火蛇の傭兵 (2)


 さらに数日が過ぎた夜明け頃…
 ルクスと数名の盗賊達は新たな標的へと向かっていた。

 ギルドはかなり正確な情報を掴んでいる。現在の蝙蝠騎士団は15名、内魔剣を有する者が5名、それが四箇所の駐屯所に分かれて睨みを効かせていると言う。裏街に程近い場所や評議員を勤める商人の屋敷が多い一角には4人づつ、やや価値の劣る地区には3人が詰めている。無論、その他にも皇国の雇った用心棒達もいるのだが、やはり本命は蝙蝠の騎士、それも魔剣士達である。
 連中も「卵を一つの籠に盛る」愚は犯さない。どの駐屯所にも最低1人は魔法の剣を持つ騎士を配している筈である。特に、ギルドの本拠地を睨む位置では人の出入りが最近とみに激しい。期待していた援軍が待てど暮らせどなかなか来ず、加えて既に十指に余る程…ルクスが三人の魔剣士を撃破した夜、ギルドの腕利きも相当の代価を払って数名の騎士を倒していた…犠牲が出たとあっては流石の騎士団にも動揺が走ったと見える。ギルドの妨害で本国との連絡もままならぬ今、いっそギルドと全面対決すべきか否か激論を戦わせているに違いない。
 だからこそ。…結論の出る前に、連中を叩かねば。



 薄明の中に朧に浮かぶは瀟酒な造りの商家。例の狂人ロギの開いた火山の口よりかなり外れた場所にあり、しかもその後の混乱の中で奇蹟的に無事だった家屋の一つである。美しいが、石造りの壁は意外に頑強で、飾りに見せてさり気なく盗人返しを幾つも取り付け、窓も出入り口も小さく、しかも鋼造りの鎧戸に守られ、一部の隙も無い。どうやら見栄より実益を取る昔気質の商人が建てたと見える。…もっとも、今となってはそんな詮索も無意味であるが。
 そんな事より何より。屋敷は堅牢すぎて少々の火災にはびくともしない。苦労して壁をよじ登ろうとも、外からの侵入は不可能に近い。二度に渡って襲われて、蝙蝠の騎士達もより慎重にならざるを得なかった。より火気に強い、頑強な屋敷を選んで徴発し、己の仮の住居としている。当然、ギルドも攻略法に変更を加えざるを得ないが…
 あえて、この屋敷を選んだ理由は二つ。まず、ギルドの本拠地を離れ、さほど重要な地区では無いためにかえって敵の意表を突ける事。もう一つは…
 かたり。興味津々と言った面持ちで覗き込むルクスの眼の前で、屋敷の壁の一角が苦も無く外れた。

 如何に見事な設計をしようとも、職人が買収されれば元も子も無い。この屋敷が建てられるに当り、先々代のギルドの長が、密かに袖の下を送って秘密の通路を作らせたのだ。穴は地下の蔵へと続き…盗賊達は労せず富を手に入れられる次第。もっとも露見しては意味が無いと、穴の存在も特に秘し、使われる事は滅多になかったらしい。…御陰で騎士達も何も知らず接収した訳で。
 何事によらず、節制は良い事である。


 穴は恐ろしく狭く、大柄なルクスは閉口したが…とにもかくにも地下室までは事も無く済んだ。探査に慣れた盗賊に先導は任せ、慎重に階段を上がって行く。…と、廊下も無しにいきなり部屋がある。賊を激しく警戒したこの屋敷の元の主は、不審者の侵入を何としても防ごうと、蔵の入り口を一室で塞ぎ、常に番人を置いたと言う。もっとも今は、酒蔵に近いと言う利便ゆえに護衛の傭兵達の溜まり場に成り果てているらしいが。
 先陣の男が境の扉に耳を着け鍵穴を覗き慎重に窺い…指を四本立てた。
(四人か…ま、思ったよりは少ないな)
 とは言え、こちらはルクスの他は三人だけ。各々暗器を携えてはいるが、元来盗賊は真っ向勝負は不得手としている。全員で突入してもやや分が悪い。
 お互いに眼で頷き合い…ルクスは音も立てずに器用に刀を抜き、素早く中に潜り込んで扉をさり気なく閉めた。無論、十分なすき間を残すのは忘れない。
 眼の前には大きめの卓、空の酒瓶となにやら骨牌の類…博打をしていたと見える。その周りに確かに四人。なかなかの猛者らしく、実用的な武器を帯びているが、幸い防具は脱いでいた。
(よしッ!)
 まだ呆然としながらも本能的に腰の物に手を伸ばしかけた手前の男に神速で駆け寄り、一気に首をはねる。たちまち噴き出す真紅の雨…
「てっ、てめえ!」
 残った男達の血がたちまち昇る。各々の得物を振り上げ、悠然とたたずむ美丈夫に向かって殺到した!
(今だ!)
 ルクスが瞬時に伏せると同時に、背後の扉より短剣と弩の矢が次々と放たれた。流石ギルドきっての腕利きと言うべきか、全てが命中、二人が声も立てずに絶命。残った一人も、己の負傷と思わぬ味方の惨状に呆然とした所をルクスの白刃の餌食と成り果てた。

 一瞬の、出来事であった。



 全員の死亡を確認し、廊下の様子を窺う。…と、盗賊の一人がルクスを見やって少々苦笑。
「あんた…本気で『七人』の誓いってのを守る気かい?」
 無意識に指折り数えていた事に気付いて、美丈夫は頭を掻いた。


 『七人殺し』、それはルクスのもう一つの徒名である。神速の早業で一度に七人を倒す…そんな意味も勿論あるが、むしろルクスが己に課した誓約のため。
 …いついかなる時も、一日に殺すは七人まで。
 たとえ戦の唯中であっても、百人の敵に囲まれても、七以上の命を取らぬ。如何な苦戦の戦場であっても必ず貫き、それでいて必ず生還する…もっとも、腕や脚を落とす位ならさほど躊躇しないのだが。それだけに単なる甘さとも思えず、傭兵達には恐らくその誓約こそがルクスの化け物じみた強さのための節制だろうと思われていた。
 実情はもっと切迫していたのだが…

 とにもかくにも、ルクスとギルドとの契約には、その誓いを破らせはしない事も含まれていた。


「うるせえなァ、ちゃんと騎士サマの方は遠慮なくぶった切るからよ、勘弁してくれよ」
「…にしてはよ、あんたも派手にヤりやがるぜ…」
 盗賊は床に転がる生首を示す。驚きに眼を見開いたままの…
「そりゃ、俺だって首と胴体引き離すってが洒落たやり方とは思わねえさ」
 一説によると、首を引き離すと魂が迷ってあの世へと旅立てぬとも言う。
「…真っ当に生きて来た奴なら、たとえ敵でもこうはしねえよ」
「確かにな…」
 数日で街のあちこちを火の海に変えた闘士団の連中も酷かったが、皇国の雇われ戦士達の行状も眼に余る。皇国の威を借りて金品ばかりか若い娘までを『徴発』し、逆らう者は遠慮なく切り捨てる。
「どっちかって言うと、俺の貴重な『七人枠』を、こんなので埋めたく無い位だぜ!」
「はは、確かにな…」
 笑いながら廊下の向こうを窺っていた男の顔が、瞬時に凍った。
「誰か…誰か来やがる!」
「何だって!?」


 …ここまでの所、大して音も立てていない。四人は絶叫を上げる間も無く倒れて行ったし、ルクス達も細心の注意を払って会話していた。
(何で、気付かれたんだ…?)
 先ほどの戦士達…騎士が昼間の眠りに着いた後を守るための兵である筈が、酒と博打に明け暮れていた事からも分かるように、ここの戦士の規律は緩み切っている。本国の救援の遅れから騎士達に動揺が走り監督どころでは無く、またこの屋敷も立地から言ってそれほど重要な拠点とは言い難いからだ。だからこそ、襲撃に最適とギルドの上層は判断したのだが…
 通り過ぎてくれ、との願いも空しく。足音が扉のすぐ前で止まった。

 ギイィィィ…やけに軋みながら扉が開き…
 盗賊達の矢が一斉に放たれた。

 …矢は、一つも当らなかった…!

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(C)獅子牙龍児
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