太陽の昔話 (2)


 長い、長い静寂の時。すっかり下を向いてしまった昂にさしものルクスも不安になる。
(やばっ…俺、調子乗り過ぎ?)
「あの、さ…嬢ちゃん、軽蔑…した?」
「いいえ…」
 面を上げた昂は、ルクスの不安を裏切ってふくよかに優しい笑顔を浮かべていた。
「ルクス様には英傑の相がございます」
「へ!?ええ!?!?」
 思わぬ台詞に大恐慌。
「真直ぐ、目標を目指す御意志。安寧に堕せず、時には命懸けとなってでも、理想を低めることなく進まれる…」
 そっと瞳を閉じ、胸に両の手を当て、祈りを捧げるような姿勢となる。
「本当に、本当に、強いお方…お会いできましたことはまさしく僥倖、ルクス様のそのお心は、私に勇気を与えて下さいました」
「うへえ…」
 嫌味でもなんでもなく、全く真摯に称賛される。却って、自分の目的が、かなり高い理想と思っていたものが、全く私利私欲に過ぎないことに気が付いてしまった。
「止せよ…恥ずかしいぜ、ホントに。理想を低めないってゆーより、俺が馬鹿で身の丈に合わせなかっただけなんだからよ…」
「いえ、悪いのは何処ぞの遺物売りでございましょう」
「へ?」
「墓、とのお話しですが、墓は墓でも鬼の塚にございましょう?」
「あ、ああ…?」
「それも、怨の強きゆえ、長らく神々の如く祭られていましたもの…」
「う…」
「およそ過大なる恨みを残しての死者の体は、元々の怨嗟から歪みはあれども多大な念の宝庫となり、その発露を恐れて長年祭れば、世人の畏怖の念まで籠められまする」
「あ…」
「具現法にはあまりな念が費やされましょう。しかも、具現すべき形を無から念ずるも難儀なこと。怨霊の鎮め塚からの遺物なりせば、籠められし念の量も十分なら生前の形も念が覚えておりましょう…」
 幼い少女の姿からすらすら出ずる念講釈。あらためて、昂が念の王国の出であることを思い知らされる。
「されど、遺物売りはその塚よりの掘り出しをば正体の分からぬほど細切れにし商とする不貞の輩。されば、ルクス様に偽り申し、異なものを供したのでございましょう?」
「いや嬢ちゃん、すげえな!その通りさ!」
 小さく笑む。しかし、今度は合点の笑顔であった。
「漸く、腑に落ちて参りました」
 ルクスは舌を巻いた。


「…で、まあやっとで売り手を見つけてさ、有り金はたいて美人のカケラ買い付けてさ、苦労して具現させたワケだが…あれはショックだったなあ!」
 手ぶり身振りを交えて大げさに語る。
「だってよ、いきなり男だぜオトコ!しかも、図体でかいだろ?服も全部千切れてすっぽんぽん!ま、人里離れたトコで発動させたから、大衆の面前で破廉恥はしねーで済んだけど、とにかく何処に行くにも服はねーと困るし、その後がえれぇ苦労だったさ!」
「まあ…それはご愁傷様…」
 ルクスの愉快な熱弁も効を奏し、昂も漸く寛ぎ始めていた。
「でもさ、この体、結構な上物でさ、びっくりするほど鍛えてあっから刀奮うにも苦労はないし、元々念は余ってるし魔力も強い方らしくてよ、今まで使えなかったような念術もスイスイ撃てるのさ!」
「それで、傭兵になられたのですね」
「ああ。俺としては、なまじ具現法自体はばっちし成功したモンだから、グラマーには未練があってよ、なんとか遺物ゲットするためにゃ金も情報も必要だしよ、稼ぎながら諸国漫遊してるワケ。…でも、結局昔は出来なかったお洒落がしたい放題なモンで、なかなか溜まんねえんだなー、これが」
「ふふふ…欲張りでいらっしゃるのね、ルクス様。…あ!いえ、ルキア様…」
「いや、ルクスでいいさ。元々故郷でもルクスって徒名されてたからよ」
「え?あ、その呼び名、御生地での…ルキアの女神の対の神の御名でしょうか?」
 東方の一部では神を祭るにあたって必ず男女対にする習慣がある。ルキアは本来処女神と言う事で当然『独身』である筈が、猟虎州の辺りでは旦那持ちの女神として夫婦揃って祭られていた。その、夫たる男神をルクスと言う。
「でも、何故?」
「んー、ま、男勝りってのもあるけどな。物心付いた時からこんな喋りだったしよ…それに、変な赤毛なモンでよ…」
「赤い、御髪(おぐし)?」
「おう、赤錆びみてぇなヤな色さ。…俺の故郷な、昔は開けてたらしくってよ、百万神殿があるんだけどよ、」
 百万神殿は猟虎特有の奇妙な様式で、文字通り百万…あるいはそれ以上の神々を一堂に祭る神殿である。別に当地の人間の信仰の表われでは無く、むしろ一度の参詣で済まそうと言う利便に過ぎない。
 ただし、上流階級に無用の奢侈を好む者が多い事も与って、その巨大さ壮麗さは大陸中に轟いている。
「けど建物はともかく、装飾が最低でさ、特に肝心の聖画が…神サマの絵がへったクソでさ、構図は行き当たりばったりだわ描き分けはできてねーわで、もう散々!」
「酷いこと…」
「特によ、その馬鹿絵師がルクス描くの忘れててさ、元々端っこ…あ、聖画はアーチんトコにあったんだが、その半円の上が狭くなってる辺りな、そこに描いてあったルキアの、さらに横、もっと角になってっトコに、無理やりルクス描き足したんだな。天井つっかえててさ、かわいそうにルクスの神さん女神様よりおチビにおざなりに描かれちまってよ」
「まあ!なんてこと…!」
「わざわざ西国から呼び寄せた名人って話だが、どーだかなあ…とにかくよ、どうやら絵師の故郷じゃ光明の神様ってのはどーでもいいモンだったらしいな。ま、ここらはそーは行かねえってコトに奴も気が付いたらしくって、取り合えずどっちがどっちか区別できるように修正はしたんだが…」
「どんな、修正でしたの?」
「それがよ、元々ルクスは公式には認められていねえ地方神だろ?どの教典にも詳しいお姿ってヤツが載ってねえからよ…弱ったそいつは、どーも女神をより美人にしときゃイイって思ったらしくってさ、」
 眉を幾分逆立てながら、いらいらしたように髪を掻き上げる。
「あろうことが、絵の具にそこらの赤土混ぜて、せっかく金髪に描き上げたその上に塗りたくったのさ!」
「そんな!」
「しかもよ、その神殿…結構雨漏りもあってさ、特に柱の周りとか天井の際とか変な染みが出まくりでよ。例のひでえルクス像もよ、元々後から安い絵の具で描いたのもあってさ、ぶつぶつぶつぶつ変な模様が出来ちゃってさ…」
「…模様…」
「他所ではルクスの神って言やあ美男子らしいが、そんな訳で俺のトコでは不細工の代名詞なのさ」
「酷い…酷過ぎです…」
「ま、今は俺も超絶美形になったコトだし、概ね不愉快はねーし、まあボチボチってトコだな!」
 光明の神の名に相応しい、太陽の如き笑いを浮かべる。どんな不幸も災難もめげぬ強さと明るさを、昂は心底羨ましく思ったのであった。



「うわっ…と、と!」
 いきなり、窓辺にいたルクスが大声を上げかけ、慌てて自分で自分の口を塞ぐ。その様子に、ゆったりと昨晩を思い返していた昂もはっとなる。
「ルクス…様?如何がなさいましたの?」
「うー!何で昼間っからあんなのが歩いてるんだよう…」
 歴戦の勇者とは思えぬ情けなさで机に突っ伏す。頼むべき守護者の有様に、動揺しつつもそっと駆け寄り、ためらいがちに肩に手を沿える。
「ルクス様…」
 優しい、少女らしい仕草に、漸く人心地が付いたらしく、ようよう顔を上げる。
「なあ…窓の外、ちょっと覗いてくれよ…」
 別人のような弱々しい声に躊躇するが、他ならぬ命の恩人の頼み、無下には出来ない。健気にも、恐る恐る壁伝いに窓に近づけば、派手に着飾ったうら若い娘達がそぞろ歩きしている。
「あら!素敵!着飾られた御婦人があんなに沢山!」
 複雑な経歴を持つとは言え深窓の育ちには華やかな美女としか映らなかったが、恵まれた肢体を殊の外強調する鮮やかな衣装は、歓楽街に働く女性の証である。夜更かし朝寝坊の商売とは言え、普段の生活もある訳で、昼も過ぎれば買い物がてら町を歩いても不思議はないが、昼間から気合いの入った格好の集団が闊歩することは珍しい。
「何か、祭礼でもありましょうか?」
「う!そっか、祭りかあ…」
 さらにぐったりへばる。
「あの…ルクス様?」
「俺…こんな顔、だろ〜?」
 伏せたまま、くぐもった声で言う。
「こんな?いえ、ルクス様の御尊顔は輝かぬばかりでありましょう?」
「いや、そのゴソンガンがいけねーの」
 やつれた表情で昂のほうを向く。
「誰だって、恋人の顔は奇麗な方がいいだろ?」
「あ!」
「俺さー、マジで女難の相があるんだよ〜。しようが無いほどモテまくりなんだよお。俺、そーゆー趣味ないんだけどなあ」
「そのような事が…でも、御婦人方も、失礼ながらお断りなさればよろしいのでは?」
「その、『お断り』がムズいんだよ!はあ〜…」
 盛大なため息。
「俺も女だから分かるけどさ、一応あいつらプライドもあるしよ、ちょっとやそっとじゃ引き下がらねえ。こないだなんぞ、寝込みに襲ってきた奴もいたしなあ…」
「そんな!…御婦人が、女性(にょしょう)でおわすのに、自ら、ですの?」
 清楚な育ちは目を丸くする。
「ん?それはそれで悪いことじゃねえだろ?女がいっつも襲われるの待ってるようじゃ、男の方もお節介にも襲ってやるのが義務だと思い始めるからなあ…じゃ、なくて!」
 逸れかけた話題を核心に戻す。
「俺の女難!」
「そうですね…」
 年端の行かぬ身には不得手な難題だが、恩義の主の災難とあって、必死に思考を巡らす。
「あの…やはり多少の偽り事は止むを得ないのでは…如何でしょう、架空に御想人を上げられて、その方に信義を立てられているという風になさるのは?」
「いや…やっぱ、その恋人がいるかどーか、いっつも探られて御破算になるんだよな〜。女一人捕まえて、芝居してくれって頼むのも殺生だし…」
「そうですの…お助け戴きましたのに、この至らぬ身、お役に立てず…」
「いや、嬢ちゃんはいいって、俺の問題だし…ん!?」
 がばちょ!突如、金髪振り立ててルクスが復活する。
「嬢ちゃん!」
「は、はい…?」
 いきなり両手でがしっと掴まれて困惑気味。
「俺の役に、立ちたいかい?」
「あ、はい…はい!出来ますことなら」
「ほんとに、ほんと?マジ?」
「ええ!何か、何か私でもお役に立てますの?何なりとお申し付け下さいまし!」
 逆に真剣な目で返されて、ルクスもいくらか逡巡する。が、他に方法も思い付かず…
 思い切って、悪だくみの詳細をし話し始めた。

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(C)獅子牙龍児
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