星辰の秘密 (3)


「…さてと。も少し聞いていいかい?」
「ええ、何なりとも」
「嬢ちゃんこれからどうしたい?」
「え?」
「どこか、当てはあるのかいってことだ。取り合えず、ここからそう遠くないとこに頼れる人間でもいりゃあ俺一人、嬢ちゃん護衛して行ってやるが、国に帰って仕切直しでも狙ってるンだったら、すぐ動けそうな知り合いの傭兵でも当たってみるぜ」
「どなたか、心当たりの方がいらっしゃるのですか?」
「あたぼうよ!って、兵は多い方が心強いってそのカオ、やっぱり仕切直しか。じゃ、いっちょう悪モンの第一王子サマとやらの首でも上げに…」
「お止めて下さいませ!お兄様は良い方、武勇に加えて人の上に立つべき御器量と民草を思い遣る優しさを兼ね備えた、王中の王となるべきお方です!」
「へ?何だよ嬢ちゃん、そいつのせいでそんなメに遭ってンだろ?お家騒動の被害者の言う台詞じゃねーぜ?」
「その…確かに今、お兄様のお怒りは激しく、おめおめと戻れば殺されるやも知れません。されど、この内戦、背後に手引きする者がおりました。その者の撹乱さえなければ…」
「む?じゃ、最初から仲悪いってんでなくって、今たまたま兄貴が誤解してるってか?」
「…はい。私にもお兄様に対して非礼がございましたし、事実貴族にも私に与す、と言うよりお兄様に刃向かう者が出て、謀反の意ありと見なされても仕方ありませんが…他国の草の者が、あろうことか王宮の宝物庫にまで忍び込み、伝来の宝を盗み出し…」
「そんで嬢ちゃんに濡れ衣を着せた、と。…読めて来たぞ。妨害をかいくぐってお宝の奪還、ソレ持って無実を訴えたら一件落着。お、結構楽勝じゃん!」
「ただ…その草の国が…」
「何処だい?」
「皇…国…。火蛇の皇国ですの…」
「なにぃ!」
 思わず立ち上がる。



 が、冷静に考えれば。確かに、今現在、翼竜国に野心を燃やす国など他にありえない。
 翼竜国は大陸東のやや南寄りに位置する小国である。海に突き出た半島で、しかも海岸線は切り立った崖、陸の国境も険しい山岳地帯が控え天然要塞の体である。他にも風土病に厳しい気候、国境沿いに住まう狂暴な魔獣など様々な天然の護りがあり、今まで如何なる国にも征服されずに済んできた。だが、すぐそばまで覇道の国、火蛇の勢力が迫っており、大陸一の歴史を誇る王国の命運も今や風前の灯火である。
「でもよ?穀倉地帯を狙っての北進の邪魔っつっても、あそこの山越は難儀だし、時間は食うが、ぐう〜と迂回した方が確実だろ?…てゆーか、その先の金兎の辺りは大方なびいてるって話だぜ?」
「ええ、金兎平原の五大豪族は、既に金品並びに姫を差し出して恭順の意を示したとか…」
「じゃあ、嬢ちゃんの手前こう言っちゃあナンだが、古式ユカしいとは言え戦略上の拠点にもならねえ、作物もイマイチ、おまけに特産は黒曜石のペーパーナイフだけっつう国荒してどーすんだい?」
「…実は、特産の品ならばございますの」
「え?なんだい?」
「それは…」
 言い淀む。が、それも一時。
「必殺の、暗器ですの」
「…マジかよ!?」

 ルクスが例に上げた黒曜石、それこそ翼竜の悲劇の発端であったのだ。正式には翼竜石と称し、一見まさしく黒曜石に見えるその鉱物、由来は不詳なものの怨念の如き不浄の念が黒く凝った物である。恐ろしき念をば吐き散らし、近寄る者全てを害する…ために殺生石の一名をも取る。
 適度に念抜きを施せば無害にて美麗、しかも長持ちのする細工の素材となるが、秘術を以って加工を施せば…触れただけで敵を確実に倒す武具ともなりうる。さらには不浄とは言え念の塊と言うべき代物ゆえ、念術師の手にて遠方より自在に操る事さえ可能、例えば群集に紛れし標的をば気付かれぬよう密かに殺す事さえも可能。暗殺者にこれほど頼みとなる得物があろうか。
 なればこそ、野心の国も狙うなり…

「ぐえ…確かに強欲の皇国が欲しがるのも無理はねえけど…でも確か、10年以上前にも凄い内乱なかったっけ?そんとき乗っ取っちまえば良かったのに…」
 ルクスのいささか失礼な仮定に対する答えは簡潔だった。
「14年前の内乱も、実は火蛇の手になるものでした」
「ええ〜!」

 公式には貴族の不隠分子による反逆事件で、一時期は首都全体が凄まじい騒乱状態となり、国王すら亡命の憂き目を見、いまだ残存勢力の暗躍する中、帰還を果たせずにいるとの話だった。かりにも王が国外への逃亡余儀なくされるとは穏やかならぬ事態ではあるが…
(ま、どっかの手引きはありそうだと思っていたけどよ、まさか蛇の連中とはなァ…)
 だが、はたと気が付いた。
「だけどよ、噂には聞いてるが…蛇の草ってのはそこまで凄いのかい?王様まで逃げる程ってのは…」
「逃げてはおりません。殺されました」
 あまりにさらりと言われて一瞬意味が分からない。ぽかんと間抜けな間が空いて…
「え!?」

「だ、だ、だ、だけどよ、俺は確か…亡命って…」
「公式には偽りの報を広めてございます」
「公式にはって…」
 却って慌てる美丈夫に昂は優しく微笑みかける。
「…私などの身内のために、ルクス様のお心波立たすは不本意ですわ。我が父とは言え会った事すらございませんし、すでに一大後宮を成してもまだ飽かず、嫌がる母を無理に妃にした様な男ですもの。…酷く、横暴だったとも聞きますし…」
 ルクスを慮っての気づかいとも思ったが、優しい昂には珍しく冷ややかな嫌悪を隠そうともしない。
(無理やり妃に…って事は、つまり、つまりって事か)
 昂の気持ちももっともだが、柔らかな外見に隠された面に少々冷や汗。
「そ、そっか…でもよ、王子が嬢ちゃんの他にもまだいるってのによ、何で14年間も隠しとくんだ?」
 例の『お兄様』はいまだ王太子を自称している。
 個人的にはクソ兄貴に王位なんぞ継いで欲しくは無いが、嫡子がいるならさっさと継承するのが道理である。王子が二人…まあ昂は王女とされていたろうが、少なくともタコ兄貴はずっといた筈だ。幼少の王は何かと軽んじられるために暫し先代の死を伏せると言うのは良く聞く話、しかし国力が回復すれば摂政は置くにしても正式に王位を継承するのが普通である。代王やただの王子では権力も少なく外交上も不利が多い。

「…実は、我が国は8年前まで王子持たぬ国でございましたから」
「!?」
「かの時、王宮内に攻め込みし火蛇の軍勢、悪名通りの凶行を働き人間と言う人間を全て手にかけて行きました」
「ぐ、軍勢!?だってよ、翼竜国の国境と言やあ、魔境だらけ結界だらけ、どうあがいても軍隊なんぞ通れる道なんぞ無いだろ!?それによ…」
 14年前と言えばさしもの火蛇の皇国と言えどもまだまだ小国であったはず。
(チンケな国が抜け駆けで派手にチャンバラ起こせばよ、黙っちゃいねえ国がたっぷりある筈だぜ?)
 少なくとも傭兵達の情報網には引っかかりそうだが…そんな話、聞いた事も無い。
「国の境は今でも閉じたままにございます。…間者どもは、謀反貴族の手引きにて王宮へと侵入し、本国へと通ずる魔法の『扉』を幾つも開いたのです」
「げ…!そこから軍隊送り込んだのか!」
 魔法で遠隔地を繋ぐ事自体は理論的にも技術的にも可能だが、決して容易な術では無い。まして軍隊、人も馬も通す程の大規模な『扉』となると費用も術者の数も技能も相当なものとなる筈だが…蛇の大陸征服への執念の恐ろしさ、手段を選ばぬ凄まじさが偲ばれる。
 いや、それ以前に…
「畜生!…たかだが戦の道具のために…」
 血の海を…

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(C)獅子牙龍児
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