魔剣の騎士 (2)


 昂の警告より程なく、一名の騎士。
「リュンケウスッ!」
「なに!」
 ルクスは驚いた。現われた男が、強欲の火蛇らしからぬ沈痛の面持ちで倒れた騎士に駆け寄ったからではない。その、新参の騎士の手にする得物が予想外であったからである。
 確かに黒き刃、確かに朱雀石の輝き。だが。
「矛槍!?」
 無頼のルクスにも緊張が走る。


「リュンケウスッ!しっかりしろ!眼を覚ましてくれ!」
 ルクスの動揺をよそに、新しい槍矛の戦士は泣き崩れる。あまりに無防備の背中…だがつい腕も鈍ってしまう。
(ルクス様!)
 反射的にのけ反ったルクスの顔面すれすれに、唐突に槍矛が突きつけられる。
「てめっ…」
 クサい芝居か、と思ったが槍矛の主の眼は邪眼もかくやの憎悪に溢れていた。
「よくも弟を…」
「お、おとうと!?…っと!」
 言葉の合間にも恐るべき早業で突きが繰り出される。激高しつつも腕に曇りは無し。対してルクスは右に大剣、左に魔剣と慣れぬ得物の両手持ち、間合いの不利も相まって構える間もなく防戦一方。気ばかり焦る。
「畜生っ!」
(ルクス様!どうか大剣はお捨てになって!)
(え?え?でも…)
(魔剣には魔剣が然り、武具ではなく盾としてお使い下さいませ!相手の攻めを全て魔剣で受けられますよう…)
(わ、分かった…よくわかんねーけど…)
 ルクスとしても作戦の立てようもない。言われるままに奪った魔剣を急所にかざし、受け流すというより確と受け止める。
 と。目にも彩なる紅珠のきらめき。
 魔法の剣と魔法の槍矛は、火打ちの石の如く炎のかけらを発したのである。

 並の火花ならば珍しからず、この炎は何と小さな鳥の形をしていた。ほんの数回はばたいて霞のように消えてしまったが、一瞬悲しげに鳴く声すら聞こえた。が、槍矛の騎士は驚く風もない。
(朱雀の化身です!炎の神通力のかけらにございます!)
(何だって!?)
 実体のない存在なら念使いに見えて常人に見えずとも不思議はない。
(昔、聞いた事がございます!朱雀の鳥は烏を実に厭うものだと!朱雀と烏の力を寄り合わすなど非道の極み、朱雀は烏から離れるが自然の理だと!)
(!つーことは!バンシーで打たれると朱雀石のご利益が減るって寸法かい!)
 今一度構え直す。

 とは言えやはり矛槍、突くも斬るも自由自在、しかも間合いが広いと来ている。刃丁々重ねて打つ内に、ルクスの衣の朱は増して行く。
「簡単には殺さぬぞ!弟の痛み、その身に受けるが良い!」
「けっ!」
(これで手加減してるってか!?)
 まともに覗けば視殺されそうな眼光、人とは思えぬ冷徹にして正確無比の技の数々。先程の騎士が青くて甘く見た。もし、この男がルクスを一撃で葬ろうとしていたのなら、常ならいざ知らず深手の今は瞬殺されていたかも知れない。
 だが。…打ち合う度に闇の騎士の矛槍の朱雀の石の輝き消えて行く。騎士に、気付く様子はない。
 それどころか、逆に火炎の呪文を唱える。
「南方守護の王鳥よ!古の盟約に従い我が請願に応えよ!邪悪なる者に浄化の炎を!」
 男の黒い装束を赤い霞が朧に覆う…魔力の発露。だが、その媒体は…
「な……!?」
 騎士の双眸驚愕に見開かれる。ぱりり、澄んだ音を立てて朱雀の石が割れ散った…

 烏に削られ苦しめられ、その上無体に魔力引きずり出されてはたまらない。騎士の得物はもはや、ただの黒刃の長柄の武器に過ぎかった。
「へ、浄化されるベキはお前等の方じゃねーの?」
「…ほざくな!!」
 騎士が、矛槍を八相に構える。眼光異様、ぶわり凄まじき殺気体躯を包む。…流石のルクスも半歩後退ったが…
「イダス!リュンケウス!」
 突如大音声、廊下より。…残りの、魔剣士か。ほんの刹那、騎士の注意が背後に向く。…唯一の、そして充分の隙…


 最後の魔剣士が現われた時。部屋の中には…
 無敵を謳われた蝙蝠の騎士が二人、地に伏し。一人は魔剣を奪われ、今一人は魔槍を砕かれ…酷く、焼けただれていた。



「へ、遅かったなァ、騎士さんよ。…お仲間はとうにおネンネの時間だぜ?」
 鼻で笑いながら嘲ってやる。…もっとも、言う程の余裕は無い。自分でも肩で息をしているのが良く分かる。
 第一、この新たな敵は。先の兄弟とはあまりに対称的に…仲間の死体を見ても眉一つ動かさない。…いや、ルクスはそんな事には構っていられなかった。
 この男…

 両手に、魔剣…!


 平静を装いつつも戦慄する美丈夫の前…念火に恐ろしく焼かれた騎士がわずかばかり身じろぎした。かすかに、つぶやく。
「団長…」
「…何だって?」

「如何にも。我こそは皇国九大騎士団が一つ、蝙蝠騎士団団長…アパレウス」
 さて。名乗りが早かったか一の剣が早かったか…
 二本の魔剣が、死の舞踏を開始した。

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(C)獅子牙龍児
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