闇夜の死闘 (1)


 ルクスは風のように駆けていた。
 かの非道の騎士までかなりの距離に妨げあったにも関わらず、人垣を掻き分け掻き分けたちまちの内に到着。新顔の出現に、騎士と盗賊双方の視線が集まる。
「何だあ?」
「貴様、何者だ!」
 誰何の声へ返答代わりに躍りかかる。
「糞犬め、死ねやあ!」
「チッ!」
 ふいの事に避け切れず魔剣で庇う蝙蝠の騎士。が、その目驚愕に見開かれる。
「何ッ!」
 闇色の刀身が、細き刃の一撃で砕け散ったのである。
「魔刀…使いかよ…」
「にしても、アレをたった一太刀で…」
 胡散臭げだった辺りの盗賊達の声音に、敬意じみたものが入る。が、敵もさるもの、たちまち得物を失った仲間を庇う様に残り二人が進みより、逆にルクスに切りかかってきた。
「くッ!」
 予想の攻撃ではあったが、やはり熟練二人の剣はやや重い。一歩下がって仕切直す。騎士共も同様、改めて剣を構え直す。
(もう、剣砕きはムリそうだな…)
 初めの攻撃、刹那の隙を付き本気で胴を狙えば両断も望めたが、あえて剣を狙ったは何も殺生を嫌ってではない。蝙蝠の騎士の真の恐ろしさはその魔剣にある。騎士を殺しても肝心の剣が無傷では益が無い。そもそも、魔剣バンシーは数に限りがあり、団員の中でももともと所有者は一部、主を切ったとてあたら別の使い手を増やすだけにもなりかねぬ。不意打ちが叶わぬ今、三人全てを倒して剣を奪うよりしくなく…
「朱(あか)の大鳥よ、南方より来たりて汝が息吹の一撃を!」
 火気解放の合言葉とともに、不気味に猛禽の爪を思わす意匠の柄から燃える火球が放たれる。気を取られた所に例の二人が剣撃が。一人は頭部、一人は胴。さらには魔法の炎。
「畜生ッ!」
 長い脚の蹴りでなんとか低い剣を逸らさせ、バランスを崩しながらもなんとか上段の攻めも刀で受ける。火球も念術にて防御はしたが、いかんせん集中しきれず高価な衣装の焼け焦げと火傷は防げなかった。
(なるほど、斬れなくても魔法は撃てるってワケかい!)
 胸中毒づく。呪文を唱えたのは先に魔剣の刀身を砕かれた騎士であった。効力は半減するものの、朱雀石の魔力によりある程度の魔法ならば行使できる。しかも、いまいましきは剣の魔力の強きによりまた皇国の邪悪な魔術師の細工により、魔法言語ルーンの言霊ならで平文の、いかもさほど長からぬ合言葉にて発動が可能と来ている。元々炎の魔法とは相性の良いルクスの事、それなりに耐性もあり回復力も強力だが、まともに食らえば愉快ならざる事態となる。
(ま、仕方ねえ!先手必勝!)
 刀の峰に手を添え、しばし瞑目。しかる後、気合い一喝!
「ぅおおおお!」
 野獣の咆哮と共に籠められし一念が炎となって蝙蝠の使徒にみるみる迫る。が、当の騎士は余裕の笑みすら浮かべつつ、ゆったりと愛剣を火炎の進路にかざす。
 シュウウウゥゥ…。すうっと、炎全て剣の柄へ、火炎の魔石の輝きに、吸い込まれるように消えてしまった。
「げえっ!火を喰っちまった!」
 遠巻きに見ていた盗賊の叫び。ルクスも多少の防御は予想しての事とは言え、全くの無力化に流石に驚きを禁じ得ない。
「ふ、雑魚めが…。皇帝陛下より賜わりしこの宝物、常より遥かに魔力を高めてある。そのような児戯なぞ通用せんと知れ!」
 再び襲い来る魔剣の嵐。死の剣劇が始まった。


 蒼穹に月なく、星々黒煙に隠されり。その漆黒の闇を、刃のきらめき火花のまたたき炎の輝きが切り裂いて行く。両者のあまりに激しくめまぐるしいやり取りに、ギルドの戦士たちも加勢のしようもない。
 剣を避ければ魔力の撃、魔力を防げば剣の斬。美貌の青年の白き衣はここそこに焦げと血糊の模様染め、あたかも死に装束の様を呈してきた。志はさておき、蝙蝠の戦上手は真の騎士に相応しく、三者あたかも魂同じゅうするが如く、一糸乱れぬ連携振り。並みの敵なら三人一度に倒すも容易いルクスとて、正規の名人相手は辛い。そこに、魔剣バンシーの妖力が重なる。
 凶鳥バンシーの名を冠するは伊達ならず。その剣を形作る闇色の魔石、『烏石』もまた火蛇の皇国の忌まわしき産物にて、古来より呪殺の儀礼に重宝された曰く付き。その一撃一撃がかの妖鳥の泣き声の如く凍える恐怖を呼び起こす。さらに火気の化身、朱雀の威力の魔宝石が、かの一撃より生まれし傷口より、苛烈の炎を潜らせる。心弱きものなら一撃にて沈み、鋼の勇士とて幾らも持ち堪えられまい。
 幸い、ルクスも体ばかりは闇の眷属人外の鬼、気力挫きの魔力もさほどは響かない。しかし、身中に直に注ぎ込まれる炎の魔力ばかりは、いかな念術を駆使したところで火傷の多少は防げぬ。

「あの金髪、よく持ってるぜ…」
「だが、幾ら何でもそろそろ限界だろうよ」
 実際、ルクスの劣勢はこの頃にはいよいよ明らかとなっていた。あの、夜郎を倒した電光の早業は影もなく、肩で息し防戦一方、疲労の色が濃い。
(油断…した…ぜ!)
 全くの祭り気分で、何の防具もまとわず街に繰り出していた。胴当ての一つもあれば、さほどに身を庇わず攻撃に専念できようが、やわな白絹一枚では刃の速度を殺す役にも立たない。対して相手の蝙蝠どもは、やはり正規の騎士団、庶民らしい服の下はすき間無く編んだ鎖の帷子、その細工は軽くて動きを少しも損なわぬ。しかも、特別に耐火の術でも施されているらしい。
(そうか…火の海の戦だけに…いまいましくも炎の国の騎士団だぜ!)
 苦し紛れに放ったルクスの炎撃は、朱雀の石に喰われるか鎧に弾かれるかでほとんど利いていない。それならばと、剣を避けざまに武器持つ手首を突いてみるが、唯の黒皮と見えしその手袋、何の細工か容易には裂けぬ。首にまで何やら防具を巻いており、後は顔面を狙うか不利を承知で硬き守りの壁の上より重い打撃を加えるより道はない。だが、軽く細い刀の打撃には限度があり、また力を籠めれば籠めるほど、神速の動きは損なわれる。
 敵の裏を突ければまだしもだが、如何せん足場が最悪で容易には動けず、また裏を取ったとて却って裏街への道を開くことになりそうで踏み留まるしか策が無い。
 念籠めの刀も既に二本を失っている。一つは二人掛かりの渾身の一撃に、今一つは呪文と共に振り降ろされた炎の剣撃に耐え兼ね無用の鉄屑と化した。替えは既に尽き果てた。
「くッ…そッ…!」
 刀を地に立て、遂に地に膝を付く。常ならば念にて塞げる傷口も、間断なく襲い来る剣と炎に妨げられ露程の手当もできぬ。超絶の肉体と言えども、命の源血潮の量が減じれば危うくもなる。既に、体が奇妙にふらつく。
(そろそろ、覚悟決めるっきゃないな…)
 美貌に浮かんだ苦渋の表情をぬらりと垂れる血糊が彩る。

「ほう…どうした、命乞いか?」
 騎士の笑いを含んだ嘲りに、短気な美丈夫の血が上る。
「このっ、なめんなよ!あれだけ大見得切っといて、今さら命乞いもあるもんかい!」
 怒りの勢いそのままに、自らを支える杖と化した最後の刀を投げ捨てる。
「へっ!俺だって死ぬときゃカッコ良く派手に死にたいぜ!」
「も…駄目か…」
 辺りの盗賊達が嘆息する。この青年の善戦は、彼等の寿命を伸ばしはしたが救いはしなかった。金髪の美丈夫が死すれば…次は、自分達の番だ。
「フッ、覚悟は立派、と褒めたい所だが…」
「うるせえ、能書きはいい!テメエらにも人の情けってモンがあんなら、一思いにヤりやがれ!」
「貴様は油断がならん。魔法の心得もあるようだ…」
 魔力が有っても専業ならざる騎士には、念術と魔術の区別は難しいだろう。
「まだ武器を隠し持っているやも知れぬ…」
「何だとッ!俺はスッカラカンの空手だッ!俺は無茶無鉄砲だが嘘つきじゃあ絶対ねえぞ!」
 もはやルクスは真っ赤。
「ククッ、成る程、無茶は認めよう…」
「しかし我らとて憂いは絶ちたい…」
 二人の騎士が同時に構える。
「安心しろ。刹那も待たず根の国送りだ」
「貴様の心の臓、肉のかけらも残さず燃やしてやる!」
「朱雀最高の葬礼法…『人体発火』でな!」
「なに…!?」
 対象を、紙の様に燃やし尽くす恐怖の上級魔法。さしもの傭兵も蒼白になる。本来、魔法の専従ならぬ騎士風情に扱える技では無いが…いまいましい皇国伝来の宝物の助けを借りればあるいは…
「炎の翼、乾きの主よ、汝がための贄ここにあれり…」
「封じられし火炎よ、我解き放つ古の封印より…」
「死を漁り戦の原に舞いしあやかしよ…」
「一つの魂、一つの肉体、汝がための餌は今ここに…」
 火鳥と死鳥双方に捧げる仰々しい口上が続く。腹ただしいのは剣を砕かれた初めの騎士が、もはや自分に用は無いとばかり傍観を決め込んでいることだ。長い長い呪文だが、ルクスとしても今はどうしようもなく、ただ美貌を険しくして睨むが精一杯。
「かの者の命の源を絶つべし、今こそ宿らん破邪の炎!」
 呪文は完成し、黒の切っ先にあやしの炎が灯る。
(破邪なんて、よく言うぜ!)
 毒づきながら、衝撃に耐え、目を閉じる。
「望み通り、死ね!」
 周囲の男達は瞬間、思わず顔を背けた。


 暫しの沈黙。まがまがしい黒剣が、まだ白さを残した青年の背中を突き抜けていた。傷より染み出す血潮の赤。闇色の刃、純白の絹、真紅の血…三者の総和が哀しくも美しい。騎士が剣を納めると、ゆっくり、勇敢な青年の体が大地に向かう。石畳に鈍い音を立て落ちたそれは、もはやただの肉塊に過ぎなかった…


「なんてね!」
 果てた筈の若者の声が響き、一同耳を疑う。ルクスは…いつ起きたか元の姿勢で。

 生きていた!



「ま、無事とは言い難いし、モロ痛ェけどよ!」
 声には流石に虚勢が混じるが、凶剣はかの体を串刺してはいなかったし、そもそも心の臓を大きく外れていた。全ては幻、念術にて虚像を見せたのだ。しかし剣は抜かれておらず、傷口より煙と肉の焦げる不快臭が漂う。それでも、いっかなルクスが燃え上がる気配はない。
「な、何故バンシーの業火が効かぬのだ!」
「あ、ワリいな兄さん、あの術限定が激しいンだよ。心臓って言ったらちゃんと心臓狙わなきゃ、アリガタミも半減ってカンジ?」
 重度の火傷で息も荒いが、命の修羅場でお得意の軽口が戻ってきた。
「くっ…な!何故に抜けぬ!」
 反射的に自らの得物を引き抜こうとしたが、細身の筈の青年の肉が刀身をきつく挟み込んで離さない。
「おっと、そいつは今から使うンだからよ、邪魔しないでくれよ!」
 形成逆転、余裕でうそぶくと今だ炎を燻らせた刃をむずと掴む。
「フンッ!」
 気合いと共にその手より新たな炎が生じる。烏の呪いか、不吉な青みを帯びていた魔法の炎と異なり、ルクスの炎は全き赤。その火炎は、まるで命持つ者のように、剣を舐めつつ登上がる。
「ひッ!」
「だっ騙したなッ!」
「あ、言っとくけど俺って結構ウソツキでね!」
 慌てて剣を離そうとするが、手に吸い付いた様に離せない。実は、呪文の最中に既に念術にて剣と手とを縛ってあったのだ。もっとも火急の折りでもあり、熟練の使い手のようにか細い糸は望めず、不格好な紐状の念で適当にぐるぐるにしただけだが…不可視を見る才無き騎士には恐怖の不可思議であっただろう。
「さて。あの世で…恋人たちに詫びるんだな!」
 さらに力を籠め、発動し切れずくすぶっていた『人体発火』の魔力ごと、自らの念の炎を浴びせかける。
「ウギャギャギャアアア!!」
 この世のものとは思えぬ叫びを残し、たちまち無道の騎士二人が烈火に包まれる。わずかに後方で、仲間のあまりな最期に逃げることもできず硬直していた無剣の騎士も、程なく仲間の炎の飛び火にて同じ運命を辿った。
 最後に、用済みとなった邪悪の剣を体より抜き去り、立ったまま果てた三人に軽く蹴りを入れてやると、外道の騎士は全て無惨に転がった。
「ウォオオオオオオ!」
 期せずして、辺りに歓声の渦。その高揚を軽く宥めてルクスが言う。
「なあ、盛り上がった所で何だけどよ…」
 腹部を軽く叩く。
「腹、減ったんだ。なんか食いモンねえ?」
 太陽は、何とも憎めぬ笑顔を浮かべた。

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(C)獅子牙龍児
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