星辰の秘密 (5)


「先の大乱にて、宮中の奥向きの用を成す専らの臣が減じてしまいまして、殊に王位継承の儀式に関しては記録に至るまでほぼ散失するという有様」
「ん〜、でも平時じゃねーんだから略式にするとか何とかなるじゃあ?」
「その儀式の中に、かの氏族の支配を引き継ぐ儀式がございますゆえ」
「!」
「血筋であっても王位に着かねば、古の王家の祖が定めし儀式を経て真の王とならねば暗器一つ手に入れられません。…お兄様は正道を歩む方、闇の方術を嫌っておいででしたけれども火蛇の手に渡れば如何ほどの惨劇が引き起こされましょう、何としても翼竜石支配の法を継承して戴きたいと誰もが思っておりました」
(腹違いとはいえ血の繋がった、こーんなにか弱いコを追い立てるのが正道かねえ〜?)
 思っても取り合えず口をつぐむ。
「漸く最も懸念でありました支配の継承の儀式が判明いたしましたが…実はそのためには高等念術を要す由、しかも長らくの放浪を余儀なくされたお兄様はやはり修行が十分とは言えず、まだ念の発動が弱くていらっしゃるのです。昔は大層な使い手でいらしたそうですが、やはりあの大乱がお兄様に落とした影は大きく…」
「念の使い方まで忘れたってか」

 念術の基礎は極幼少時に決まる。念の感知の能力は邪魔な想念の無い者の方が鍛えやすく、逆に成人…否、10を少し過ぎた程であっても基礎を学ぶには遅すぎる。さて修行の成果が全く初期化されたまま思春期に至った兄王子は、苦労の末多少の『念操』…念の操り方は覚えたものの、念を『観る』事が出来ぬのだと言う。

「お兄様は政治においても剣においても長けた方。身分の高低に依らず公平な裁きをなさるので民の信望も厚いのでございますが、ために貴族の中でも権力に頼る者達が程をわきまえず私心を抱き、許せぬことにお兄様に念術が乏しいをあげつらい公然と中傷するまでに…」
「そりゃ幾らなんでも…忠義のココロってモンはそんなに軽いのかい?」
「…真の忠心とは命削るもの。父に…王に使えた者達は、多くが乱で文字通り命を捧げて散り、今となっては私欲のために表向き従うものばかり…」
「…」
「そして…そして、あるとき私が男であり念もいささかの心得があることが漏れて…」
「!」
「知らぬところで謀り事が進み、私を王に立てるとの名目で小規模なれど蜂起が起きたのです。それも、悪心の貴族と火蛇の連合で」
「畜生!てめえで祖国を売るなんてフテぇ野郎だ!」
「お兄様に申し開きをしようにも、伝来の家宝が…暗術支配の儀式に必須の、念宝珠が無くなったとなっては火蛇の企みとの言葉も虚しく…」
「糞っ垂れめ!実の兄弟を盗人扱いしやがって!」
「違います!お兄様のお疑いには理由がございますの。火蛇の地には念使いはまずおりませんでしょう?それに、念宝珠は賊を防ぐために不動の念結界が張られております。これを解けるは王家の血をひく念使いのみ、とあってはもう…」
「!じゃ、一体誰が解除したんだ!?」
「先の支配の術とは異なりまして、火急の折には確実に持ち出せるよう、『正統』にあらずとも…遠く遥か傍系であっても扱えると聞き及んでおります。元来王の子というものは数限りなく、また申し上げた通り、王家の女子は籍から外れるますゆえ傍系を辿るは数代が限度、調べようもなく…私は逃げるのが精一杯でございました」
「そうか…って、おい!そんなお宝渡っちまって大丈夫かよ!?」
「継承は困難の技、火蛇には不可能の事柄でありましょう。何と申しましても、我が翼竜国の険しき山中に住まう暗器の族の里にて儀式を行う必要がございますゆえ」
「そうか…けど、何人いるか判らんが、奴等に念の使い手まで混じってるのか。こりゃあ、ちっと厳しいぞ」
「申し訳…ありません…」
「いいって、いいって!乗りかかった船だし、実に面白そうだぜ!たださあ、その…」
 長身の青年が言い淀む。
「どうぞ、おっしゃって下さいな」
「いや、経費もかかりそーだし、つまり…」
「?…あ!真に失礼いたしました。ただいま…」
 昂が急ぎ衣装の各所を探ると、輝く石が幾つも現われる。忽ちにルクスの眼前に高価な山が築かれる。
「うわっ!た、タンマ!」
「え…やはり少のうございますか…」
「いや、そーじゃなくてな…」
 沈んでしまった昂を見ながら頭を掻く。この子は、間違い無く賢いが、やはりどうにも『お姫様』らしい。
「嬢ちゃん、さっきも言ったろ?金目の物はホイホイ人前で出しちゃいけねえって!俺だって宝石の価値にはうるせー方だからよ、それが馬鹿に凄い値つくのは判るからよ、二、三個見せて貰えて、似たモンが幾ら位報酬で出るか判れば引っ込むさ」
「あ…」
「いいかい、嬢ちゃん。傭兵との契約は駆け引きだぜ?礼金すぐ見せねえでじっくり引っ張るのさ。それにそこそこ以上の傭兵ってのは、金抜きじゃあ働かねえが賃金分はきっちりやるくせに、自分が危ねえとなると金返してでも逃げるモンさ。払うだけ払えばその分うまく行くともかぎらねえ。よぉ〜く見極めて値段決めンだぞ」
「は、はい…」
「で、言った端からナンだが、その辺の小粒の奴、取り合えず今呉れねえか?」
「あ、はい!どうぞ、ルクス様」
 すぐさま小さな手ですくって若者の手にそっと乗せる。
「おい…黙って渡しちゃ駄目だろが、『何に使うんだ?』って聞いてからにしろよ」
 素直すぎる相手に苦笑する。
「あ…」
「ま、いっか。…何、まずは情報集めた方がいいからな、情報屋への礼金がいるし、あと適当な傭兵に連絡つけるのにもちっとはかかる。そーゆーややこしい支払は、通貨よりこういう価値の動かねえ石の方がいいんだ」
「左様でございますの…」
 慣れぬ世界のしきたりにしきりに感心する。
「はは、嬢ちゃんはこーゆーのは疎いだろうからな。大丈夫、面倒くせえコトは俺に任せて、嬢ちゃん大船に乗った気でいな…ってオイ!」
「え?何でございましょう?」
 昂が自然な仕草で宝石を『消し』ながら不思議そうな表情をする。…『隠形』の術だ。
「いやあ…そうか、どこに隠してあったかと思ってたが、念術でやってたんだな。しかし…見事なモンだなあ…」
 念使いのルクスの目には、昂の細い指先から絹糸のような念が繰り出されて高価な宝石を包み、中味ごと煙のように視界から消え去る有様がはっきり見えた。しかも、さしたる時間もかからない。
「そんな細っこい念でよくもまあ…そうだよなあ、嬢ちゃんって念の孔も使えねえから、少ねえのでやり繰りしなけりゃいけねーもんなあ…」
「でも…自業自得ですもの」
「いやいや。…なあ嬢ちゃん、やっぱ今のままで十分だよ。そんだけ大した念繰りができりゃあ、足手まといにはならねえよ」
「そんな…有難うございます」
 恥じらいを含み、微笑む。
(やっぱ、どー見てもしっかり女の子だよなあ〜)
 長身の青年はまた頭を掻いた。



「さーてと!」
 寝るのに邪魔な上着の類を脱ぎ、身軽になって伸びをする。
「ちょぉーっと敷布団に不満はあるが、寝るかあ!」
「…申し訳ありません」
「おっと、嬢ちゃんのせいじゃねぇって!」
 ルクスのちょっとしたつぶやきまでに反省してしまう様子に慌てる。どちらかといえば何かにつけて勝手に謝る連中は蹴り飛ばすルクスでも、この薄幸の佳人だけは放っておけぬ。先の話も、おそらく昂の苦労のごく一部にしか語っていないだろう。優しい心根だけに、運命とは言え多数の屍山が自分の周りに築かれるのを見て来てしまっては、自己嫌悪の塊にもなろう。第一、助けられる者を助けずに捨て置く事はルクスの矜持に反する。自他ともに認める能天気のガラッパチだがちょっとした生い立ちのせいで、女好きでもない癖に苦難の婦女子だけは最優先で救済に励んでしまうのだった。
「でも、ルクス様お一人でしたら、お部屋もゆったりお使いになれたでしょうに…」
「わーわー、だからぁ!あのね、俺もともとベリー金欠でコンキュウしてたの!嬢ちゃんいなかったら、今日の夕食も固パン一個に甘汁一杯のトコだったの!つまりはよ、嬢ちゃんには一宿一飯の恩義があるワケ!」
「え…それではますます…ルクス様も良いお仕事を求めていらしたのに…」
 どうにも自分の見につけている宝石の総額と一般的な傭兵の報酬の相場を完全に誤解しているらしく、ますます沈んでしまう。無論、ルクスのような優秀な戦士は高く買われるが、衣装道楽でいつも窮していることや、腕の割に仕事内容にはこだわらぬというより無頓着との風評が広まったせいで、いつも足元を見られがちだ。ただでさえ、雇い主に恵まれなかったルクスにとっては全く棚ぼたであったのだが、肝心の昂はまだ陰りの面…。

「こら!嬢ちゃんも大概にしな!暗くなんなって言ってンだろ!そーんな顔しってっとぉ〜」
 にいいいい〜。悪戯坊主がそのまま大きくなったよな表情。
「くすぐりの刑に処す!オラオラオラオラ〜!」
「きゃあ!ふ…ふふっ、止めて、あはっ、止めて下さいまし!」
「そぉらそらそら!」
「ふふっ…ルクス様ったら…あは、あははっ!お許し下さいませ!」
「ハハハ、よーし降参かあ?ん〜、笑ったから、ま、保釈金ってな訳で許してやる…って、やばっ!」
 傍目に見ると、大男が年端もいかぬ少女に覆い被さって『悪さ』しているようにしか見えない。別に、店の亭主が見張っているとも思えないが、自分の行動に気付いて慌てて飛び退く。
「わ、悪い…いくら何でもセクハラじゃん俺…」
「え…?私、不快とも思っておりませんの。お気になさらないで、ルクス様」
 両の腕を自然に垂らして寝台に仰向けとなったまま、こころもち顔をルクスの方へ傾け、野花の綿毛のような柔らかな笑みを浮かべ瞳一杯に相手の姿を映して言葉を告げる。全く無意識の行動だろうが、ある意味、ルクスに胸を触らせたときより余程無防備な体勢だ。その様子に、女難の勇士は却って血の気が引き、慌てて床のマットまで下がって小さくなる。
「いや、ますますセクハラじゃん…」
 声まで小さくなって、正座状態で縮こまり、さらに体積を減じて行く戦士の姿に、身を起こした昂が首を傾げる。
「本当に私、何ともございませんのに…?」
「いや、だから、その…嬢ちゃんって、男、好きかい?」
「はい?」
「あ!馬鹿ばかバカ〜俺って馬鹿じゃん!いきなりなんてコト聞くんだあああ〜!」
 あまりに唐突過ぎる問いと勝手に恐慌状態に陥る相手の有様に、動揺も何も通り越して唖然とする。
「つまり、ええと…嬢ちゃんの台詞じゃねえが、俺は嬢ちゃんの純情弄んだかもしれねえ…」
「???」
「いや、嬢ちゃんほら、俺らの『高潔な魂』とやらを利用しようとしたとか何とか言ったろ?俺の方こそ嬢ちゃん騙しちまったんじゃねえかって、今ごろ気がついたんだ」
「ルクス様は、何も嘘など申されてはおられませんけれど?」
「うー、確かに俺、はっきり言った訳じゃあないが、嬢ちゃんが絶対誤解してるコトあるんだあ…」
「誤解、とは?」
 首の、少し下辺りに手を添え、思案気に首を傾げる。どうにも乙女らしい仕草に、実は色々と経緯のあるルクスは何だか泣きたくなってくる。
「うー。じゃ、嬢ちゃん流に行こう。俺って無茶苦茶お洒落だよなあ?」
「あ、はい。素敵なお召物にございます」
「俺、大酒より、ちょっとの旨い酒飲む方が好きだよなあ?」
「そうですね、そのようにお見受けいたしました」
「うん、それと、女に手を上げる奴大嫌いなんだけど、判る?」
「ええ、勿論ですとも」
「そんでもって、女好きじゃあないんだけど…」
「そのような、下賎の輩と一緒にするのもおこがましい事でしょう」
「ついでに、その、ロリ…てゆーか、その、変な趣味は無いことも信じて貰える?」
「ええ、ええ、その様な殿方でしたら、今ごろ私も無事ではございません」
 覚えず想像してしまったようで、身震いしてしまいながらも、躊躇無く答える。その様に、ルクスはますます口ごもる。
「あ〜、ええと、女ってさあ、ぼろ服と絹の服、どっちが良いと思う?」
「それは絹でございましょう」
「じゃ、一般論として、女って一杯の葡萄酒と樽一つ分の火酒とどっち喜ぶ?」
「葡萄酒に…」
 つぶやいて、はっとする。
「あの、ルクス様は…」
 一つの、確信。
「もしや…?」

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(C)獅子牙龍児
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