星辰の秘密 (4)


「…蛇の軍は父を捕え、脅しのために宮仕えの者達、主だった貴族、他の王族達まで次々と殺して行きました。それで遂に念石の所在明らかとなると、用済みとばかり父を…いえ、父ばかりで無く他の王宮の人間全てを殺したのです」
「ひでえ…」
 火蛇の兵の尋常ならぬ残虐ぶりは世人に知られた所である。捕虜などと言う言葉はかの国には無く、その行軍の後は…殺戮は元より略奪も凄まじく…茫洋たる焼け野原が広がるばかり。俗に皇国兵は皆ヴァンパイヤだと、それを敵国の民の血で養っているとも言われるが、あながち嘘でも無いかも知れぬ。
「されど天の采配は我が方にも幾らか恵みを与えて下さいました。…蛇が暗器奪取が叶わぬ事と知るのです」

 例の念石を扱う秘術は、さる一族にのみ口伝にて相伝されていた。そしてその一族の王家への忠誠は、特別のものであったのだ。

「念に長けたルクス様ならご存じでしょう、命懸けの誓約、『ゲシュ』…かの一族は、正統なる王以外の命に従えばその身無残に砕け苦悶死すると言う、恐ろしき『ゲシュ』にて縛られているのです」
 遥か古代より伝わりし秘術の技『ゲシュ』…普通は『誓約』と言い習わされるがその様な生易しいものでは無い。条件を守る限りに置いては発動しないものの、むしろ呪いと呼ぶが相応しいものである。しかも、解呪の方策全く皆無。
「石守の長は、将軍の前に進み出るとこの『ゲシュ』について詳らかに語り、しかる後に自ら火蛇への忠誠を誓って見せました…」
「じゃあ、そいつは…」
「ええ。…それは痛ましい、あまりに惨すぎる最期であったと聞き及んでおります」
 居合わせた兵の中には発狂する者も続出したと言う。壮絶な話だ…
 だが、この犠牲は野望の国に暗殺の武具が事実上入手不可能であるとしらしめたのだ。…愚かな兵どもは、それこそ傍系の庶子まで根絶やしにしてしまったのだから。
「束の間の平穏が訪れましたが…」
 昂の細い眉がきゅっと寄せられる。
「王宮は既に…人相も分からぬほど切り刻まれた…遺体に満ちておりました…」
「…!」
 『皇国は兵を生き血にて養う』…戦慄とともに噂が蘇る。
「近習も皆…お兄様の生死も知れず…」
「その時…嬢ちゃんは…?」
「母はたまたま出産のために里帰りをしておりましたから。…王都炎上の知らせにより急ぎ国外へと逃れましたが、身重にての強行軍がたたりましたのでしょう、辺境にて私を産むやいなや母はそのまま…」
「そう、か…」
「軍は去りましたが、暫くは『扉』も開いたまま、麻糸の様に乱れた王都も静まる気配が見えず…」
「じゃあ…嬢ちゃん帰る所か…」
「はい。信も送れず…」
 昂の所在どころか誕生すら伝えられず。
 こうして翼竜国は王も王子も失い、仕方なしに王は『内乱』にて亡命との偽りの報を走らせ、辛くも生き残った家臣の中より代王を立て、国体の立て直しに忙殺される日々が続く。不幸中の幸い、暗器の秘術が得られぬと知ると皇国は思いの他早く引き上げて行き、王処刑を諸国に振れ回る事も皆無であった。もっとも、翼竜国の体面慮ってと言うより諸王国から人倫に反した所業を追及されぬよう計算の上の行動であろう。
 とは言え王族も主だった貴族も多くが殺されては王国も無事であろう筈が無く、しかも悪い事に凶作が続き民衆の不満は高まり、本物の『乱』が毎年の様に起こる始末…
 それでも、翼竜国の貴族の間に正統の王を望む願いは強かった。

「…本国ではお兄様は殺されたものと諦めておりましたが、もしや男子が生まれてはおらぬかと、身重のまま逃げ延びた我が母の探索を始めました」
「じゃ、そのときに名乗り出れば良かったんじゃ…」
「ところが、火蛇は執深くございました。…氏族が王命のみに従うと言うなら傀儡の王を立てれば良いとばかり、血眼になって『正統の王』たる資格持つ王子を探し始めたのです」

 王子が国外にて産まれたやも知れぬ…この密かな噂はたちまち耳聡い火蛇の知る所となり、翼竜国より先に王子を得んと各地に手の者を配置したのだ。殊に王子の帰還に備えて国境沿いの危険は却って増す。旧家の出の王妃とは言え所詮は第6位、子の昂にも信の置ける従僕は数少ない。ただ手紙をしたためる事すら危険な状態であった。

「そして月日は過ぎ、私の所在を本国も火蛇も掴めぬまま、6歳の誕生日を迎えました。国では女子として育てても6、7の頃に元服しまして衣装を改める習い、また漸く火蛇の手も緩みましたゆえ、何とか本国へ救援を求める事もできました。その時です。お兄様が見つかったのです!」
 顔には満面の笑みが浮かび、声も華やぐ。…どうやら、このお家騒動の被害者は、加害者を真実慕っているようだ。血の繋がりがあるとは言え、あくまで昂を護ると決めたルクスとしてはあまり感心しない。思わず仏頂面になるが、幸い気付かれなかった。
「…お労しいことに、あの虐殺までの記憶を全て失われていらしたそうです。ために、出生を知らずに各地を放浪しておられたとのこと…」
(嬢ちゃんは今、そいつに放浪させられてるけどな。)
 その相手に対して心底痛ましげに眉根を寄せる表情。面白くはないが、話を止める訳にもいかず、ぐっと我慢。
「ただ弱りましたのは、第一王子存命の報に火蛇の動きが再び強まりましたこと。…例の扉は閉じたとは言え間断なく押し寄せる間者達、お兄様をさらおうとする者どもの対処に忙殺され、ただでさえ惨殺事件の折に弱体化した国のこと、第二子にまで守護の兵を割く余裕はなくなりました」
 王太子さえ手中にすれば他の王族など無用…血を好む皇国は、第一王子以外の王族を根絶やしにするよう配下に命じていたのであった。
「何だって!じゃ、兄貴のせいで嬢ちゃん帰れなくなったって訳かい!」
「いいえ!お兄様は悪くありませんわ、悪いのは火蛇の刺客です!…それで、結局は火蛇に所在を掴まれてしまいました私は、死を免れるべく…女を装うことに致しましたの」
 昂の配下は思慮深く、密書にも昂の性別を記さなかった。ために、昂の所在露見した後も本国すら欺く事が出来たのである。

「でも…王女だって危なくねぇか?何たって相手は泣く子も黙らす火蛇の皇国だろ?」
「実は翼竜の法に『王女』の語はありません」
「へ?」
「女子は母の身分を問わず、いささかの継承権も与えられません。王族としての代限りの位すらなく、そもそも王家の記録から抹消されます」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「もとは他国からの侵略や内乱にかいな弱き婦女子までも道具にされては不憫との、憐情から来た定め事とか。しかし時代が下るにつれ本意から外れて悪法となり、同じ娘なりとも王の子と生を受けしばかりに、なまなかな下級貴族…いえ、それどころか街に住まう商人の娘にもはるかに劣る一生を強いられる事となりました。ルクス様の驚きはもっともですが、わが国は半ば鎖国をしておりますから…この理不尽がまた伝統なのです。おまけに…」
 可憐な容姿に似合わぬ皮肉の笑み。
「その悪法を利用したのは私…当時火蛇は兄様を狙って躍起になっておりましたから、王になりえぬ幼児など塵あくたも同然。また女であれば男子を産ませて傀儡の王にと考える向きもあったようです」
 一瞬身を固くする。
「近隣の、火蛇とよしみを結んでおりました豪士が…私を見初めた等という話もありまして…」
「おい!嬢ちゃんまだチビだったんだろ!」
「誑かそうとしたのは事実です。その方のお陰で、郎党ともども路頭に迷うことはなくなりましたから…」
 言いながらも嫌悪の身震いが全身に走る。どう考えても邪を抱いたのは向こうの方だろうが、それを逆手に取るだけの強さと才覚があったのも確かだろう。…昂は、むしろ潔癖な魂を持っている。だからこそ、手段が他に無いとは言え、無理に演じた自分の役を必要以上に汚らわしく思ってしまうのだろう。
「そうこうします内に3年の月日が過ぎ、遂にお兄様は国内より火蛇の勢力を一掃されました。そして、勿体なきことに…何の力も無き王の娘として無為に過ごしておりました私の身を案じて下さいまして、本国へと迎えて下さったのでございます!」
 昂が少女の瞳を輝かせて告げる。だが、そのことが現在のお家騒動の元と言えば元なのだから、聞いているルクスは複雑である。
「お兄様は本当に、本当にお優しい方でした…本来、私の母の身分から申しても、また女子と見なされておりますゆえ、宮殿の門を潜ることさえまず許されませんのに、王宮の敷地内の屋敷を私のために整えて下さいました上に可愛らしい庭園まで戴きましたの…」
 夢見るように追憶に浸る。
「あの頃は、いつかお兄様が王となりあそばされて、それを及ばずながらもお支えできればと、そればかり思っておりまいた。ああ…あの頃は幸せでございました。この日々が続くものなら王位などいかほどのものかと思っておりましたのに…!」
 きゅうっと、寄せられた眉根が痛々しい。
「夢幻の時ははかなきもの。思わぬところよりお兄様の継承を妨げる難事が持ち上がったのです」

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(C)獅子牙龍児
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