火蛇の傭兵 (4)


「グ!…うグェッ!」
 ネメアを倒したと言う太古の神も、最後は素手で臨んだと言う。毛皮が破れぬのなら…と、毛皮ごとその肉体を害した次第。
 もっとも神ならぬ人の身には少々荷が勝ちすぎた。人外の鬼とは言え、どうやらルクスも関節が外れた。…奇妙な声を上げながら床をのたうち回る男を冷ややかに見つめながら、左肘の負傷に応急の処置を施し、悠然と捨てた刀の元へ行き、さらに乱れた髪を手櫛で丁寧に整える。これみよがしの芝居がかった仕草に、無様に床を這う男の顔面が烈火を吹く。
「てめぇ…!」
 赤鬼の形相で重い一撃地獄の剣。憐れな風乙女、凶鳥バンシーもかくやの泣き声を一層高くし…辺りの大気を不穏に澱ませる。

 が。金色の美丈夫は難無くかわす。まさしく、『ひらり』、と。

「なに!?」
 さらに遮二無二大剣振り回す。それでもやはり、ひらりひらり。人並み外れた長身と、けぶる金髪が軽やかに軽やかに舞うが如く。その美貌には二つ名思わす笑み浮かべ、とても戦事の最中とは思えぬ。他の盗賊と傭兵達も、知らぬ打ちに手を止め人外の如き有様に目を奪われていた。
 明らかに様相が違う。自慢の念刀すら震える両手でようよう構えていたのが、何時の間にか片手持ちになり、これまた踊りの拍子取りの如く白刃で宙を優美に撫ぜる。

 …風霊の縛りが、効いていない!

 事態の重きを悟った荒ぶる戦士は、瞬時青ざめ覚えず剣を降ろしていた。その刹那にルクスの脚が地を跳ねる。
 アクィロが正気に返ったのはその後間もなく。だが、神速のルクスには十分過ぎる程の時間。眼前に敵無く背後に殺気感じたその時、希代の凶戦士は自らの死を悟る。

「わりィな。俺、術で耳も塞げるのさ」
「…!」
 無言で、念刀を猪の様な首の後ろに突き立てる。わずかに毛皮の加護を離れたその場所は、呆気ないほど容易く白刃を受け入れた。

 金色の髪をまた撫で付ける。…術を解いているのだ。念術において標的に触れるは不可欠では無いにせよ、主たる念孔が手の平にある以上、実際に手を添えた方が都合が良い。再び音の世界の戻るを確かめて後、おもむろに刀を抜く。格別に大きな屍体が、どうと倒れて床を激しく傷める。
 つと、観戦者どもに向き直る。その視線に我に返り、戦士達が得物を手にして構え直すが、ルクスはそこへ小さな火の玉を放つ。ただのこけ脅しだが、すわ妖術と傭兵どもも瞬時身構える。…それで十分だった。
 一足飛びに戦士の元へ。念刀一振り…眼にも止まらぬ早業で、盛大な血飛沫二つ。頚動脈斬られた男は二人とも声も無く倒れて行く。そして。盗賊達の短剣も閃く。見事に喉笛をかき切り、残る戦士も全滅。ほっとしたように笑みを浮かべる盗賊に、ルクスも親指を立てて祝福してやった。
 改めて確認すると、盗賊達は賢明にも避けることに専念したらしく、さしたる怪我はなさそうだ。一人だけ、戦斧の一撃を右肩に食らい腕をだらしなくぶらぶらさせている。もっとも、その男は残った左腕で相手の首を一閃したのだが。
 …まずまずの勝利と言えよう。
「この獅子皮、悪いが俺が貰うぜ?」
「おいおい、あんた鎧も着てる癖に贅沢だぜ?」
 盗賊の軽口も、気のせいか親しさが籠っている。場違いに微笑ましい感情を抱きながら、手早く屍体から剥ぎ取った宝物を身にまとう。白絹の衣装に毛皮とは珍妙な装束だが、火気の魔法を使う蝙蝠相手にこれほど頼もしい防具はない。
「さて、兄さんの支度も出来たようだし…」
 怪我のなかった盗賊の一人が、廊下とつながる扉の鍵の辺りに近づく。穴から探ろうという腹だろうと、ルクスも何気なく見守る。
 が!突如、けたたましい悲鳴が上がる。
「ギヤアアアアアアッ!!」
 鍵穴から炎が唐突に噴き出したのだ。覗こうとした盗賊の眼球を直撃し、それでも足らずと炎はかの哀れな男の全身を一瞬で舐め尽くした。
「おい!」
 慌てて駆け寄るが既に遅し。顔は黒焦げ白煙を上げ、悲鳴すら絶えてわずかに痙攣するのみ。
「畜生!」
 拳を握り締める一同の前で、扉がゆっくりと開く。
「雉も鳴かずば撃たれまい、と古来より言うぞ?」
 悠然と、非情の笑みを湛えた黒衣の男。蝙蝠の騎士であった。


「お前ら下がれ!」
 ルクスの鋭い恫喝に、驚愕恐怖に固まっていた盗賊達が慌てて下がろうとするが…遅きに過ぎた。すっと、いっそ優雅な程なめらかに黒い刃が滑り…遅れて二人分の首が転がった。
 拳握り締め肩震わすルクスの前、騎士がゆったりとした足取りで室内に入って来る。人数は一人。残り二人は階上で控えているのか、それとも廊下の暗闇に潜むのか。その、蝙蝠の騎士の目が、ルクスの装束に幾らか見開かれる。
「ほう…アクィロも破れたか」
 ククッと喉で…あざ笑う。
「やはり、傭兵如きでは役立たずと見える」
「…てめえ…」
 アクィロの末路に同情の余地はないが、曲がりなりにも騎士達の守護のために戦い散った戦士である。所詮は捨て駒と言わんばかりの態度に頭に血が登った。
「てめェも一緒に逝きな!」
 怒りの勢いそのまま刀に乗せて一の太刀。白刃と魔剣がぶつかりあい、妖しの火花が舞い散った。
 さてこれからが…正念場。

 覚悟のルクスの脳裏に…昂の案ずる姿が瞬時よぎった…


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(C)獅子牙龍児
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