北辰の祭礼 (1)


「何だって!?」
 薄暗い部屋の中で、若い男の声が響く。
「シィー!あんた、声でかいよ」
「…ああ、悪い悪い…」
 若者が見事に長い金髪を掻き乱す。
「だが、蝙蝠騎士団まで繰り出すってぇ事は、皇国も相当本気だな…」
「ああ…」



 湿っぽい家屋を出ると、小さな少女が駆け寄って来た。
「如何がでしたの?」
「ああ、まあ…ぼちぼちってトコだな。ちょっと戻ろう」
「ええ…」
 長身の青年の側に水色の衣装の少女が寄り添う。…ルクスと昂である。

 あれから情報屋を複数当たり、皇国の動向を探っていた。とりあえず、この町を脱出し、信頼できる仲間を雇った上で翼竜国の様子と家宝の行方を探りたいと思っていたが、状況はなかなか厳しい。思ったより皇国の手は伸びているようだ。
 表町に密かに駐屯するは夜戦上手の蝙蝠騎士団である。けちな名前の割りに統制が取れているのと、幼少から昼夜逆転の生活を送りまた特殊な薬を常飲し、夜半でも衰えぬ思考・技量と闇夜も見通す千里眼を誇る、皇国兵団の中でも特異な集団である。無論、盗賊ギルドの猛者ならば数日の徹夜もものともせず夜目も大層利くのだが、それでも夜の盗賊の圧倒的な優位が崩れるのは痛い。蝙蝠騎士団は暗殺も得意中の得意、盗賊集団との対決にはまさに打ってつけ。自由都市群で何より怖いのは評議会の雇われ兵士ではなく裏のギルド、それを見越しての用兵である。
 当座の金稼ぎと周辺の情勢探りを兼ねて、大きな『仕事』の噂についても尋ねてみたが、これといった話もない。それに頼りにしていた知り合いは、傭兵ギルドを脱退して故郷に帰ってしまったらしい。腕利きなら幾らでもいるが、秘密の絡む仕事であるだけに人選は慎重に行きたいし、皇国の特殊兵器に対抗できるような能力者も欲しい。
 できることなら、皇国が昂についてどの程度真実を掴んでいるかも調べたかったが、自分から聞いて薮蛇になるのも困る。金になるような話題には目がない情報屋が、昂について探る様子も無かった所をみると一応この地に王家の人間が逃げ込んだ事自体が知られていないようではあるが…
 難しい顔をしながらも、道端で出来るような話では無いので、口を結んだまま宿までの道をそぞろ歩きを続けた。
「あら!…奇麗な飾り玉…」
 辺り一面、祭りの客を当て込んでの屋台で一杯だ。概ね食べ物と子供騙しの玩具売りだが、たまに少女が喜ぶような店もあるのだ。
「おや、可愛いお嬢ちゃん!安くしとくよ!」
「まあ…」
 眼を輝かす昂にルクスの気分も和む。色香で男を利用したとか騙したとか、さらには自分も男だから男の気持ちも分かるのでそこにつけ込むのだとか言っていたが、この子は本当に無邪気に女の子らしい。強いられての事だから痛ましくもあるが、少女時代のひねくれた自分にはとても真似できないので、こんな所を大切にしてやりたいとも思う。
「おい親父、幾らだ?」
「まあ、ルクス様!あの、私…」
「いいっていいって!あのねーちゃんも言ってただろ、男の財布は当てにするモンだぜ!」
 実際は相手の財布だが、景気付けも兼ねて大きく出る。
「へえ!あんたがあの、『太陽のルクス』って訳かい?…こりゃあ…」
 好奇丸出しの目でルクスと昂を交互に見遣る。
「なあるほど…」
「…おい、俺らは見せモンじゃねーぞ」
 親父の口元にいささか下卑た笑みが浮かぶに至って、ルクスの口調も剣呑になる。
「へいへい、怖いこった。…そら、一袋、半額で2ゲルでさあ!」
「まあ、そんな…有難うございます…」
「おいコラ親父!半額が2ゲルってコトはねえだろ?そいつは一袋でいいトコ3ゲルだ」
「うへえ…厳しい兄さんだなァ、ま、お嬢ちゃんの笑顔に免じて、1ゲルで」
「ま、そんなモンか。買った!」
「へい、まいど!」
 じゃらじゃらと賑やかな音をたてる袋を、白手袋で受け取る。手渡そうとすると、忘れな草の少女が嬉しいような困ったような色を浮かべている。
「申し訳ありません…」
「いいってコトよ!」
 華奢な肩を軽く叩いてまた歩き出す。
「てゆーか、俺が欲しかった…」
「え?」
 耳元でつぶやかれて驚く。
「俺、小さい時チョー貧乏でさ、あんなモン、とてもじゃねえが買えなかった…」
「左様でございましたの…」
「なあ…」
 にいいと、歯を見せて爽やかというよりずるい笑顔を浮かべる。
「帰ったら、山分けしねえか?」
 くす。まあ、ルクス様ったら…
「はい、喜んで!」
 命の危険がどこに潜んでいるやも知れぬのに、今までの生涯で覚えのない程の朗らかな気分を味わう昂であった。


「ええと、こっちとこっちも別モンだからあ、ひい、ふう、みい、よつ…おお!結局五種類以上入ってたぜ!」
「ええ、色合いもようございます。一重の腕輪位でしたら、三種ばかりは出来ましょう」
「うんうん!…けど惜しいよなあ、このカッコじゃ付けずらい…いいや、袖で隠しちまお」
 本来なら、立ち聞きの心配の少ないここで、情報の検討をすべきなのだが、我慢のできない質のルクスは、さっそく裁縫道具を取り出して手製アクセサリーに専念しだす。驚くべきことに、この柄が悪くて下品な物言いの『青年』は、実に器用なのだ。
(やはり、御婦人でいらっしゃる…)
 忘れがちだが、当り前の事に思い至り、昂は複雑な気分で作業を見つめる。ふと、視線に気付いて美丈夫が顔を上げる。
「どした?」
「あ、いえ!ルクス様のお手並みに、つい見とれて…」
「まあな!」
 思い切り、ふんぞり返る。ルクスや昂の故郷の東方では、概ね謙遜が美徳とされるのだが、ルクスはとかく天狗になる。だが、どんな小さな褒め言葉にも大げさなほど喜ぶ様子はいっそ清々しい。
「食事の支度、針仕事…みんな小せえコトだが生きてく上ではエラい大事さ。こーゆーのを粗末にする奴ほど小せえコトに足を掬われる。幸い、俺は女に生まれたからさ、家事を覚えて褒められこそすれけなさる事はねえ。将来、すっげえイイ男ゲットした時のためにも、こーゆーコトはしっかりマスターしとかなきゃな!…て、全部死んだ母さんの受け売りだけどな」
「そうでしたの…」
 相当辛い半生であった筈だが、ルクスは全く前向きである。病の後遺症で面相が崩れても嘆くばかりではなく、突飛な方法ではあるが解決の策を講じた。その結果が甚だ不本意に終わっても、なお諦めず歩み続けるばかりか、他人をも救おうとしている。つい昂は腑甲斐ない自分と比べてしまう。
(私は何もできない…何一つ…)
 じっと手を見る。娘として育ったために、武術の類は不得手というより全く不可能。少ないながらも常にかしずく家臣に囲まれ、日常の雑事は全て任せていた。かつては得意であった念術も、強力な縛のためにさして自由にはできず、しかも王家の内紛の種になってしまった…
「お!いいコト思い付いた!」
 どうにも場の空気に鈍いルクスが頓狂に明るい声を上げる。
「なあ嬢ちゃん、俺、同じの二つ作るからさ、それ嬢ちゃんが作ったってコトにしてさ、嬢ちゃんが俺とおソロにしたいって言ったコトにしねえかい?なら、男の俺がコレ付けてても違和感ないしィ〜」
「…」
(今の私は、この方のために何も出来ない…口惜しい…)
「嬢、ちゃん…?なんか、怒った…?」
 昂の沈黙を案じて、ルクスの表情から幾分明るさが消える。心配そうな、瞳。
(あ…)
 その、らしくないほど不安そうに揺れる瞳にはっとする。
(だめだめ、私が暗くなればなる程、お優しいルクス様も御心配なさる…)
「怒ってなぞおりませんわ。喜んで頂戴いたします」
「やったあ〜!」
 快諾に快哉を叫ぶ。高々腕輪一つに、と思う程の明るく楽しげな笑顔。つられて昂の顔にも本物の微笑みが戻る。
(せめて、ルクス様のご心労を増やさぬよう、私も笑っていましょう…)
 小さな胸の内に、健気な覚悟一つ。



「さて、と!」
 ルクスが地図を数枚広げた。先とはうって代わって真顔である。
「まず、状況を整理してみっか。まず、俺達はここにいる、と」
 大陸全体の概要図で、中心に程近い地点を指す。
「で、敵の蛇野郎どもはこの辺り…」
 砂漠を除く、大陸南部の大部分を囲んで見せる。
「そんで、嬢ちゃんの最終目的地はこっちだが…」
 大陸は東、険しい山脈の向こうの、翼竜国。
「俺が当てにしてた知り合いがよ、故郷に…こおんなトコまで引っ込んじまってたのさ」
「まあ…」
 長い指が突ついた場所は、遥か西方にあった。
「俺としてはさ、知り合いのそいつ、ここら辺で捕まえてからよ、南行ってさっさとお宝奪還しようと思ってたんだけどよ…ちょっと振り出しに戻っちまったなあ」
「…他の、お方では?」
「ん〜、何せ傭兵ってのは理性的とは言い難いモンでさ、人選は重要なのさ。まず口が堅くてどっちかってゆーと皇国嫌いの奴、ケダモノじゃない奴、それと…」
 ぐっと眉根が寄る。
「言霊魔法、特に魔法鉱物を使った武器なんかに詳しいヤツとなるとそうはいねえからなあ…」
 難攻不落の翼竜国を落としたのも、特殊な魔法陣であったという。何でも屋である傭兵達は商売柄魔法の罠に直面することも多く、常人よりは詳しいとも言えるが、魔法理論は難解を極め、また習得には多額の金銭を必要とするため、貧しい出自の多い傭兵達が学ぶことは難しい。かと言って、本業の魔術師達は元々危険を厭う上に魔術師ギルドの規則の縛りもあり、個人で雇うのは手間だ。
「いっそ、先にそいつのトコ行ってから仕切り直しって手もあるが…」
「私でしたら構いませんの」
 にっこり微笑む。
「もはや、本国にも私に従う者はおりませんの。私に急ぐ理由はございませぬ。ルクス様の拘束が長引く事は申し訳ございませんが…」
「いや、いい!そう言って貰えると助かるぜ。正直、俺もさ、相手が相手だから急がば回れかなって、思ってたトコロ。ただ…」
「ただ?」
「方針が決まったのに悪いんだが、もう暫くここに逗留するハメになりそうでさ」
「と、おっしゃいますと?」
「蛇どもは、どうやら近々この黄土地帯へ戦を仕掛けるつもりらしい」
「え!」
「まだ、正確にどのルートで攻め込むのか分からなくてさ、ここを出るにしても安全圏を確かめてから移動しねーと、ヤバそうだ。何せ、ここを出ると暫くオアシスもねーからな…」
「まあ…」
「今、情報屋に話付けてその辺探って貰ってるのさ。…微妙なトコだが、この町は黄土じゃ一番盗賊ギルドが強くって、情報も早い。その分思いっきり目ェ付けられてるが、一応火蛇の国境からもちょいと離れてるから、下手に動くよりはここで様子見した方がましっぽくってさ」
「けれど、自由都市群が軍門に下るとなれば…」
「ああ。東西南北、移動がどえらく面倒になる。だがそんな時だから、皇国本国の動きは活発になってると思うぜ?今すぐ南下するのは取り合えず無理くせえし、もう、思いっ切り遠回りにやるしかねえな」
「左様ですの…ええ、左様ですね…」
 覚悟はしていたものの、予想以上に厳しい状況に幼い面が曇る。その様子を慮って、ルクスが殊更明るい声をかける。
「でもな、そんな事態なモンで、皇国の動き知りたがる連中が山ほどいるらしくってさ、さほど怪しまれずに情報集められて助かったぜ!…ま、御陰で足元は見られたけどな」
 優しく、あやすように頭を撫でられる。もう年齢で言えばそう子供でもないのだが、心使いは嬉しい。
「つー訳だから、取り合えず祭り見物でもしてくか。実は俺、ちょっとは楽しみなんだ♪」
「あら?ルクス様、北辰様の祭礼はお嫌いでは?」
「いやだからさ、おねーさんに言い寄られンのがウザいだけ。お祭り自体は好きだよ、俺。いろんな芸人が集まるし、吟遊詩人なんかもうじゃうじゃ来てさ、特に小さい頃はそれだけが楽しみだったしなあ…」
「ルクス様…」
「特に北辰どのはよ、特別たっかーいトコにいるワケだから、ちゃんとこっちの願い事届くように、最後の日にでっけえ花火上げるのさ!」
「まあ、花火!」
 昂も瞳を輝かす。東方には火薬の産地が少なく、またよろず火気の事には強い南方とは直接の交流が少なく、余程のことが無い限り花火など望めない。それだけに、闇夜に眩しき光輪が舞う壮観は老若男女を問わず憧れの的である。
「な!事態はメンドー極まれりだけど、足止め食って花火見られるんだったら、」
「よろず物事は…」
「両面!」
「ですわね!」
 ひとしきり、笑い合う二人であった。

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(C)獅子牙龍児
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