星辰の秘密 (1)


 少女の手持ちが多いのも確かだが、多分に亭主の気遣いでまずまずの部屋に落ち着いた。少々古いが厚めのマット、一応シーツ、毛布を数枚、ついでに大きな鈴までくれた。当然野郎は床に寝ろ、鈴は寝ている間に間違いが起きぬよう、呼び子代わりにしろと言う訳だ。かなり憮然としたルクスだが、見た目よりは寝具も上質だったし、鈴も却って余計な疑いを掛けられずに済む役には立つ。
 本当は湯も使いたい所だが、衝立も何も無い部屋の事、例え子供でも裸を見たり見られたりは恥ずかしかろうと我慢する。
「ま、嬢ちゃんも今日は大変だったが、人間しっかり寝なけりゃ何もできねえ。慣れねえだろうが、ここな、」
 どうやら常より丁寧に用意したらしい寝台の布団を叩く。
「外着のままで構わねえから寝ちまいな。ここらじゃ寝間着なんてぇ上品なモンは着る方が珍しくってな」
 慣れぬ場に戸惑って立ち尽くしている少女に優しく教える。
「あと、こういう宿の椅子はな、結構ガタが来てることが多いんだ。座るときは物食うときでもなんでも、布団の上がいいぜ。後は…そうだ、窓なんだがな、」
「ルクス様も店主様も、私の事は何もお尋ねなさいませんね」
 ぽつりと、つぶやく、声。
「そりゃあ…だって嬢ちゃん、色々いきさつもあンだろうし、俺らなんかが聞いていいモンか迷うし…」
「聞いて下さい。…いえ、ルクス様には聞いて戴きたいのです」
 真摯な瞳。自称、女難の相のある傭兵は、完全に圧倒された。


「私は…私の名は、『すばる』と申します。星の、昂です」
「へえ、佳い名じゃねえか!」
「故郷の星空は我が国の誇りでして、宝石に似た輝きから女子の命名に良く好まれます」
「ふん、ふん」
 決意の後も暫しためらった末、少女は寝台に腰を下ろし、一度深呼吸してから語り始めた。その真剣な面持ちに、つい故郷の躾がでて思わずマットの上で正座する。もっとも、比較的当たり触りのない話題から始まったのでほっと一息。
「…また、命名といえば我が国には他の国にはない変わった風習がございまして、」
「ふうん?」
「難産や早産、また母親が子を残して世を去る不幸の際に、同じ赤子ならば女子の方が育ち易いとのことから、男子であっても女子名を着けて七つの頃まで女子の着物で育てるというものです」
「うへえ!本人はたまったモンじゃねえだろうなあ!」
「流石に、カテリナですとかウルスラですとか、あまりにはっきりとした名前は避けるのが習いでございまして」
「うん、そりゃそうだ」
「主に…星の名が用いられます。かような風を持たぬ他国へ行く際も、星々の名称ならば男子が名乗るともさほど奇異には見られませぬゆえ」
「ほうほう、成る程頭イイなあ!」
 一度、口を閉じてルクスを見つめる。…が、すぐさまうつむく。
(?)
「…申し上げました通り、まこと祖国は奇妙の国でございます。その国名を『翼竜国』と申します」
「『翼竜国』…?」
 ルクスにも何か覚えがあるらしく、眉間に皺を寄せて記憶を辿り出す。何故か、その様をみて少女がさらに身を縮めるが、鈍感な若者は気付かない。
「最近お家騒動があったような…なんだか第一王子が第二王子を追放したんだか何だか。貴族も真っ二つに割れてすげーコトになったって…あ、嬢ちゃんそれで逃げて来たんか?」
 得心顔で朗らかに話すルクスを見、さらに肩を震わせ顔を背けてしまう。
「あれ?あれ?あの、俺、なんかマズいこと言った?」
「申し訳ございません…ルクス様…」
「あ、いや、別に謝られても…」
「ルクス様は…女性を身を挺して庇うお方…店主様も…」
 声が、気のせいか涙声になってくる。実は女性の涙が苦手な青年は大いに慌てる。
「いや、その、別にフツーのことだろ?その、困ってたら助けるってのは…」
「私は…私は、皆様の高潔な魂を利用しようとしておりました。…私など、ルクス様に助けられる資格はございません…」
 遂に、少女は寝台に伏してしまった。小さな背中が小刻みに震え、押し殺した嗚咽が漏れる。
「な、何言って…」
「いいのです!ご免くださいまし!」
 涙も拭かず、今度は布団を返して潜り込もうとする!
「待てよ!」
 普通なら、絶対に諾を取り付けるための、ずるい手口と蔑むところだが、この少女の場合はどうも本気で依頼を撤回する気らしい。お節介ではないもの、困窮を見過ごすには熱血漢に過ぎる若者は、何が何でも力になろうと追いすがる。
「話を…わっ!」
「きゃあ!」
 叫びが交錯する。勢い余って、折り重なるように倒れてしまった。

「と、すまねえ…」
 弾みで少女を押し倒す格好になった青年が真っ赤になって退こうとする。
「ルクス様…」
「え?」
 小さな体が向き直る。まだ涙を湛えた、ぬば玉の瞳が見上げている。深い深い、墨色。そこには名状しがたい様々な感情が潜んでいた。その人生の道のりを語るが如く。
(12位と思ったが…こりゃもっと上だ)
 ぼんやり少女の推定年齢を上げつつ、相手の肩の辺りについた左手を退かそうとする。…そのとき、確かに黒い瞳が光った…
「ルクス様!」
「うわっわっわっ…ぐわっ!!」
 何と、その手を掴んだ少女は、素早く自分の胸に押し付けたのである。引き寄せられた勢いで不覚にもよろけて肘までついてしまい、意思に反して無体をしている手に重心が移ってしまった。動転した事も相まって、全く退かせられない。
「平らでございましょう…?私の、ここ…」
「へ?え?」
 長身の若者にのしかかられて…正確にはのしかからせて…目を閉じて重みに耐えながら、静かな声で問う。完全に狼狽している青年は、言葉の表面上の意味すらなぞれなかった。ましてや、その隠された真意などは…
「私、半年ほど前に齢14になりました…」
 少し顔を反らし、どこか遠くを見つめる目で、さらりと続ける。四苦八苦でそれどころでなかった若者も、そこで重大な事実に気付く。
「14…歳…?」
「この年ならば契りも結べましょう子も産めましょう…」
 歌うような、それでいて感情のない声が言葉を継ぐ。
(その歳で、コレって…発展途上どころの騒ぎじゃねえじゃん!)
 もはや手のことも忘れて少女を凝視する。
「私の名は昂…星空の昂…」
 哀しいカナリアの歌。
「星は守護の天…母亡き子も守りましょう…」
 静かな節は続き。
「憂し多し男子なれども…婦女子の活力借りませば、きっと大きくなりましょう…」
 寸時、声が止む。そっと、細い面が前に戻り、束の間笑む。涙の、笑み。
「私の母は、子産みとともにみまかりました」
「!」
「そして、私の母は翼竜国の6位の王妃…」
「な!」
 驚愕に固まる恩人を見つめ、さらに自嘲気味で紡ぐ。
「もうお判りでございましょう…?私は、翼竜の国が王子…争いの元になると知りながら、生き存えておりました…女子名を名付けられたを幸い、命惜しさに王女に見せようと女衣を被り纏足し、育ちを押さえる術まで使いましたの…」
 泣き笑いをしながらの告白を無言で聞く。…そっと腕を外し、立ち上がる。昂も、もうその手を引き留めようとしない。…役目を終えた手をそろそろ動かして顔を覆ってしまう。
「母は心身ともに宝玉と謳われた女人…そのかんばせを受け継いだを幸い、邪に用いて参りました…」
 涙声が痛ましい。
「こなたの領主の助力を得ようと偽りの笑みを使い、かなたの騎士の剣を求めて空の涙を流し…」
 その瞳から、清げな粒ぽろぽろ落つ。
「ああ、天網は粗にして漏らさぬもの。虚構にて数多の殿方を散らした罪でございましょう、守護として最後まで付き従った者も命尽きました…」
 身を、震わせる。唇がわななき、嗚咽が漏れる。
「それでも現世に未練がましく、どなたか私と共にいて下さる御方をこの地で探しておりました…」
「!それじゃああんた、この界隈がどんなトコか判って入って来たのか!」
「…左様にございます」
 まるで春をひさぐ夜鷹の様に裏街道に独り立つ雛菊。あの時、ルクスが居合わせなければ…
「あのときには命も何もこれまで、と思いました…そして、あれほど殿方を気を引こうと愚かな努力を重ねておいて、触れるなも寄るなもないものだ、と…」
 さらに細き清流筋を重ねる。
「ルクス様の御技量を拝見しましたとき、ああこの方がいらして下されば、と…ルクス様を…命の恩人たるあなた様を…畏れ多くも自分の得だけに…!」
 後は、しゃくり上げる声だけが聞こえていた。

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(C)獅子牙龍児
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