魔剣の騎士 (1)


 わざと、大きな動きで刀を振りかぶる。出来た隙に誘われて、魔剣バンシーが唸りを上げるがネメアの験力が妨げる。ルクスがさっと騎士の左手の方角に、避けて下段を狙うが、これも熟練の見切りと腰覆いに妨げられてしまう。
 魔獣の毛皮と魔法の鎧。所有者の力量もさりながら武具防具も技の内。一対一の勝負ゆえ、ほぼ互角の戦いだが逆に決め手も欠いている。さり気なさを装いながらの騎士の剣戟は、確実に獅子の毛皮の外を狙い、しかも本物の殺気が込められていた。それに…
 ジュッ!
 流し切れず、黒い剣がルクスの腕を掠め、忽ち白絹の衣に焦げが生じる。
(クソッ!朱雀石の御利益かよ!)
 魔剣が熱を帯びていたのは端から気付いていたが、時とともにさらに熱さを増すらしい。…今では剣が近づくだけで暑さを覚える。…アクィロとの思わぬ苦戦から、らしくない程の用心を努めてひたすら騎士の剣を避けていたのは正解であった。
(騎士はまだ二人もいやがるし…ここで相打ちは無理そーだ…)
 取り合えずは、魔力の源バンシーの剣を砕きたい。打々発止と打ち合いながら隙を窺うが、先日の騎士よりむしろ技量は上。
 ジュワッ!
「くッ!」
 わずかの刹那に喉を狙われた。熱を増した剣先は、もう目に見える程に燃え上がり、触れてもおらぬのにルクスの喉元に火傷を負わせる。
「疲れたのか?亀の如き動きよな」
 黒衣の騎士がククッと笑う。そこで、ようやく熟練とは言え一人の騎士にこれ程まで苦戦している理由に気付く。
(で、でもよ、風霊の方は収まったし…)
 思わずアクィロの大剣を身遣ってしまう。そこへ、屍を見つけた烏さながら歓喜の様相でバンシーの剣が突き刺さる。
 赤の噴水!首の両断こそ避けられたが頚動脈を奇麗に裂かれた。
(そんな…)
 呆然と自らの血潮を見ながら薄れ行く意識…!

 そこへ割り込む者、一人。…「声」が聞こえた。



(ルクス様!お急ぎ傷をお塞ぎませ!)
 慌てて首に念を篭める。と、同時に急ぎ飛び退き距離を取る。体力は多少失われたが、やはり人外の鬼の肉体、動きに支障はない。
(ああ…良うございました。ルクス様の御身、血さえ減らねば滅ぶ事など皆無ですわ)
 また頭に響く声。
(嬢ちゃん…嬢ちゃんなのか?)

 遠く、怪しい酒場の遥か地下にいる筈の昂の「声」。肉声ならぬ念話の声とは言え、何故…
(ルクス様に戴きました、青い飾り玉ですわ)
 はっとして巻いたままの腕輪を見る。祭礼に沸き返る街の屋台で得た玉の、ルクスの手製の揃いの飾り。あの死闘の最中にも奇蹟的に傷も付かず、そのままに輝いている…しかも、不思議な光を纏って。
(青玉の幾つかは貴石でございました故…私の品と『念糸』で繋ぎましたの)
 ルクスの刀に「念籠め」が施されている様に、念とは物にも付与できる。だが相性があり…普通の石ころなどまず無理。が、念籠めさえできればしめたもの。二つの物を念糸で繋げば丁度『遠話』の術の様に念声でも肉声でも会話が出来るのだ。
 無論、高度な念術である。

(すげえな…何時の間に?)
(ルクス様がお休みの間に…あの、差し出た真似を…)
(いやいや、ありがとな、嬢ちゃん。俺としたコトが焦っちまってたぜ…)
 傷の方はもう皮膚も塞がっている。
(いえ…それよりルクス様、その毛皮、なにゆえか呪いが籠められてございます)
(何だって!?)
(ルクス様!前!)
 悲鳴のような声に本能的に刀をかざせば渾身の撃。ぱきり、再び軽い音立てて、二本目の念刀が柄から折れる。咄嗟に身を沈め、転がりながら相手の足首に鋭い蹴りを入れると、流石の騎士も無様に倒れてしまう。
 この隙に、なんとか距離を取り直し、刀も替を取り出し構えた。
(呪いって…嬢ちゃんどういう事だよ!?第一そっちから見えるのかい!?)
 念話の会話はほんの一瞬で済むが、その一瞬が真剣勝負では命取り。自然、口調も焦りが混じる。
(青の腕輪を通しておおよその気配が感じ取れますの。…その毛皮、体を大地に縛る…ルクス様!)
 ガン!顔への一撃は辛くも受け止めた。そして、皆まで聞かずとも昂の助言も今こそはっきり分かる。
(『鈍重』の呪いか!)

 あちらを立てればこちらが立たぬ…全て世の事象は細密な均衡の元に成り立っている。神々ならばいざ知らず、有限の存在が己の限界を超えた能力を得るには何かを捨てねばならぬ。…かの、ネメアの魔獣は無敵と引き変えに獣本来の速さを失った。そしてその為に命まで無くした…

 騎士の動きが奇妙なほど速く感じられる。…朱雀の炎を恐れて屍体から盗むという暴挙に走った報い。今さら脱ごうにも脱げず、焦りは募るばかり。
 鬼の怪力を頼んで一撃必殺を狙うにしても、先の死闘で臓腑の疼きもぶり返している。そうでなくとも得物は細きか弱き刀の刃、鬼の腕力に却って負けると言うもの。だからこそ、普段のルクスは肉体の強さならでむしろ速さをこそ利用していたのだが…
「この、化け物め!」
 さらに勢いを増した騎士の一撃。かわし切れずまともに食らうが、これは騎士の浅慮が皮肉、毛皮に守られた肩に命中した。不幸中の幸い、頚動脈を切られて死なぬ目前の青年にどうやら恐怖を覚え始めたと見える。
 試しに、大きく上段に構える。完全に騙されて真剣の突きで腹部を狙われる。当然、呪わしき野獣の皮に阻まれ大きくよろける。それ幸いとばかり、さらに後ずさりし仕切り直しを計った、が。
「うわっ!?」
 丁度、傭兵の屍体が転がっていたのだ。それを見た騎士の顔がやにわに輝く。
「今だ!」
(ルクス様!上!避けて!)
 騎士の大音声と昂の悲鳴とどちらが先だったか。…とにもかくにも地に転がった。
 そこへ。
 突然の業火。ほんの今し方ルクスのいた場所へ、上から炎が吹き付け燃え上がる。美貌の剣士の身代わりに、死んで間もない男の体が瞬く間に灰燼と帰す。派手に燃えた割りには辺りの床への延焼がない。…人体のみを好んで焼き尽くす、禍禍しい魔法の烈火。それが証拠に、炎の消えた天井から黒の剣の切っ先が確かにこちらを窺っている。
「バンシー使いがまだいるってのか!」
 騎士が三人いるとは聞いていた。だが、魔剣士が複数とは…


 蝙蝠の騎士の残数は15。駐屯所は4。…魔剣が5本しかない以上、駐屯所には各々1人から2人の魔剣士が配属されると踏んでいた。そして、今夜の標的は総員3名の最小規模。当然、魔剣の使い手は1人だと聞いていたのだが。
 歯噛みする。魔剣士一人を倒せば、残りは半殺しにでもし、己が手を下さずとも盗賊達に何とかさせようと思っていたのだが…
 己の掟の許す人数はたった七人。もう五人も殺しているのに…


(ルクス様、お気を付けて!まだ一人不審の気配…あ!)
(どうした!?)
(今、遠くへ…)
 急ぎ天井へ念を凝らす。殺気の数は1、それも黒の剣がそろそろと引かれるのが見えたから魔剣士の一人はまだ上。昂の察したとおり、今一人の気配がない。
(まさか…もう一人も魔剣使いか!?)
(わ、分かりませぬ…)
(そうか…畜生…)
(あ!ルクス様!)
「朱の鳥よ!彼方から此方へ!!」
 火球の弾の迫撃!無理な体勢ゆえ逃げる間もなく、ただひたすら体表に念を籠め火気に必死に耐える。が、絶叫と共に放たれた魔弾の威力は獅子皮の守りを差し引いてもさしたる脅威ではなかった。やはり、新月を過ぎて既に彼等の魔力は衰えているのは間違い無い。自慢の髪が随分焦げて不快臭を発するが、命存えたを良しとする。…他には特に問題もなさそうだ。
(ルクス様…)
 悲痛そうな声。何だか怪我を負った自分より痛そうで心配になるが、案じられるのは悪い気がしない。場違いだが、つい笑みが漏れる。
「何を笑っている!」
 思惑をことごとく外されて、蝙蝠の騎士の声はすっかり上ずっている。よくよく見れば、かなり若い。三十前後の騎士の多い中、この男は二十を少し過ぎたほど。
(成る程、若き天才クンってワケね)
(焦ってはおりますが、魔力もかなりございます。窮鼠猫を噛むとも申しますゆえ…)
 守護者を案ずる少女の憂い振りに、また自然笑顔となる。目前の騎士の眼光尋常ならざるを見る限り、昂の指摘は確かに的を射ているが、優勢にありながら無用に焦るその様子、明らかな経験不足の様相…自滅の兆し。
(第一、こっちは一人じゃねえ、嬢ちゃんがついてるもんな!)
(!ルクス様…)
 戸惑う様子が可愛い。魔剣士は下手をすれば3人、対するこちらは自慢の神速の消えた満身創痍の自分だけ。それでも、昂との短い念話は不思議と力を与えてくれる。
「さて、いっちょ本気出すか!」
「ほざけ!」
 猛烈な一撃。だが、受け止めるルクスの心にもう焦りはない。


「とうっ!やっ!」
 全く威勢の良い掛け声だ。裏返っているが。
 傍から見ればルクスの劣勢相変わらずだが実情は違う。悪の手先らしからぬ正統にすぎる攻撃に、まるで騎士見習いに稽古をつける心地がする。無駄な動きが増え、息も上がって来た。しかし素早さ勢いは厄介、また他の騎士どもの動きも気にかかる。ただ一応、屋敷の広さは相当で、この階上の部屋から階段まではいささか距離がある筈。暫くは若僧をあしらう時間もある。
 ふと、視界の端に例のアクィロの大剣が見えた。速力の削がれた今の身と、細い念刀で魔法の鎧を引き裂くはちと辛い。対してかの凶剣は現在のルクスに相応しく見えた。途端にルクスの閃きが、新たな悪だくみを立案する。
 そろりそろり慎重に、巨体の遺体の側まで歩む。何も知らぬは蝙蝠の、名に似合わぬ血気の騎士、釣られてやはり、そちらへ進む。ほんのわずか美丈夫の、口の端がちょいと上がり、自棄に走ったかの様な無謀な踏み込み大上段。若さ余れる黒の騎士、ここが勝機ぞとばかり渾身の、横薙ぎ一閃念刀飛ばす。
 だが、薙ぎの勢いが強すぎた。…身体が大きく傾ぐ。
 あっと思う間もなく白の長靴に顎を払われ、大きくのけ反るその間に形勢また一変。無用となった念刀を自ら捨て、素早く…アクィロの、あの大剣を手にしたルクスが不敵な笑みを浮かべて構えていたのである。
「どうした?お得意の火球の魔法は?」
 ヴゥウウン、ヴゥウン。戯れのように振る度響く哀れの凶声。ひるみつつも若き騎士は素直に呪文を唱えてしまう。
「う…朱(あか)の、大鳥よ!な、南方より来たりて、汝が息吹…の一撃、を!」
 風の嘆きに妨げられ、同情を覚える程たどたどしい言葉。…確かに、炎は生じたがそれも一瞬、たちまち萎み、煙となる。
「な、何故朱雀の術が!?」
 あるいは風霊の呪詛など侮りきっていたのかも知れぬ。意のままにならぬ魔剣バンシーをすがるように見つめ、完全なる恐慌に陥った。機は今こそ熟す。
(嬢ちゃん、ちょっと眼、つぶっててくれ)
(え?)
 いかに念視の上手と言えど、昂も屋敷の現状つぶさに見える訳ではあるまいし、そもそもここいらの屍体の海、まともに見えるであれば失神間違いない。が、ここは老婆心。
 憂いも晴れたルクス、手にした大剣力の限りに振り挙げ、騎士の小手目がけて振り降ろした。

 …すぱり。念刀も防いだ不思議の黒革も紙同然、剣ごと両腕は床に転がり、切れた傷口より遅れて噴き出す血潮の滝。痛みを感ずる余地すら無くして呆然の若僧を、柄で殴ってそこいらへごろり転がして捨て置く。さて、主を失った魔剣の入手に取りかかるが、これは存外手より容易く離れ支障はなし。
(嬢ちゃん、一人済んだぜ。安心しな)
(ルクス様…)
(でも、この後も結構スプラッタなコトになると思うぜ?念視は疲れるしよ)
(いえ…ルクス様の御様子の分からぬ事の方が余程つろうございます…)
 ついまた苦笑。…だが。
(それに…ルクス様!今一人、現われます!!)
「チッ!」
 どうやら休む間などないようだ。

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(C)獅子牙龍児
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