魔剣の騎士 (3)


「くッ…!!」
 鋭い風切り音に続けて擦過傷。今の所は致命の傷こそ皆無だが、刃確実に皮膚を裂く。…急所を突かれずに済んでいるのは何もルクスの技量では無い。一時の気の迷いから、不死の獣の皮なんぞ纏ったから…『鈍重』の呪いは、今も変わらずルクスの身を縛る。
 いや、常の身で当たったとて。恐らく良くて五分と五分…それ程までに団長アパレウスの剣技は素早い。いや、純たる速さなら人外の身のルクスに軍配も上がろうが、流石は憎らしくも火蛇の精鋭、動きそのものが不可思議の曲線を描き、ルクスの眼力を以ってしても眩惑される。
 では、何故いまだルクスの急所が害されぬのか?この騎士、如何なる意図にてわざわざ外し続けているのか?

 理由は簡単である。

「…っ…」
 ぐらり、ルクスの長身が傾ぐ。
(ルクス様!)
 昂の悲鳴にも、ただわずかに体勢ずらし、刃の先を不死の毛皮へと逸らす事しかルクスに出来ない。
 炎熱の剣が毛皮を焼けずに不満の音を漏らすも気に留めず。ニヤリ不穏に笑った老練の騎士、巧みに刃を扱って…
「うっ…!!」
 毛皮よりむき出しの、二の腕より鮮血の華…
 五体よりも臓腑より、ルクスの命の源の、血の量が凄まじく減じている…!!

 団長は先刻の二人と格が違う。
 ルクスが愚かに身に纏った、アクィロの毛皮の効力どころか弱点も。さらには恐らくこの傭兵が、尋常ならざる身の持ち主である事すら…瞬時に気が付き。まずはじわじわ血を抜く事から始めたのである。


(ルクス様…ああ…!)
 もはや悲鳴より他に声の出ない、昂の悲痛な声にすら。安心させる台詞が出ない。今日これまでの死闘にて、過分に流した血の量思い…もはや冷静なる判断と言うよりは本能的死への恐怖、敵の策とは思いながらも傷開く度に治癒に意識を集めてしまう。治癒の度に『念』を費やし隙を作り…結果、新たな傷受け体力いよいよ消耗す。
 いや。刃がじかに触れる度。ほんのわずかな傷口から、恐ろしき魔性の炎身に潜り。深く深く害して行く。…既にして感覚尋常ならず、焼かれる熱さにも鈍になるが、逆に身の内奥深く、かつて新月の頃に街の中での死闘で受けた、古い傷が酷く熱い。
 まるで、新たな刃の傷と呼び合うが如く。
 それでも。もはや『健気』と呼ぶが相応しい程の悪足掻き、騎士より奪って手に持つ魔剣、上に下にと激しく扱って…せめて、敵刃の勢いなりとも弱めんと二本の剣を追うのだが。
 不意に。両の剣がルクスならでその得物を狙って振り降ろされ…

 ぱりん…と。

 呆然とするルクスの前。
 苦労して得た魔性の剣は。呆気ない程の最期を遂げた。
 ちょうど、既に焼け焦げ倒れている…若い騎士の矛槍の様に。



「そこまでの様だな」
 いっそ苦々しい程の熱の無さで。冷たく騎士の団長が告げる。
 両の剣を…丁度、上空より獲物を見つけた烏の如くに不吉に広げ。朗々たる詠唱…
「炎の翼、乾きの主よ、汝がための贄ここにあれり…」
「…!!」
 その言葉、覚えがある!
 かつての闇夜の死闘にて、今もルクスを苦しめる臓腑の火傷の元凶たる…
(『人体発火』の術…!!)

「畜生!!」
 せめて叶わぬまでも…と。言葉綴りに夢中であろう、騎士へと特攻を試みるが。『鈍重』の呪い故にルクスの動きは常ならず…
「…かの者の命の源を絶つべし、今こそ宿らん破邪の炎!」
 団長の『人体発火』の法は。凄まじい程に早くに完成した…


 ジュウウウウ…
 不快極まる肉の焼ける音。
「フ…歳に似合わず、気骨のある事だ。我が配下に欲しい程だな」
「ふざけ…やがって…!!」
 心の臓こそ直撃を免れたが。

「ぐ…がはッ!!」
 無残に害された両の肺臓から。血塊が喉より溢れて吐き出され…その飛沫を頬に浴びても。蝙蝠の騎士は微動だにせず。
 無言で。両の剣に力を篭めた。


 不死獣ネメアの毛皮が護りとて、当然ながら皮の覆わぬ部位までには及ばない。常の刃物を受け付けぬ故、ネメアの毛皮は職人の手にはとても負えず。当然、無理に衣類に仕立てたとて。人の身をくまなく覆うよな役には立たず。
 …アクィロの屍体より剥ぎ取った、この毛皮の上着は袖すら無い。しかも、山の巨体のアクィロに合わせての形なのか、脇が心もとない程に開いていて…殊に痩身のルクスが纏えば隙だらけ。

 老獪なる策略の主、毛皮と脇との間隙を、鋭く逃さず…両の剣で突き刺した…

「皮肉なものだな…神々すらも煩わせた、不死の獣の威力とて。こうして内より責められては、な…」
「ぐ!がああああああ!!!」
 …直撃だけは逃れんと、咄嗟に…己の両腕で、狙いを庇ってしまったルクス。苛烈の炎の二本の剣は、その腕ごとルクスの身中深く潜り込み。身の内と腕とを焼きえぐる。

「それ…万遍無く、焼かねばならぬから、な…」
「こ、この…ぎゃああああああああああああ!!!」
 いまだ炎の魔力をくすぶらす、恐ろしき魔剣を。ルクスの腕と脇とを貫いたまま、まるで焼き串を回すかの気安さで…ゆっくりゆっくり回して行く。
 歴戦とは言え魂は十六。許容を遥かに越える仕打ちに、意識も遠く…
(ルクス様ッ!!)
 涙の、雛菊の声…



(な…なん、だ……?)
 既に身から魂離れかけた心地ながら。辛くも意識を繋ぎ留め、必死で昂に耳を傾ける。
 死闘の恐怖に踊らされ、危うく忘れる所であったが。天涯孤独のこの可憐の、頼るべきはルクス唯一人。
(俺が…駄目に、なった…ら…)
(ルクス様!!お願い、ルクス様!!)
 かつて、故郷に暮した時は。心優しき実の母より他に案じてくれる人も無く。その母も亡くした今…ルクスもまた、天の下に一人。
 その思いと、心に響く昂の呼び声と。二つがルクスの閉じた眼(まなこ)を…
 辛くも開かせたのだ。


「…っ」
 瞼が鉛より重い。と、同時に一時は遠ざかった激痛が身を切り裂く。
「ほう?根の国への途上で迷子にでもなったと見えるな…」
 氷より冷たく騎士の声。…惑わされて、少しでも気を抜けば痛みが再び意識を奪う。…気力で痛みも熱さも無理やり殺す。
「では…道標でも渡すとするか」
「ぐうッ!!」
 眉の一つもゆるがさず、食卓の蝿を潰すよな軽さにて。またぞろ老獪、剣をぐりりと。
 えぐられ、焼かれ…もはや念で防げる限界など疾うの昔に越え切っている。
 傷を幾許なりとも治癒すべきか、それとも痛み殺すに専念すべきか…咄嗟とは言え腕すら貫かれては意識あれども何一つ出来ず。
(ご免な…嬢ちゃん…)
 死が。とても穏やかに身近に見えた…

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(C)獅子牙龍児
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