真紅の美女 (4)


「さあ、飲んで食べる!皆こいつの奢りだからね!」
 若い娘の歓声が上がる。新鮮な肉料理にかぶりつく妹分のはしゃぐ様子に、姉御も満足気だ。
 結局、昂は少食に過ぎて、アルナワーズが頼んだ豪勢な肉料理はどうにもきつかった。しかも一旦出された料理は、例え冷めても食さねば料理人にも不義理だと、結局律儀に粗食の方を選んでしまったのだ。もっとも、そんな慎ましやかな様子も、物語に現われる放浪の姫君のようで、歓喜女のフーリー達は盛んに感心していたし、無用となった大皿も全て麗しの歌姫達の胃袋に収まる運びとなったので万々歳であった。
 対照的に、不機嫌を絵に描いたような顔なのがルクスである。貴重な金を贅沢過ぎる料理に使われて憤懣遣る方無い。かなり舌は煩い方だが、故郷で肉料理が貴重なこともあり、意外にも菜が好きなのである。新鮮とは言え半生、量だけ馬鹿でかい生臭物では食指も大して動かぬし、第一値段が無闇に高い。その様子を見かねたか、賄いの娘が新しい匙と暖かい赤茄子汁のお代わりをよそいに来た。具の筆麺も弾んでくれたのだが、「こちらのお代は取りませんよ」とクスクス笑いながら立ち去ったのが多少かちんと来る。まあ、好物なので良しとしよう。
 それより、アルナワーズである。どうやら彼女は、食事よりも愛らしい少女にちょっかいを出すことに喜びを見い出したようである。初に過ぎる昂が珍しくて可愛らしくて、際どい話も含めて、自らの人生訓を伝授しようと躍起になっている。かわいそうな程紅潮してしまう昂を救おうと、何度も腰を折ろうとはするのだが、海千山千の伝法口調にすごすごと退散。口には自信のある方だが、普段は傭兵仲間とやりあう程度、体だけとは言え、男となると弁も落ちるのかと柄にもなくしょげ返ってしまう。
「ちょっとあんた!太陽の兄さん!」
「むごむご?」
 突然振られて、麺をほおばったまま間抜けな返事をしてしまう。
「むごむごじゃないよ!この子ったら、赤ん坊の出来る仕組みだってまだ良く分かってないじゃないか!」
「へ?…い、いや、だから月水もまだだし…」
「だからじゃないよ!いいかい?物事には順序ってもんがあるだろ?男女の事をまるで知らない娘を抱くのはお天道様にかけて仁義に反するね!今はまだでも月のもんだって直だろうし、胸もまだな体で、はらみでもしてごらん?ああ、考えるだけでかわいそうだよ!」
「あーあー、そんなギャアギャア騒ぐなよ!第一、まだはらむ様なこたァしてねえって!」
「どうだかねえ、男ってのはケダモノだからね、いくら釘刺しても足りない位だしねえ…」
 なんとか追及を逃れたいのだが、食事中は腹に血がまわってしまうルクス、苛々も手伝ってまた大失言。
「分かった分かった、必ず外出ししとくさ!」
 即座に紅の爪が口元をつねり上げる。
「ぅいってってってって!」
「全く、その腐れ根性叩き直してやりたいよ!…あら?あんた達、もう食べ終わったのかい?」
 妹分達は空の皿を前に至福の表情。
「そうかい。じゃ、先に帰っといで。あたしはこの兄さんにまだ説教があるからね」
 編みたての黄金の腕輪をはめ、明るくさざめきながら去って行く娘達を余所に、暗澹たる気分に包まれる。
(まだ、続くんかい…)

「あの、私、ありのままのルクス様をお慕いしておりますの。どうか、お姉様…」
 三人だけになった卓に、訪れた沈黙を健気な昂が破る。が、返って来たのは意外な言葉だった。
「ふふっ、心配性だねえ、お嬢ちゃん。もう茶番も必要なくなったからね、あんたのいい人苛めやしないさ」
「何?」
「ギルドが恩にきてるって、言ったろ?」
 紅の美女が真顔になる。そこで察しがついた。
「そうか、あんたギルドの依頼で来たってワケか」
「だけ、じゃあないけどね。ひと月えらい目に遭ったのは嘘じゃないし」
「う…」
「でもま、感謝して欲しいね。これだけ派手に騒いだから、昨日の乱闘なんざ、どっか吹っ飛んじまうよ。それに…」
 昂の髪を優しく撫でる。
「お嬢ちゃんは訳ありなんだろ?」
「…」
「あんまり重々しく扱ったら、却って詮索する奴が出るだろ?」
「…けど、あんまり荒っぽ過ぎたぞ」
「あんたに比べりゃましさ!こんな、良い服きて心映えも奇麗な子、悪戯しちゃってさ!」
「お姉様!ですから私、ちっとも…嫌ではありませんの…」
 頬がまた染まり、声も小さくなってしまう。
「うんうん、惚れちゃったもんは仕様がないさね。確かに、『太陽のルクス』は並の腕利きじゃあないし、惨い事は嫌いで無駄な殺しはしないし、女子供を助けることはあってもいたぶることはないって言うしねえ」
「ほらほら!俺はケダモノなんかじゃないだろ?」
「煩いよ、話は続くんだから!いいかい、お嬢ちゃん、この馬鹿はタコだけど、多分お嬢ちゃんの付き人にはまずまずの男だとは思うよ。こいつね、凄い吹聴好きで有名なんだよ?それが、こぉーんな高貴な子連れて歩いて、お嬢ちゃんの身の上話そうとしない所を見ると、秘密を守る気はあるんだとあたしは思うね」
 この女は昂の正体にどこまで気付いているのだろう。ふいに気になって牽制する。
「秘密ってゆーか、吹聴するにはちょっと足りねえからな。結局は商人風情…」
「つまり、商人の娘じゃないって事だね?」
「…!」
 冷や汗が流れる。…このアルナワーズは、普段の荒い口調と勢いに騙されるが、実は相当の切れ者で記憶力も抜群との話である。歌姫になる時、盗賊ギルドから密偵になれとの誘いもあったそうだが、現実には隠密の仕事を嫌って断わったという噂も聞いた。が、常雇いでないにせよ、時折探りの仕事もこなすらしい。…そうでも無ければ、娼館の主人が売れっ子を手放す筈が無く…第一、今回はギルドの依頼で来たとはっきり言ったではないか。
 ギルドが皇国と敵対しているとは言え、身分の高い婦女子の誘拐は裏の組織の大きな収入源である。大抵は身代金目的だが、最悪の場合裏の市場に『売り』出されてしまう。いわば血統書付きと言う訳で実に高くなる…何せ、女郎買いには己の出自に引け目を感じる成り上がりが多く、元が貴族の娘とあれば争って飛びつくからだ。また、まかり間違って昂の素性が他国に漏れ出したら…昂の母国であれ皇国であれ掴まれれば危険だ。
(なんとか…アルナワーズを黙らせねえと…)
 即座に策を巡らし始めたが…
「あーら、あんたも結構いい男じゃないの!」
 当の相手はにーっこり艶やかに笑いかけてきた。
「へ…?」
「だってさ、あんた、王宮の近衛騎士みたいな顔してたよ?愛しい姫様守るため、どうやってこの女の口封じしようかって…」
「そんな!ルクス様!お姉様は…!」
「だいじょうぶさ、昂ちゃん。この男、どうやら女いたぶるのは趣味じゃないようでさ、今も迷ってたのさ。…安心しなって!この可愛いお姫様はちっとも目ぇ着けられてなかったよ。だし、あたしも聞かれたら『迷子になった小商人の娘らしい』って答えとくから!こんな子、女の誇りにかけて売れるもんかい!」
「そうか…恩に着るぜ」
「おや、まだ礼は早いよ?…この子、いつまでこんな格好させとく気だい?」
 長い指で昂の外套の袷を外す。気付かない振りをしていただけで、着物には煩い歓喜天女のこと、当に少女の高価過ぎる衣装はばれていたのだ。
「いや、後で適当な服を…」
「あんたが見つくろうのかい?駄目駄目、男が女に贈る服ってのはただただ飾るだけでさ、場に合うかどうかなんて考えもしないからね。ここはあたしにまかせな!」
「え?おい…」
「いいから!ま、奢られるばかりも何だから、そっちの費用は持つよ。ばっちり、程ほどの平民に見えて、しかも嬢ちゃんにぴったりの可愛いのを取ってくるからね!」
「そ、そうか…」
 ルクスにして見れば久々に女物の衣装を選べる希有の機会を取られた形で、内心不満たらたらだが、確かに町中をよく把握している歌姫の眼力の方が信用できる。今は詰まらぬ洒落心より目立たない方が優先だ。
「じゃ、きまり!あたしはちょっと買い物してくるからね、あんた達は部屋ででも休んでな!」
 ルクスの複雑な心境を他所に、最後に景気良く葡萄酒の杯をあおって意気揚々と去って行った。

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(C)獅子牙龍児
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