緊那羅  (1)


「とざいとうざい、さてさて耳目も集められい!歌舞の競べ未だ序の口酒は猪の口、眼もば耳もば清めて待たれい待たれい待たれりい!」
 奇怪な装束口上士、道化がまたぞろ広間へと。
「さても、この後の競べは如何様に?」
「いやさいやさ、良くぞ聞かれた御客人!この場にぞろりと楽人ばら、これをば一度に奏じさせい、我ら残らず耳潰れんが必定なりき!」
「如何にも、如何にも!」
「各々順繰りぐりぐり奏さすが穏便なれど…」
「競ぶに辺り、これだけ数多なればのう…」
「終わる頃には初めの音なんぞ忘れ果ててしまうであろうになあ…」
「さても、何以って比ぶるか…」
「されば如何とするか、この難題?」
「静まれ静まれ!我が君かほどの事にて御脳悩ますと御思いでか?さにあらぬさにあらぬ、我が君武勇のみならで賢君なりき、妙なる策をば授け賜う…さても見られい貴人方!」
 道化の示す広間の口、官女静々続々と、何物か持ちて来たれりり。…何やら、網目が見ゆる。
「さあさこれなる網の物、唯物にばあらずんぞ!天にその名も高き雷電帝、その名を冠したる帝釈網!」
 じゅあんじゅあんじゅあん!
「おお、あれが、」
「音に聞く不思議のもの…」
「如何にも、如何にも!…さてはそこな御腰元衆、そのよに隅に居らずんども、もそっとこちらへ参られい!」
 道化の言葉に粛粛と、何れも劣らぬ美女揃い、青玉飾りも玲瓏たる不思議の品をばそっと運び…すっと、広げた。
 はらり、はらりはらりはらり…
 あな不思議、こは奇蹟、青玉が澄みたる音色響かせつ、帝釈が網無限に広間に広がれり。いや、かばかりならで…
「おお…」
「これは…」
 賛嘆の声も無理からぬ、網の内より何処よりか、とりどり彩なる華の色…広間のあちらこちらに香も芳しき、華の山嶺現われ出でたり。
「静まれ静まれ皆の衆!これなる品々、畏れ多くも帝釈天様のお計らい、みだりに扱うては天罰ぞ!」
「いやさ…それは判るが末社(幇間のこと)殿、これなる華は如何に用いるが最上ぞ?」
「良くぞ尋ね賜うたや!やあや皆々皆の衆、これより楽が始まろう、さればその時目耳の労も惜しまれず、屹度吟味をされたれかし!」
「して、してそれより後は如何なるに?」
「それが後にはこれが華、各々方が判じがまま、その華をば褒美と投げ入れられい!」
「おお…なかなかの風流なり!」
「それはそれとて腑に落ちねど、華の種別は如何程に?」
「いやさこれはしたり、某が落度!華の見事に目眩して、危うく大事を忘るる所であったり、済まぬ済まぬ、」
「早う、早う、」
「我ら皆々聞きとうて焦れておる!」
「おおその様に騒ぎやるな、今よりくどくど申す故!…さてはて眼をば華へと向けられよ、眼にも綾なり色とりどり、色の別は各々に、籠められし心が違いなり!」
「してしてそれは如何なるぞ?」
「暫く、暫く、そう急くな!まずは蒼穹が色を映したる深き青、これは皆も知れり、帝が大事の鋼玉が色なり、勝利の色なり!…然らばこの者ぞ勝利者にせん…そう思いしかばこれなる青華投げられよ!」
「おお!」
「さあさまだまだ御座ろう次なるは、眼にも眩しき黄金(こがね)の色…黄華なり!されば至芸の妙なるを、可笑しゅうなれ麗しゅうなれ褒美取らそう黄金積もうぞと思いしかば、これなる黄華を用いるが吉!」
「成る程成る程…」
「次に参るは愛染光、焔に似るは赤の華!…各々方も好きらしょう、語らずんども判らしょう、艶かしくも麗しい、鳴呼これは耳目に果報果報…そんな折にぞ使われたし!」
 どどっと笑う一座の衆。さても下々帝に似たと見える。
「おうおう喜び御尤も、されど耳をば暫し貸し賜れ!…残りが一色、無色なれど、こは染めぬ布とも同じ事、芸の清浄なるを愛でられし、それを褒めんと思わば投げられよ、判じは全て華により、投げられし華の目方で決まりと相成りぬ!」
「おお、それはすきりと合点が行く。」
「成る程見事見事英なる断!」
 讃嘆方方声上がり、皆々一様帝釈が天を褒め賛えたり。なかなかなかなか鳴り止まぬ、拍手喝采制して後、勿体ぶって重々しく、道化は順を告げ始めり。


「…茶番にも程がある!」
 老いも若きも浮かれる中で、独り怒るはルキが長。
「帝釈網の御大層で児戯な事を…華は華でも天華でのうて、唯の並花(なみばな)集めて判じに使うなど!」
「並花!?ほ、本当ですかルキ様!?」
「な…どうした良元…?」
 如何に深手の痛みで心荒れようとも、それを表に出さぬが良元なりき。常ならぬ様相に、珍しくも大将たじたじ。
 …いや、実際大事であったのだ。
「ルキ様、我ら…華蘭の順は如何程になりましょう?」
 あの舞姫軒並み破ったと言うのに、華蘭は再度競べに借り出される羽目に相成った。やはり先の道化が言に従いて、華を標(しるし)に争うと。
「しかも、競べるは数で無く目方…並の花であれば、時と共に…」
「時と共に何だと…」
 そこで気付いて血相変える。

 如何に天の楽土とて、無限の命の天華ならざる並花なれば早晩枯れる定めにある。枯れると言うは即ち乾く、水気の抜けし華なれば…目方も減るが道理。
 …この勝負、端から後に行く程不利と決まっている!


「さあささあさまだあるぞ、緊那羅の一族、何と王と妃が御自ら!」
「おお…それはさぞかし壮麗なろう…」
 祭りの末にも楽しみあるを、賛嘆する声幾つも上がる。だが…
「姉様…」
 雛は思わず長が着物の袖掴む。武人は黙ってその手を撫でた。

 …不幸中の幸い、先の「並花」の話題は雛には伏せてある。もっとも、緊張のあまり雛が連れの話も聞き漏らした、それが実際真相なのだが。それはさておき、緊那羅族の後とは分が悪い。
 別段邪悪の徒に非ず、むしろ心映えも麗しい一族である。ただ、技量が…凄まじい。帝釈天が宮の楽人の、乾闥婆や水天女は別として天界に優る者無しと噂も高い一族である。華蘭自身はその歌舞見聞きした訳では無いのだが、全部が法螺とも思えぬ噂なら、吉祥の苑にも多々届く。今はただ、かの名高き一族のすぐ後なんぞにならぬ様、祈るばかり…
 触れる雛の手少し震えるに気が付いて、力づけんと口を開く…その時であった。

「そして大事の大取りよ、『とり』は『とり』に任しゃせい…斯様な洒落には非ずれど、刀利天が至宝、天界が珠玉なる、その名も高きおおとりの…いや皆まで言わずとも知らしゃそう…」
「おうおう知らぬは唯の朴念仁…」
「いやさ、木石とてかの舞い眼にすればたちまちの内に宗旨変えよ!」
「はは、いや全くその通り、ここな貴人は賢い賢い…さあさその名言わさしょう!」
「焦らすな、焦らすな!」
「焦らず、焦らず。大取り勤むはおおとりの、麗しの雛…華蘭殿!」
 拍手喝采やんややや、割れる様な高まりの中で、鳳凰。色も失い唯じっと、無言の内にたたずんでいた…


 刀利天挙げての歌舞競べ、たかだか三羽の鳥の思いなぞ構わずに、滞りも無く進み行く。見事な歌舞音曲に続いて起こるは華の嵐、極々稀にはしくじって、石飛礫浴びる者も居るのだが、総じて見れば全てがめでたく華やいでいる。
 それが却って胸を刺す。

 もう大方の歌舞が終わった頃、突如小さな身体が駆け出した。
「華蘭!?」
 鳳凰が呼ぶも構わずに、広間を抜けて…


 回廊の中。鏡のよに磨きたてた石の床、天突くよにそびえ立つ、恐ろしく見事な石の柱…何れの光景も、ここが故郷ならぬ異郷なりと告げている。
「怖い…」
 ぶるると小柄な身を震わせ。…帝の別宮に相応しく、常に春の暖かさ保つ場所なれど、不安の心にはどうにも寒い。
「あの、緊那羅の人達の…そのすぐ後なんて。」
 涙がこぼれる。身体はもはやがくがくと。
 千の舞姫と共に舞った、あの時の心はもう消えた。
「駄目、駄目…華蘭、弱気になっちゃ駄目!」
 必死に叱咤してみても、帝釈天に凄まれた、あの恐ろしさ…ルキや良元の深手の様。全てが雛に押し寄せる。
 格別太い柱の影で、小さき者はしくしく泣く。

 ふと、回廊歩む何者か、細い影に気が付いて、不憫に思って歩み寄る。悲しみに咽ぶ雛を驚かさぬ様、殊の外気配を忍ばせて。…その意に他意は無かったのだが。
「のう、その…」
 口を開いたその途端、振り向いた雛は…

「……いやああああああああ!!」

 叫ぶなり駆け出した。
 …後には、弱った様に頭を掻く…馬頭の主。
「ううむ…どうにもこの顔不便な事だ…」

<<戻 進>>


>>「華蘭」目次に戻る

(C)獅子牙龍児
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送