火蛇の傭兵 (1)


 新月から三日が過ぎた夜…
 夜郎党の宿舎が襲われた。幾らか人数を減じたとは言え、街が制圧された今、連中は好き放題。流石に野犬の様な闘士団よりはましなものの、狼藉は眼にあまり…ささいな事をきっかけに、民衆の怒りが爆発したのだ。
 と言っても正攻法で適う筈も無く。非力な民衆は力を合わせ、大声を上げながら突如館を取り囲み、驚いて飛び出して来た夜郎党どもに汚物の詰まった桶を雨霰と浴びせたのである。
 その行いに相応しい姿に成り果てた夜郎どもは蝙蝠の騎士達に窮状を必死で訴えたが、元々下層の民に何の情も持たぬ冷血漢の事、ただあざ笑うばかり、まるで取り合わなかった。

 そして。
 …さる皇国駐屯所の二階が、粉々に吹き飛んだのは同日の夜明け頃の事。
 二階には、4人の騎士がいた…



「やったな!」
「へ、この俺にかかればざっとこんなモンよ!」
「はは、調子の良い野郎だ!」
 朝靄の中を駆け抜ける集団の気分は上々である。辺りを幅かって声こそ小さいが、フードにも隠し切れぬ笑みが何れの顔にも窺える。
 ギルドの腕利きと、ルクスである。

 新月…それは月の魔力の新たに生まれる日。
 新月の折に頂点に達する火蛇の魔法も、三日も過ぎれば確かに衰え始めて来る。さればこそ、連中も新月の幾分前を狙って決行したのだが、連中の計算、素敵に狂い新月過ぎても援軍来ぬまま…とは言え連中の魔剣の威力も全く消えた筈も無く、恐ろしく危険な襲撃には変わりなく。それが二晩立て続けに成功したとあっては気分も緩む。無論ルクスの常人離れした能力あっての成果だが、慇懃無礼のアルザンクの策も見事であった。盗賊達は勿論、ルクスも嫌味な奴との評価を変えざるを得ない。

 まず、騎士団に比べ皇国の保護の薄い夜郎党を襲う。あらかじめ民衆の間に憎しみを煽るような噂を流し、決起した民衆に乗じて朱雀石をレプリカにすげ替える。そしてほぼ昼夜逆転の生活を送る蝙蝠の騎士達の寝込み、即ち夜明け頃を狙い、強力な火薬を持ち込み、さらに奪った朱雀石で強化したルクスの念発火で騎士達を部屋ごと爆破する。…言ってみればそれだけの事だが、言うは易し行うは難し。事をすんなり運ぶべく、細部を詰めたのはやはりアルザンクの才である。
 もっとも、朱雀石が曇れば魔力を減じる…汚せば火炎の魔法を封じられると初めに教えたのはルクスである。およそ宝珠の力の源はその輝きにこそあり、宝珠の表面を少しばかり汚されたばかりで沈黙するのだ。汚れが臭気極まる汚物であれば尚の事。

「成る程、魔石も汚泥にまみれればただの石と化す訳でございますね」
「…それが出来れば苦労はしねえよ!」
 あまりにさらりと言った男に、毒づいたルクスであったが…一人一人はか弱くとも一致団結した民衆の勢いは凄まじかった。ルクスですら、勝利に貴重な念刀を数本も費やす羽目になったあの夜郎党が、数刻も経たずに残らずぼろぼろの姿に成り果てたのは正直言って痛快である。
 元通りに清められた朱雀の石が、10個ばかりルクスの元に届けられた時。

 …勝敗は決まったも同然だった。



 さて、ここは盗賊ギルドの本拠地の、地下深く築かれた一角。昼でも日は差さず居心地が良いとは世辞にも言えぬが、虜囚の居室としてはまずまずの広さ調度。
 …昂に与えられた部屋である。

「けどなあ、あのアルザンクの奴も意外に大胆だよなあ!まさか連チャンでヤるとはなァ…」
 一番警戒される筈の、翌日のほぼ同時刻。前日よりわずかに決行を遅らせ、本日はもう襲撃無しと騎士達が気を緩めた所へ…
「流石商業都市のギルドってなモンだな!『眠り砂』持ってンなら早くに使えばいいのによ…」
 『眠り砂』は舶来の、正規の交易では手に入らない希少な毒薬である。細かい、匂いも何も無いきらきらした粉であるが、吸い込めば大の男でもたちまち眠りに落ちてしまう。鍛え抜かれた皇国自慢の騎士と言えどやはり例外では無かった。
 後は巻添えを食わぬよう天窓から、火薬の類を降ろし入れ…ルクスが念術でもって発火させた。
 味方に一人の死者も出さず、蝙蝠の騎士を都合5名…内魔剣士2名を葬ったのである。

「ま、まだ厄介なのが残ってるけどな……あれ?」
 上機嫌で喋り続けていたルクスが漸く違和感に気付く。
「嬢ちゃん…どうしたんだい?」
 いつもは優しい微笑みをたたえて丁寧に相槌を打ってくれる昂が、今日に限って顔を曇らせ、うつむいたまま。その沈痛とも言える表情に能天気なルクスも心配になってくる。
「取り合えずはうまく行ったしさ、心配すんなって!俺も暫く暇貰えたしよ」
「…ええ…」
 ようよう細い喉から言葉が出た。それでも昂の顔色は晴れない。
「大丈夫だって!あのアルザンクの野郎、好きにはなれねえけど確かに頭は切れる。ここのギルドの連中も、一緒に仕事してみると結構いい奴等でさ、ま、敵がどう出ようが万が一にもしくじる事はねーよ!」
 どん!大仰な身振りで胸板を叩くと、結構な音がした。そのおどけた仕草に昂もわずかに笑みを浮かべるが…見る影も無い程無残に汚れてしまった衣装の様子に再びうつむいてしまう。
「…嬢ちゃん?」
「…分かっております。ルクス様の御技量も、こちらの方々のお人柄や人材の豊富なる事も。でも…」
「でも?」
「…失礼ながら、事があまりに見事に進み過ぎるのでは、と」
「なんだ、そんな事かい!…そりゃま、ちょっと怖い位だけどよ、うまく行く様に『作法の師匠』サンが取り計らってくれた訳だからよ、心配すんなって!」
「でも、火蛇の援軍も…」
「ああ、それは確かに大問題だよな」
 流石のルクスも真顔になる。
「けど、それも手は打ってあるらしいぜ?」

 皇国軍の主力は砂無翅にも程近い、速い馬なら三日程度の都市を落としている。当然既に到着しても良い筈が、向こうの完全制圧に何やら手間取っているらしい。今度の将軍は良くも悪くも成り上がりで、戦術には長けているものの勝ち慣れしておらず、少々の不隠分子にも過剰に反応する質だと聞く。加えて当地に蜂起の噂が度々駆け巡り、一々躍らされて先に進めぬ有様に陥ったと言うのだ。
 皇国はいささか黄土を甘く見ていたようだが、一大商業地帯の情報網は侮れぬ。普段は対立しがちな諸都市のギルドも外憂を前にして連絡を密にし、互いに通信手段を駆使して軍勢の様相を恐ろしく素早く伝えあっている。例の噂も勿論ギルドの操作によるものである。

「てっぺんがアレなもんでよ、下っ端の兵士まで統制がバラけちまって、とてもじゃねーけど軍動かすのは暫く無理らしいぜ?どう頑張ってもあと一週間、ギルドの工作うまく行きゃあ三週間はかかりそうなんだ」
「…それまでに、騎士を払えばよろしいと…」
「そ!」
 にいいと歯を見せる。…と、一気に喋って気が抜けたのか、大欠伸一つ。その様子に昂も漸く頬を緩めた。
「どうかお休みなさいませ。…この数日と言うもの、昨日も今日も、ルクス様は厳しいお仕事ばかり。さぞお疲れでございましょう?」
 ふわり、雛菊の様な笑顔で休息を促されて、実際疲労の極みにあったルクスに否やは無い。
 優しい気づかいに、照れ笑いを浮かべ…眼を閉じた。


「…あっきれた!」
 部屋を訪れた娘は目を丸くする。
「もう!女のコが心細い思いしてるって言うのに、何『膝枕』なんかで伸びてんのよ!」
「いえ…私が御休息をお進めしましたの」
 腰に手をあて心底ぷりぷりした様子で美丈夫に蹴りまで入れ始めた…無論、「ふり」だけだが…踊り子のサタヤに、昂笑って取りなす。
「ま、大活躍だったしね…あ、そうだ!」
 山吹の娘がついでの様に取り出したのは小さな包み。
「ずっと外に出られなくて、気も滅入るでしょ?…ちょっと作ってみたの!」
「まあ…」
 小ぶりの、可愛らしい菓子である。乳酪が香る生地の上に、彩り豊かな飾りが溶かし砂糖で張り付けてある。
「こっちの…まあ匂いで分かるだろうけど、片方はうんと酒精を聞かせてあるからね、間違えないでね」
「はい…ルクス様も甘い物はお好きでいらっしゃるから、きっとお喜びになりますわ」
「え…ほ、ほんと!?…あの、あの、昂ちゃんも食べてね!じゃあね!」
 かすかに朱を帯びた頬を隠すように、黄色い髪の若い娘は足早に立ち去って行った。


 再び沈黙が訪れた小さな部屋で、昂は一人眉を曇らせる。
 始めから好意的だったサタヤは勿論、今では盗賊のほとんどがルクスを頼もしい仲間として認めている。特に直接組んで仕事をこなした盗賊達はルクスの腕前、意外な器用さ、さらに豪胆ぶりを目のあたりにし、一目も二目も置くようになっている。そうで無くともみかけによらず気さくでざっくばらんで話好きのルクスの回りには何かと人の輪が出来る。他所者で、人質を取ってやっとで雇った傭兵であるにも関わらず…

(あのお方に取って好ましい事でしょうか?)

 ギルドに取ってルクスの人気が上がって都合が良いとは思えない。事実、最近昂への監視が緩くなってルクスと二人きりで過ごす時間が増えて来た。初めの頃は、一日に決めた時間しか言葉を交せなかったと言うのに…監視達が自主的にサボタージュしているのである。
 脱走の危険が増す、と言うのに。

 あの、冷徹なアルザンクが見逃す筈が無い。
 独り、底知れぬ不安に耐えていた昂だったが…一つの物に眼が留まる。
「これは…」
 囚われの雛菊に。ほんの少し、笑みが戻った…

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(C)獅子牙龍児
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