闇夜の死闘 (2)


 血を増やすには程遠かったが、それでもかなりの量の食物を平らげ、ついでに止血の手伝いまでさせ、包帯の礼もそこそこに近所の家屋を後にした。ほんの小休止で人外の肉体は恐るべき回復をみせ、一部の深手を除いて動いたところでチクリともしない。
「急がねーと…嬢ちゃん心配してっだろーなあ…」
 小走りでマイナス亭を目指す。治療の一休みも数えれば、都合半時ばかり待たせた事になる。見たところ宿の方角には火の手も見えず、また下っ端の盗賊の話によると、ギルドの精鋭によってかなりの騎士が返り撃ちにあったらしい。もっとも魔剣を持たぬ平の騎士ばかり、しかも倍近い身内の死者が出たそうだが、それでも騎士団を一時的にせよ後退させるのに成功したという。厄介な闘士団も人数自体はさほどでもなく、表町の工作作業に忙殺されているらしい。お陰で裏の方は消火もそこそこ進んだが、表通りの方は今だに地獄の様相を呈しているようだ。それを思えば胸が痛むが、今一番ルクスの帰りを待ち望んでいるのは間違いなく昂である。
 角を一つ曲がった所でふと、奇妙な気配を感じた。眉をひそめ立ち止まると、音もなく三人の影が現われる。
「…?」
 体格はさほどではないが、動きに少しの無駄もない。戦士にしては闘気が冷たく、表情にも覇気が無い。からといって無気力とも異なり、むしろ研ぎ澄まされた刃物の印象。と、言うことはつまり。
「アサシンかよ!?」
 反射的に刀に手をやる。しかし、先の激戦により刃こぼれもひどく、また炎の熱と荒い扱いで反り返り、鞘にもろくに納まらぬ有様。戦う羽目となったら、不利は免れまい。
「『太陽のルクス』だな?」
 一人が、感情のこもらない声で尋ねる。無機質の台詞の奥を探るのは難しい。用心しつつも、正直に答えるしかなさそうだ。
「…ああ」
「お頭が、おめえに用事だ」
「へ?俺とギルドとなんのカンケーが…」
 いぶかるルクスに、男が何かを投げ渡す。
「わっと!…って、これは!!」
 美丈夫の血相が変わる。それは忘れな草色の布…間違い無く昂の髪を束ねていた布だ。
「て、てめェ!」
 布を握り締め前後の見境無く抜刀する。その様子にも石のような暗殺者は動ぜず静かに告げる。
「今は、無事だ。足を痛めているようだが、それは俺達じゃねえ」
「うるせえ!あの子をどこやったんだ!」
「お頭の所へ行けば、会える。だが、おめえが言うこと聞かねえとなれば…」
 もう一枚、同色の布。昂の髪を隠していた布を取り出し、無言で引き裂く。鳥のさえずりも虫の音もしない暗い通りのしじまの中に、神経を逆なでる高音が響き渡る。
「糞っ垂れ…」
 小さく毒づく。切り札は向こうにある。何より、あの混乱の中小さな雛菊を置き去りにしたのは他でもない自分の軽率である。
「案内、しやがれ…」
「承知した」
 付いて行くしか、なかった。


 ここは、とある猥雑な酒場の地下。店の奥の隠し扉のさらに奥、深く下る階段の先。かなり歩いたはずだが、きつい火酒と濃い化粧の匂い、何やら怪しげな薬物の香りがまだまだ漂う。各所に手の込んだ鍵や罠、鋭敏な見張りがおり、入るも出るも一人では到底無理そうだ。
(こんな所に、嬢ちゃん連れてこられたのか…)
 唇を噛む。
(サタヤの奴、何やってんだ!)
 他人を罵っても始まらない。サタヤも歓楽街の住人、フーリーゆえに立場で圧倒する盗賊ギルドの連中に逆らえる筈もない。あそこで短気を起こさなければ…悔やんでも悔やみ切れぬ。
「ついたぜ。お頭も例の子供も中にいる」
「ああ…」
 ギイイ…。運命の扉が今開く。


「ほう?成る程、噂通りの優男じゃねえか。…随分汚れちまってはいるが」
 ややしゃがれた声の、壮年を幾らか過ぎた男。部屋中の男が全て起立する中、唯一武骨だがきっちり肘当てもある椅子に寄りかかり、顎髭を撫でながらルクスを検分する。白髪混じりだが眼光は鋭い。この男がギルドの頭…
「おい!来てやったぜ、ウスラトンカチ!俺の嬢ちゃんを返して貰おうか!」
「てめぇ…」
 ルクスのいきなりの罵声に、一座に緊張が走る。が、頭はいきり立つ子分をあっさり宥めた。
「ま、いいじゃねえか。久しぶりに活きのいい若僧だ」
「うるせえ!どうでもいいから早く嬢ちゃんを…!」
「そう急くな。大事な人質だ、何も無体はしてねえぞ。…おい!連れて来い!」
 頭の奥の地味な扉が開き、水色の衣がそろそろと現われた。
「嬢ちゃん!」
「ルクス…様…」
 弱々しく微笑む。猿轡こそないが、肘の辺りできつく縛られ、唯でさえ細い体がさらに折れそうに見える。編んでいた髪を束ねた布が取り去られ、半端にほどけているせいで疲労の様子もいっそう濃い。足の痛むところに手まで自由が利かなくなり、よろよろと歩く姿が痛々しい。さらに、その後ろぴったり張り付いて登場したは、例の山吹の娘…思わず一歩踏み出す。
「サタヤ!サタヤ、お前何でここ…」
「動かないでッ!」
 悲鳴に近い必死の声で叫ぶと同時に、何処からか短剣を取り出し水色の少女の喉にあてがう。頬は蒼白、刃を支える手も震え通しの有様…それでも短剣は明らかに実戦仕様、構え自体もきっちり動脈を狙っている様子に、ルクスも全てを悟る。
「お前…ギルドの密偵だったんだな」
 青年のつぶやきに、耐え切れず黄色の娘は目を逸らす。罠は…ルクス達にかけられた罠は、想像以上に巧妙であった。


「つまりは…結局アルナワーズもグルだったのか…」
 ただ恨むでもなく一人ごちるルクスだったが。
「ち、違う!」
 サタヤは意外にも噛みついた。

「姐さんは関係ない!計算じゃなくちゃんと親切尽しでやったんだ!ギルドの人間はあたい一人で…」
「じゃあ一体…」
「その辺にしとけ!」
 頭の太い一喝に、成す術もなくしゅんとなる。
「さて、時間も勿体ねえことだから、『商談』を始めることにするか」
「『商談』だと!?取り引きも何もあるかッ!とっとと嬢ちゃん返せ!」
「ハハ…全く強気のこった。だが、忘れてねえだろうな…サタヤ!」
「は…はい…」
 震える小剣をさらに細き喉に近づける。その様子ではたとえ命じられても殺生は無理だろう。何故彼女にこの役を、と思ったその矢先。
 すっと、サタヤの背後の男が、全くの無音で山吹娘の直ぐ背後まで素早く歩みより、にやにや笑って手にした斧を娘の頭上で戯れに静かに振り回す。その様に、部屋の盗賊の幾人かが忍び笑いを漏らす。つまり、連中はいつでもサタヤを殺せる訳だ。
(チッ!最低だぜ!)
「見ろ、『人質』はこっちの手にある。…少し、利口になるんだな」
「くっ…」
 二人も取られてはうかつはできぬ。しかも、サタヤの方には人質として利用されている意識はない筈…選択の余地は無い。

<<戻 進>>


>>「太陽と星の戦記」目次に戻る

(C)獅子牙龍児
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送