや、一座の者ども姦しい。
「帝釈殿、我が武家舞い未だ成らず!満たずと言うならば飽きる程、我相方勤める所存に候ぞ!」
 凛々と、声。ぐいいと手荒に口元の、穢れを無下に拭いしから、紅の凄きを塗ったよな顔立ちなれど、やはり誇り高きは鳳凰が長。志無き愚者どもも、畏れて口を慎みぬ。
 いやさ、帝釈天が雷光の主さえ…
「ふ…流石は天に隠れも無きつわものよ。」
 口の端歪めて傲岸の笑み、されど刃は鳳凰離れたり。
「さあさ舞いなら幾時なりとも参ろうぞ!」
 ずずいとにじるルキが武士、
「さても天晴な輩よの、我が心の倦厭も、その方見せたもののふ振りに晴れおったわ!」
 雷公殿も呵呵大笑。と、そのまま踵を返しきぬ。
「帝釈殿!?」
「なに、」
 顧みてにやり。
「その方の稀なる艶姿(あですがた)…そに免じて不問にしようぞ!」
 千眼の凝視は左腕、ルキの新しき左腕に。さしもの武人も覚えず腕隠す。
「はは、愉快愉快、武者の恥じらいと言うももの珍しく奥ゆかしい…さあさ我が意の変わらぬ内に、そこな者をも連れて下がるが良かろうぞ!」
 天の哄笑いつまでも。…そを背に受けながら、おおとりが大将、雛と軍師を連れ帰れり。


「…傷は深いか?見せろ!」
「いえルキ様、峰打ちでしたよ。」
 そう言って笑う良元の顔も青い。事実、峰と言いながら手加減もせで打たれた辺り、皮膚はおろか肋にまでひびをば入れていた。
「それより、ルキ様の方こそ…」
「また自分の事を棚に上げ…息もまともに出来ぬでいる奴の言う事か!」
 己の羽の佳き物を、特に選んで傷にやる。眼に見える深手ばかりで無く…腹の辺りも丹念に。役人どもに捕えられたおり、身体の方方無闇に害されたと見え、臓腑の中まで傷がある。如何に治癒に優れたる吉祥鳥とは言え、こうも傷んでは

「姉様…お願い、私の羽を…」
「おおい、何をする!」
 健気な雛を手で制す。ようよう七十も半ばを過ぎたと言えど、人の子で言えばまだ十二と半年ばかり、ほんの子どもである。飛翔の技量も上げたとは言え、その羽傍目にも如何にも小さい。
「その上羽まで抜いてみろ、ただでさえ細いのが痩せて骨になるだろう!」
「華蘭…俺の事はいいよ。」
「でも…」
 良元は色も無く、ルキの身体は傷ばかり。厳しくも麗しい武人の腕が、欲な者どもに剥き出しなのも口惜しい。
「せめて、これを着けて!」
 さっと、身に纏いし天衣を差し出す。ふわり、雛の舞う度宙を漂う麗しの薄布。特別に、特別に吉祥苑が雛のため、ルキのこしらえさせた逸物である。何の染めもしておらぬと言うのに不思議の色、光の加減で七色に煌めきさながら虹光を織り込むが如し…美しい。
 それが、華蘭の細うい手の上に在った。
「華蘭、だがそれは…」
「いいの!私だって舞いなら誰にも負けない!この天衣無しでも踊って見せる!」
 健気な決意。否やを言わんとしたルキであったが。
「ルキ様…華蘭の気持ちです、どうか…」
「…ああ。」
 少し、苦笑して。
 かくして虹の天衣はもののふが左腕をば包みたり。

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(C)獅子牙龍児
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