闇夜の死闘 (3)


「あんたらの条件は…『仕事』か?」
「そうだ。…ずばり言や皇国と戦争しろ、ってえ事だ」
「くそっ、軽く言いやがって…」
「なに、御謙遜。あの蝙蝠の騎士どもも倒したおめえなら不足はねえさ」
「だが、俺にだってできることとできねえことがある。第一…」
 何とか時間稼ぎに言い逃れを考える頭に、良い案が閃いた。
「ワリぃが、さっきのチャンバラでな、俺の刀はあらかた駄目になりやがった。奴らの魔法に対抗するにゃ、念術てモンがどーにも必要なんだがこの念術…」
 ガショガッシャン!ふいの物音が青年お得意の長広舌を封じてしまう。驚いて部屋の中央の卓を見つめたルクスの目には映ったのは。
 …宿に置いてきた筈の予備の刀…
「どうしたって、この、東方の刀って奴が必要なんだろ?」
 相変わらずゆったり構えたまま、ギルドの頭。実に機嫌良さげに続ける。
「あのマイナスの親爺はなア、始めっから一滴の曇りもねえ堅気で来てるんだが、どうにも頑固なのが玉に傷さ。高々預かりの荷物風情であんなに頑張るこたァねえと思うんだがなア」
「お、親爺を…!」
「いや、俺達は何もしてねえさ。なあ、ゴリアテ?」
「へい」
 頭の近くに陣取っていた丸刈りの巨漢が澄まして答える。
「何でも年のせいか、近頃この辺の骨が少々痛むそうでさあ」
 と言って自分の胸元を指す。その白々しい返答に盗賊達が大笑い。
「親爺は…カンケーねえだろ…!」
「なに、おめえが素直になってくれりゃあ別に悪くはしねえさ。一応、報酬だって弾むつもりだぜ?」
「く…」
 唇を噛み、拳を握り締める。
(俺に関わったせいで、あの人の良い親爺まで…)
「畜生、あそこであんな短気起こさなけりゃ…」
「いえいえ、ルクス様の責にはございません」
 場にそぐわぬ涼やかな声が響いて思わず見回したルクスの目が、驚愕に見開かれる。
「て、てめェ!…プルトンの…」
 ぎりぎりと、音がしそうなほど睨まれても平然と、その銀髪の青年は笑みすら浮かべたまま。
「ルクス様程の勇者様にお覚え戴きまして光栄に存じます」
 全くの、高級給仕そのままの仕草で辞儀。そのあまりの完璧振りに万座の盗賊達がやんややんやの拍手喝采。
「いいぞ!流石は『作法の師匠』!」
「アルザンク!やっぱおめぇにゃ、そっちの二つ名が合ってるぜ!」
 てんで勝手を言い合う男達ににやにやしながら頭がからかうように言う。
「だ、そうだ。屋号を変えるか?『白銀の死神』よ」
「いえいえ、『師匠』より『死神』の方がつよう聞こえますから」
 さらりとした返答にまたまた沸き立つ無法者。
(死神って…あいつ、あの給仕の野郎、アサシンだったのか!)
 どうしようもなく手の込んだ、罠…



「それはそうと、先の虹色酒ビブロストは如何がでしたか?」
「何?…まさか…!」
 突然食事の話題を振られて戸惑ったが、給仕ならば食事に一服盛るも造作ない事に気付く。
「いえいえ、毒ではございませぬ、ただあの酒を召し上がられた方は少々羽目を外される事が多いとか…」
「なっ…」
「殊に、」
 白刃の笑み。
「ご勇者たられるルクス様がため、朱の妙薬ミズガル草をば多めに加えてございましたゆえ」
「…!」
 ミズガル草は希少な強壮薬の一つであるが、量を誤ればたちどころに死す程作用は峻烈を究める。特に体力充実者が食せば恐ろしき興奮剤となり、時に戦場の兵士に与える程。しかし高揚が過ぎて判断誤る事も多きが故に、偽りて敵に服さす者もいるとも聞く…遅効性にて露見も少ないが魅力である。
 そして。
 ミズガル程の薬草を扱える程の実力者は、薬師の本場西方の王国にもそうはいまい。
(ただのアサシンじゃねえ…こいつ、毒師か…!)
 しかも、精神を操る技に長けた凄腕…


 昂を抱えた身で皇国と表だって事を荒げるのは避けたい。が、良案は何も思い浮かばない。ただ、既に焦げて煤けて黒ずんでしまった白山羊手袋の拳を握り締め、立ち尽くすしかなかった。
「よう、サタヤ」
「え?…は、はい!」
 沈黙する青年をよそに、頭は今度は山吹娘に水を向ける。
「どうもこの兄さんは強情のようだ。また、おめえのとこのアリーが余計を吹き込んだんじゃねえのか?」
「え…!そ、そんな事はないと、思います…」
 アルナワーズの嫌う呼び名に当然サタヤの表情も揺れたが、逆らう訳にはいかない。
「全くあの女、ろくな事しねえな!なあ、アルザンク?」
 首を巡らせて呼べば先の偽給仕、氷の細面に冷たき笑みを湛えてすらすら述べる。
「いかにも。しかも、探りのために放ったと言うのに仕事をこなすどころか標的を庇い立てし、その上嘘偽りを申しておりました」
「ほう?そりゃ穏やかじゃねえな」
「さり気なく『飾り』立てておりますが、この小婦人はやはりひとかたならぬ身分の様で、この幼さにして何と魔法の使い手でありました。火事より逃れる際に、確かに呪文を唱えて大気の乙女を召喚し落下を抑えたのでございます」
「何!そりゃあ初耳だぜ。俺もあの女の報告よりは上物と睨んでいたが…」
 じとじとと無遠慮に少女をねめ回し、ついでルクスの方も見遣って納得顔でにやりとする。
(畜生、嬢ちゃんが風霊使ったのも見られたか…!)
 ただ、不幸中の幸いは不可視を見通す才のない盗賊の目には、例の術がありふれた精霊魔法に見えたらしい事だ。女性でも精霊使いならそう珍しくない。
「こりゃ、思った以上におもしれえ話のようだぜ!」
「この様な『情報』を伏せたままとは、やはりアルナワーズに二心あり、かと…」
「きつい仕置きが必要のようだな…」
 楽しげに剣呑な目を光らせる、盗賊の頭。その表情に本気を読み取ってサタヤが蒼白になる。
「ち、違う、誤解です!魔法なんて、姐さんあたいにだって言ってないです!姐さんだってきっと知らなかったんだ!少なくとも、あたい達がついていったときも…」
「サタヤ」
「はっ、はい!」
「確かに知っていて言わぬよりは軽いが、『知ることが出来なかった』と言うのも密偵にとっては十分罪ではないかな?」
「あ…」
「アルザンクの言う通りさ。さて、奴はフーリーの『連』まで作りやがって迷惑この上なかったが潮時だな。ここらで消すか…」
「止めて!止めて下さい、お頭!姐さんだけは殺さないで下さい…!」
「じゃ、おめえの姐分の不始末の尻拭いでもするこったな!」
「え?」
「そら、その兄さん説得してみろや。…この優男使ってあの騎士ども追っ払わないことにゃ、俺達ギルドも揃って心中の憂き目だぜ?」
「あ…」
 青ざめたままのサタヤが、よろよろとルクスの方へ顔を向けるが、無論彼女に説得の策がある訳がない。
(つまり、俺が逃げ出しゃアルナワーズもどんなメ喰うか分からねえってか…)
 包囲網は完成した。もう、ルクスに逃げ場はない。

「報酬とやらについて聞こうか。それと、俺がどの程度あんたらの協力を得られるのか確認しときたいしな」
「ほう…漸く飲み込めて来たようじゃないか…」
「傭兵さん…」
 山吹の娘もほっとしたようで、短剣が随分と下がっている。鍛練の足りぬ証拠だが、盗賊もルクスも気にも留めない。何せ、人質の数が多すぎる。
「おいアルザンク、話してやれ」
「はい」
 いちいち畏まって辞儀をするのが癪に触る。
「まずルクス様にお渡しする報酬ですが、金品は勿論、有用なる情報も多数ございます」
「情報?そう言やあ俺が情報屋から買ったネタは全部ガセだったぜ!まずそん時の代金払い戻して貰いてえなあオイ!」
「さあ?当方と致しましても生憎情報屋の元締めは兼ねておりませぬゆえ、その件は分かりかねます」
(よくもしゃあしゃあと…)
「ルクス様の御朋友たる魔法戦士の所在でありますが…」
「てめえ!やっぱ故郷に帰ったってのウソだったんだな!」
「いえいえ、例の戦士の帰郷は間違いございません」
「へ?…なら、その情報はもう買ってあるぜ?奴の故郷は天狗国…」
「お言葉ですが、さて、西方は天狗の地に赴かれたとして、かの地の何処に向かわれるおつもりで?」
「う…」
「当方は、かの戦士の住まいに至る道の詳細も既に掴んでおります」
「なに!?」
「さらに、天狗の里へほんの七日ばかりで着く方策をも」
「!」
 ここ、砂無翅の街は大陸中央と言っても実際はやや南寄り、対して天狗国は西国のそれもかなり北方、まず黄土の砂漠を越えさらに山脈や森林地帯を抜けねばならぬ。ましてや砂漠のオアシスが奇麗に道なりにある訳でもなく、無理に直進を図れば恐らく渇き死に、またまともな馬車など望めぬ荒街道ばかり、どんなに運に恵まれたとて、ひと月より速く行くは無理というものだ。
 が、先の料亭にてルクス達は確かに水揚げして間もない様な魚を食した。秘伝の締め方や、魔法の櫃などを用うれば十日ばかりは持たせられよう。そう、天狗まで一週間で済む法があれば、刺身を内陸で出すなど造作もない。
「俺達としてもよ、外様に助太刀頼むのは外聞が悪いからなァ、おめえにはこっそり働いて貰うつもりだしよ、終わったら皇国ががたがた言う前に追手の掛からねえ遠くまで行って貰うがありがてえって寸法さ!」
「む…」
 皇国がすぐそこまで来ている以上、長居は無用だ。昂の情報をどの程度掴まれているか不明だが、まかり間違って捕えられる事にもなれば、また念の使い手と知れれば如何な目に遭うか知れない。その、移動の方策とやらは実に魅力的な誘惑であった。
「嘘じゃねぇだろうなあ?」
 一応凄んでは見せるが、圧倒的に不利なのは承知している。
「勿論ですとも」
 優雅とも言える様式で礼を返す、偽給仕。何の裏付けもない言葉だが、取り合えず信じるほかない。
 金糸で彩られた瞼を一旦は閉じ、暫し瞑目する。最後にもう一度考えを巡らせる。もはや、ここで皇国と一戦交えるのは避け難いが、ここまで周到に罠を巡らしたからには、盗賊達にとってもルクスは切り札なのだろう。どこまで信用できるか分からないが、保険は賭けられるだけ賭けておく。
「命懸けの仕事だ、こっちの条件も多少は飲んで貰うぜ!」
 可能な限り交渉し、後は天命を待つしか無い。

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(C)獅子牙龍児
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