天体の遭遇 (4)


「成る程…本格的にここを押さえて、さらに北に攻め込もうってハラかよ」
 甘海老の堅湯葉包みをつつきながら、情勢を探る。
 少女の差し出した金子が大したものであったので、亭主が手ずから上物の夕餉を用意してくれたのだ。…もっとも、少女に出した皿の方がさりげなく豪勢で、ルクスの方は次いでと言った風なのだが。
「もっとも、ギルドの格と情報網ならこっちの方が上さ。少なくとも、今の頭領がお倒れにでもならない限り、奴等もすんなりとは行くめえよ!」
 親爺が北山羊の乾酪を切り分けながら胸を張ってみせる。…無論声は幾らか小さいが。
「そうか…俺、ここんトコ北とか西とか行ってたからなあ…そんなんじゃ、もちっと気合い入れてかねーと」
 ガチャン!
「…あ!すみません、失礼いたしました!」
 少女が一礼して小さな手を卓に戻す。視線を巡らすと、直ぐ横の床にフォークが落ちていた。どうやら船を漕いだ拍子に弾き飛ばしてしまったらしい。
 暫く居ずまいを正していた少女だが、亭主と青年の視線に気付いくと、はっとなって立ち上がる。
「申し訳ございません!今直ぐ拾いますので!」
「おいおいおい!」
 非難のつもりは毛頭なかった二人が慌てる。
「いいんだ、後で若いのに拾わせるからよ」
「そーだよ嬢ちゃんみたいなコは落ちてるモンなんぞ、ばっちくって触っちゃいけねえって言われてんだろ?」
「いえっ!決してそのような…人の手、人の腕は労働のためにこそ授けられしもの。ぬくぬくと怠惰を食むためにはございませんわ」
 言われた男達は、何とも奇妙な表情を浮かべて黙っていた。
「あ…あの、私何か、お気に触るようなことでも…?」
 不安そうに、少女が眉根を寄せる。
「いや、そうじゃなくってヨ、」
 青年が照れたようにもじもじする。
「俺達庶民はコーキなオヒトってのを鼻で馬鹿にしてるけどよ、内心じゃあホンマモンのやんごとなーきお方がどっかにいるんじゃねえかって夢見てるのさ。…あんた、お天道さまに誓ってお姫様だ。どっからみても、内も外も、天使の瑠璃細工みてぇだよ」
 伝法な口調の思わぬ真摯な褒め言葉に、みるみる広がる紅の色…

「さて。小さな嬢ちゃんもお眠のようだし、そろそろお開きにすっか」
「ああ、空部屋はなあ、大部屋はほぼ満杯なんだが、個室が…」
 結構残っちまってて、と言おうとしたが…
「お待ち下さい!どうか…どうかルクス様、私と寝て下さいませ!切にお願い申し上げます!」
 …一同、目が点…

「お、親爺!ど、どどどどーしたらいいンだよ俺!」
「ど、どうしたらって言われても…と、ちょっと待てよアンタ!子供だよ子供!何考えてるんだ!」
「はあ?」
「馬鹿野郎!いいか、このお嬢さん、むくつけき男が一杯の宿泊まるの初めてなんだよ。それで、鍵があると言っても不安だから、護衛付けてくれっておっしゃるんだよ!」
「あ…」
「『あ』じゃないだろ全く!いいかい?兄さん!『賊から守るために一緒の部屋に寝て下さい』ってことさ!」
 そこで、きょとんとしていた幼い少女が瞬時に恥じ入る。
「申し訳ございません。…私の、私の言葉が至らず…」
「いやお嬢さんはいいんだよ、気にしなさんなって!この馬鹿の頭がすっかりお天気でさ、」
「待てよ!親爺だって最初は固まってただろ?」
「い、いやあ何言ってるんだよ!大体…」
「あの…」
 遠慮がちな声が割り込む。
「私、歯ぎしりやいびきは少ない方だと言われますので…いえ、絶対に致しませんので、どうか…」
 と言われても。
 そもそもそんな光景想像がつかない。

「う〜ん、確かにこの兄さんより強い奴ってのも思いつかんしなあ…まあ女癖が悪いって話も聞かないが…」
 すがるような瞳を見ながら逡巡する。
「女癖どころか、俺は女難の相があるんだぜ?」
「ああ、モテる癖に逃げ回るってんで別名『逃げのルクス』…待てよ、ひょっとすると…」
 親爺はじとりとした視線を青年に浴びせた後、心底痛むような目を少女に向ける。
「だあっ!違う!断じてねえって!俺にそんな趣味はねえってば!」
「本当かあ〜?」
 実は子持ちである親爺は、子供に対する悪意を相当に嫌う質。この辺りは裏町としては治安も良い方だし、客も就職難の傭兵ばかりだから盗みに入るにも割りに合わない。要するに護衛なぞいらん、妙な男と一緒の部屋で無防備になる方がよっぽど危ない!というのが親爺の正直な心情。もっとも、警備がないも同然の部屋に一人寝する不安さも実によく判る。
(慣れない内は、子供は一人じゃあ寝付けず、泣き出してしまうものだからなあ…)
「私、この方を信じております。とても、澄んだ奇麗な目をしていらっしゃるもの…」
(あー、見てくれに騙されちゃあいけねえよ…)
 親爺は心中でぼやきながらも涙すらにじませての哀願の方に負けた。
「じゃあ、まあ、変なことでもされたら大声だしな、お嬢さん」
「だから!俺はしねえって!」
「ルクス様は公明正大な方です!私、お会いして間もありませんけれど、それだけははっきり判りますの」
(まあ、美形の恩人じゃあ仕方ないか…)
「ふむ、お嬢さんの見る目を信じようか。…おい、あんた、判ってるだろうが、無体があった日にゃ、『ルクスの野郎は底無しの変態だ』って、情報屋に流しまくってもらうぞ!」
「だ〜か〜ら〜!違うっちゅーに!」

 だが結局、この日の客の口から、『どうもルクスが女嫌いなのはロリ好きだかららしい(笑)』という噂がたちまち広がって行くのである。ついでに、本人も複雑ないきさつでその噂をより強固にしてしまうのだが…今はまだ、誰も知らなかった。

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(C)獅子牙龍児
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